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|L.O.B EP: 2|

 ――――その時、少年は初めて、世界が理不尽なものだと理解した。

 燃えていた。全てが業火の中へと落ちていた。
 夕日に映える丘が好きだった。懐いてくれた鳥が愛おしかった。キャロみたく上手く餌を与えられなくて、全身が擦り傷だらけになったけれども、そこに生きる動物たちはとても可愛かった。
 優しくしてくれた人が好きだった。仕事で夜遅く帰ってきても、どんなに遅くなっても、「おかえり」と言って食事を温めてくれる人達が大好きだった。「俺のことは兄貴と呼んでくれていいんだぜ?」「じゃあ私はお姉ちゃんかな。お母さんは別に居るもんね」そう笑い合った日々は優しかった。頭を撫でてくれる暖かい手が好きだった。毎朝忘れずにかけてくれる声が好きだった。
 彼女が好きだった。優しい彼女が好きだった。例え自分が無茶をしたとしても、どんなときでもペースを自分に合わせてくれる、そんな彼女が好きだった。二人で無茶をして怒られたこともあった。二人でずっと一緒にいようと誓い合った。そんな日々がずっと続いていけばいいと思った。その優しい笑顔を絶やしたくないと思った。

 自分が大切にしていたそれらが今、紅蓮の炎の中で、燃えていた。

 優しい日々は既になく、在るのは只――――

 視界に移るのは、赤と灰色の世界だ。黒いソレを元が森だと認識したのは、たった今だった。焼けこげ異臭を発しているのが、今朝笑いかけた鳥だとは思いたくない。そこらに転がっているのは誰の屍か。いや、あれは屍と呼べるのだろうか。少なくともミンチになった肉塊のことを人の死体とは呼ばない。轟々と炎を上げている瓦礫の山は、以前自分が家≠ニ呼んでいたモノだった。

 ――――在るのは、只、灰と煙と炎と瓦礫の山と誰かの屍。
 そして酷く耳障りな哄笑のみ――――

 「ぅ、あ」
 ボロボロだった。右腕の骨に亀裂が入っている。だが、左腕が有り得ない方向にひん曲がっていることに比べたら、そんなものは些末だった。両足なんて酷いものだ。まぁ左腕より動くだけマシだと思った方が良いだろう。何だかお腹が生温い。見ないことにする。見たら、恐らく動けなくなる。何でこんなに視界が赤いのだろうと思ったら、血液が顎から滴っていた。ブーストもほとんど役に立たなかった。
 それでも、動いた。僕は其処まで行かなくちゃならないから。
 ずるずると重い体を引きずって、地面に這い蹲りながら、何とか動く。
 何でこんなにも僕が必死なのかはよく分からない。思考が単純化している。物事を深く考えられない。まるで夢の中に居るようだ。ふわふわして、酷く現実感が無い。
 何とか手を伸ばす。届いた。

 ――――そこで初めて、ソレが何なのかを、正確に理解した。

 「あ、あぁああああ」

 ソレは、瓦礫が突き刺さりながら、四肢をだらりと投げ出している――――キャロの体だった。

 流れる血は暖かくて、泣きたいほど全身は痛くて、こぼれ落ちる涙がうざったくて。その全てがこの光景を現実だと――――

 「ああぁぁああぁああああああああああぁあああああああああああ―――――――――――――――――――!!!!!!!」

 亀裂の入った左腕でキャロを抱きしめながら、口角に血の泡を吹きながら、力の限り叫んだ。それは世界に対する咆吼だった。
 どうしてこんなことになった? 何か僕たちが悪いことをしたか? 誰かが守ってくれるんじゃないのか? この世界に神は居ないのか? なら祈りの価値は? ヒーローは居ないのか? 奇跡の意味は? 努力の積み重ねは否定されるのか? この世に偶然が無く必然だけだとすれば、血だらけの体で血だらけのキャロを抱くことが運命なのか?
 何でもいい。奇跡でも偶然でも神でもヒーローでも正義の味方でも何でもいい。だから。だから――――――――――――

 「――――――――――――誰か、僕たちを救ってよぉおおおおおお!!」

 その咆吼はしかし。

 「そんなものは居ないわ。都合の良い時にだけ起こるようなモノなんて在るはずがないでしょう。奇跡も偶然も神も正義の味方も、この世界には存在しない。あるのは理不尽と必然。そう世界はいつだって――――裏切りに満ちているのよ?」

 目の前の魔女が全て否定し、笑った。
 僕の全てを否定しながら魔女が嗤う。蹂躙が形になったような化け物が吼える。暴れる。炎の中で黒い影が踊る。愛しい世界が蹂躙される。破壊される。
 『世界は裏切りに満ちている』
 ――――そうだ。最初から知っていたじゃないか、僕は。
 息子の死が受け入れられない=Aそんな理由で、勝手に生み出されてモンディアル家に居たのも理不尽ならば、そこから放り投げられたのも理不尽だ。研究室で非人道的な扱いを受け、監禁されていたことも理不尽だ。キャロも同じだ。ただ強力すぎる≠ニいう理由だけで部族から追い出されたのも理不尽だし、管理局で疎まれていたのも理不尽だ。
 ただその理不尽の後に、たまたま幸運が訪れて、たまたま上手く幸福になれただけだ。それもまたきっと、一つの理不尽≠ノ違いない。
 「は――――ははははははははははははは」
 思わず、笑ってしまう。
 空を見上げる。赤かった。白と黒と赤に染められていた。青い空なんて何処にもなかった。

 ああ――――世界はこんなにも理不尽(うらぎり)に満ちている。

 なら、きっと、こんなことになったのは僕のせいだ。世界が理不尽を以て、僕たちを攻め立てるというのならば、それに抗う力が必要なのだ。
 何でもいい。権力でも体力でも魔力でも筋力でも何でもいい。必要なのは力だ。求めるモノを履き違えていた。求めるのは優しい日々なのではなく、全てを守りきる事の出来る――――理不尽(せかい)に抗う(ちから)だ。そして僕には、その覚悟が足りなかった。
 ただ。
 ただ――――それだけのことだった。
 だから、呪うのは目の前の化け物じゃない。ましてや世界でもない。

 僕だ。

 対象を間違えてはいけない。それでは何も変わらない。
 巨人の豪腕から繰り出された斧剣の馬鹿みたいな一撃を止められなかったこの両腕が憎い。魔女の一斉砲撃に耐えきれなかったこの魔力が憎い。囮にすらならなかったこの両足が憎い。巨人の動きを追いきれなかったこの瞳が憎い。一度たりとも攻撃を与えることの出来なかったこのセンスが憎い。有効な戦略が捻り出せなかったこの頭が憎い。
 こんなにも無力な自分が、キャロ一人救えなかった自分が――――憎い。
 いつか人間全てに向けた憎悪を、今、自身に向ける。
 いっそ死んでしまえばいい。何も助けることの出来ない無力なエリオ・モンディアルなど、この世界には要らない。
 ああ、そうだ。

 「僕は――――」

 僕?
 そんな脆弱な自分など殺す。今殺す。すぐ殺す。

 「僕は――――」

 まだ言うか。足りない。この程度の覚悟では全然足りない。
 ナイフを持つ。
 心の中で、ソレ≠ノ突き刺した。
 何度も何度も突き刺す。
 右足左足右腕左腕右目左目、よし次は内蔵だ。胃小腸大腸虫垂および直腸などの消化管と肝臓胆嚢および膵液を分泌する膵臓脾臓腎臓膀胱、左脳右脳に至るまで、その全てに刃を突き立てる。何度も何度も。涙と鼻水と唾液と吐瀉物で顔がぐちゃぐちゃになりながら。

 「――――――――――――――――――――――――」

 最後に。
 今までありがとう。この世に生まれて疎まれて、だけどフェイトさんに拾われて、キャロと出会えて、幸せだった。こんなにも理不尽な世界で、優しい日々をくれた自分(きみ)のこと、決して忘れないよ。
 一度だけ、感謝して。
 その心臓にナイフを。

 だけど、自分(おまえ)はもう要らない。
 これからは自分(ぼく)ではなく、自分(おれ)が全てを守ってみせる――――――――――――!!

 突き刺した。

 「―――――――――――――――俺は(・・)

 世界に宣誓する。
 この世で交わされたどんな約束事よりも強く。より強く。
 決して忘れないように世界に刻みつける。
 このどうしようもない枯渇を。
 このどうしようもない求めを。
 そうだ。
 俺は今、何よりも。
 何よりも―――――――――――――――


2 / 俺は力が欲しい Hummer_song


 ――――新暦81年、四月十一日。
 絶望の淵で新生した少年は、世界に反逆の意を示した。


 新暦81年 四月十一日 ミッドチルダ 中央区画 ミッドチルダ地上本部

 ここは本部にある医療施設の一室。
 シャマルの転移魔法を使い、何とかヴィータの一撃から逃れた三人―――士郎、リン、なのは―――がそこにいた。最も、士郎はベッドで意識無く眠っているのだが。腹に巻かれた包帯が、その傷の深さを物語っている。
 制服姿の二人、なのはとリンは椅子に座っていた。
 「……で、どうするんですか、コイツ。何かもう色々無茶苦茶ですよ。しかも何か街を襲ったアレと面識あるみたいだし、もしかしたら敵なのかもしれない。拘束した方がいいんじゃないですか?」
 リンは吐き捨てるようにそう言った。
 「それは考えすぎだよ、リン。何か知っているなら、なおさら拘束するわけにいかないよ。特に今は少しでも情報が欲しいし。……どうしたの? ちょっぴりご機嫌斜めみたいだけど」
 少し咎めるような顔をして、なのはは会話を返す。
 リンは、その目を見ていられないのか、視線を逸らし言った。
 「……別に。ちょっとむかついただけですよ。そいつが、あんまりに考え無しだから」
 そして、まるで―――みたい、と微かな声で呟いた。小さな呟きだったので、なのはには聞こえなかったが、何となく理由は理解できた。
 「いいよ。嫌なこと思い出すなら、私が事情を聞くから。リンはタナカのとこに居てあげて。アナタの怪我も軽くないんだし」
 なのはは見る。
 その腕に巻かれた三角巾を。頭にも包帯が巻かれており、制服に隠れた腹部もまた同じ状態だった。特別安静、というわけでもないが、それでも無理をするに越したことはない。
 そう考えたが。
 「いえ、大丈夫です。タナカは心配だけど……まだ仕事が終わっていません」
 伏し目がちにリンはそう言って、体を寝ている士郎の方へ向ける。
 タナカの傷は酷いものだった。蹴り飛ばされたときリンは何とか障壁を張ることが出来たが、タナカは腹に一撃を受けた後、意識を失い、そのまま墜落した。バリアジャケットこそあったが、衝撃は傷に響いた。それが致命的で、結果、安静にしなければならないほどの怪我になった。
 士郎を見つめ。
 「それに、コイツに声をかけたのは私ですから。最後まで責任を取りたいんです」
 静かに、なのはの申し出を断った。
 だが、なのはは、その顔を掴み、強引に自分の方へ向かせ。
 「駄目だよ、無茶しちゃ。教えたよね? 自分に出来ることと出来ないことをしっかりと見極めて、冷静に判断することが重要だって。お話を聞くのは私一人でも出来る。でもタナカが安心して背中を預けられるのはチームメイト、仲間であるリンとシェルドとロイドにしか出来ないんだよ? それに自分の怪我を治すことだって、リンの仕事なんだから。ね?」
 「……う」
 まるで子供に叱るように宥める。リンはなのはの目が苦手だった。そのあまりに純粋な目は、リンにとって眩しすぎた。たくさん苦労して、世の中の汚い所もたくさん覗いてきたはずだ。なのに、どうしてそんなにも純粋でいられるのか。どうして人を―――そこまで信じることが出来るのだろうか。
 だから、リンはなのはに憧れていた。尊敬していた。その純粋な目が欲しかった。
 「……分かりました。後で、またお話、聞かせて下さい」
 「うん。大丈夫だよ。聞いたことは、ちゃんとリンに伝えるから」
 リンは立ち上がり、一度だけ士郎に目線を投げると、そのままなのはに向かって一礼し。
 「失礼します」
 といって、部屋を出た。かつかつと通路を歩く音が聞こえて、消えた。
 ふぅ、となのはは溜息を吐き。
 「君―――起きているんでしょ? そう言うことだから、お話、聞かせて欲しいな」
 と言った。
 「……ばれてましたか」
 「分かるよ。リンは不調だから分からなかったみたいだけど、呼吸とか眼球運動とか、明らかにおかしかったし。……リンのため?」
 なのはは微笑みながら、そう尋ねた。
 士郎は上半身を起こし、返すように笑いを浮かべた。
 「ええ、どうにもこうにも無茶しそうだったんで。何だかすぐにでも掴みかかりそうでしたし。それに、知ってるんですよ。似たようなの。いつもはしっかりとしているんだけど、致命的なとこでいつも失敗するヤツを」
 そうして影で一人涙する―――ほっとけない女の子を。そう続けようとしたが、士郎はぐっと飲み込んだ。
 それを見て、なのはは。
 「君は……いい人だね。その子、大事にしてあげるんだよ」
 微笑みではない、明確な笑いを浮かべた。
 だが、対照的に士郎は、一転真面目な顔になった。
 「元の世界に帰ったら、そうすることにしますよ。教えて下さい。この世界のことを」
 士郎は一度目を閉じ、思った。
 ランサーがここに現界して、自身が此処にいる。それはある事実を示していた。
 終わったと思っていた。一年前、全て終わったのだと。
 信じたくはない。文字通り命がけだった。凛も俺もセイバーも必死だった。その徒労が無駄だったとは思いたくなかった。
 認めたくはない。が、あれは間違いなくランサーだった。ならば、他の六騎のサーヴァントが現れるのも時間の問題かもしれない。
 ならばアレが在るはずだ。全ての始まりにして全ての終わり。この世全ての悪を溜めた杯。

 ―――聖杯が、この世界に存在している。

 魔術基盤が存在しないのに、ランサーが現界している。その事から考えても、聖杯が関与していることは間違いない。魔術基盤を作り出す―――なんてことが出来るというのは、正直ありえないと思う。しかし、腐ってもアレは聖杯だ。元々魔法≠行使するためだけに作られた『万能の釜』。何が起こっても不思議じゃない。
 何故この世界に冬木の聖杯があるのか。何故ランサー、サーヴァントがこの世界を襲うのか。あの黒い影は何なのか。分からないことだらけだ。だが、現実を見ろ。―――この世界は確かに今、脅威に晒されている。
 ならば衛宮士郎の為すべき事は一つだ。
 戦いを終わらせるために闘う。衛宮士郎は、あの夜。セイバーと契約した運命の夜に、そう決めたのだから。
 それらの誓いを静かに心に刻み。
 「俺は、此処で何が起きているのか、知らなければならないんです」
 士郎はなのはを見つめた。怯えず、困惑することなく、しっかりとなのはの瞳を捉えていた。
 なのはは思う。
 体つきや顔から、多分、年は成人前だろう。だが、自身を見つめる瞳には、確かに戦士≠ニしての強さを秘めていた。
 ―――強い子だ。
 「うん。でも、その前にまず名前を教えて欲しいな。私は高町なのは。皆はなのはさんって呼んでくれるよ。階級は一等空尉。所属は時空管理局本局武装隊……て分からないか。一応、魔法使いやってます」
 魔法使い。
 その言葉に肩を竦め。
 「俺は士郎。衛宮士郎だ。……魔法使いなんて上等なものじゃないけど、一応魔術を習ってる。それ以外はただの学生ですよ」
 名乗った。すると。
 「―――士郎?」
 きょとんと一瞬、なのはは固まった。
 ……お父さんと、同じ名前だ。
 士郎は首をかしげる。と、同時にそこで、とある疑問に行き着いた。
 「―――高町、なのは?」
 口にする。
 酷く日本的な名前だ、と思う。そう言えば、あの時は名前なんか気にしている暇はなかったが、ロイド・シェルド・リンはともかくとして、タナカという響きは日本語特有のモノではないだろうか。田中。何も珍しくはない、日本では当たり前の名字。けど、その常識はここでは当てはまらない。
 どういうことだ。ここは異世界のはずだ。こんな偶然があるのか?
 士郎は思った。
 ―――もしかして。
 「ちょっと聞いても、いいかな?」
 「……何?」
 その時、なのははなんとなく次に来る言葉が分かったような気がした。
 士郎が口を開く。
 そして言った。
 その―――確信を。

 「―――『地球』って言葉、分かります?」

 やっぱり。
 思わずなのははそう呟いた。

 なのはと士郎。
 両者の混乱が、今、頂点に達していたのを、録音機は確かに記録していた。

 「―――冬木市? どこ、それ?」
 「―――海鳴市? えーと、聞いたこと無いんですけど」

 二人の『地球』観が、あまりに食い違っていた。地名、歴史上の有名人物、法律、学問などが微妙に違っており、それらが蓄積して、両者の知る『地球』が同一のものだとは思えなくなってしまっていた。
 なのはは持っている携帯機で、地球の情報をスクリーンで表示した。が、士郎が
 「確かに外見はそっくりです。もうほとんど一緒だと言っていいくらい。でも、微妙に、本当に微妙だけど、地形が違っているような気がする」
 と言ったのが致命的だった。

 おまけに士郎の魔術=Aなのはの魔法≠フ説明が、混乱を混沌に昇華させた。

 「魔術協会? 聖堂教会? 魔術回路? ―――それ、本当にあるの? あ、疑っているわけじゃないんだけどさ」
 「えーと、リンカーコアに、インテリジェント・デバイス……でしたっけ。で、詠唱や集中で、プログラムを起動させる……て、いくら何でもそれは」
 なのは曰く、仮に士郎の言う魔術≠ェ存在し、それを管轄する魔術協会という組織があり、更に聖杯≠ニいうモノがあるのならば、管理局が未だ発見できないのは、少しおかしいという。
 「聖杯……だっけ。でそれに匹敵するような、どころかそれ以上の力を持ったモノも存在しているわけだよね。もうそれ完全に古代遺産(ロストロギア)の域だよ? 発見されていない未開拓の世界ならともかく、管理外とはいえ、何十年も前から観測はされているはずなのになぁ。よっぽど秘匿性が高いのかなぁ。そもそも魔術師≠ェ目指す根源っていうのが、どうにもこうにも……次元航行システムが開発されて以来、結構研究も進んでいるけど、そんなのがあるなんて聞いたことないし。アカシャ・クロニクルなんてもうとっくの昔に否定されてるし……。仮に観測不可能な虚数空間の裏側にでも、それが存在するとして、管理外世界レベルで、そこに繋がるっていうのも……」
 いかんせん士郎は現在魔術を使えないし、概念≠ニか神秘≠ニかあやふやな言葉を使っての説明だ。そもそも説明している士郎が、魔術師ですらない魔術使いである。おまけに修行中で三流というのが頭に付く。なのはが納得できないのも無理はない。
 が、それは士郎にしても同じ事である。
 「……魔力素? マナじゃなくて? えーとオドのことは―――ああ、知らないですよね。リンカーコア……って普通の人には無いんですよね。そんなに珍しいんですか? いや、凛、あ、これは俺の師匠なんですけど、そんなものがあるなんて聞いたこと無かったので。凛も知らないんじゃないかな。というかそんな便利なものが存在してたら、魔術なんて使わないで、そっちいくんじゃないかなぁ。今まで一人もいなかったのかな。え、稀に存在する? ……そういう分かり易い異端があれば、魔術協会や聖堂教会も黙っていないと思うんだけどな。ていうか次元航行ってマジですか? 完全に魔法、というかSF?……いや、こっちの魔法≠カゃなくてあっちの魔法≠チてことです。ああもう、訳分からなくなってきた」
 なのはの言う魔法≠ニの食い違い。システムそのものが魔術と何もかもが違っていた。とどめとばかりにデバイス、自我を持つAI、次元航行システム、次元世界を統括する時空管理局―――これらの要素はあまりにも士郎の予想の斜め上だ。技術レベルがまるで違う。だが、なのはと違い、先ほどから嫌と言うほど目の前に証拠を見せられている以上、納得するほかない。
 ともかく現段階で―――少なくとも士郎が―――問題視しているのは、自分に魔術が使えないという事実である。原理はどうであれ、サーヴァントが出てきた以上、強化の一つも出来なければ話にならない。
 なのはの話を聞けば、突破口くらい見つかると思ったが、聞けば聞くほど無理に思えてくる。
 そもそも士郎の『強化』も『投影』も、元は自身の『固有結界・無限の剣製』から漏れ出したモノである。魔術理論・世界卵による心象世界の具現だとか、魂に刻まれた『世界図』をめくり返すものだとか、散々凛からその仕組みについて説明されたのだが、正直半分も理解していない。元々感覚でなんとなく℃gってきたもので、魔術理論云々言われてもしっくりこないのは当たり前かも知れない。
 分かったのは、このままではどうしようもない、といった身も蓋もないことと、士郎の魔術が学問≠セとするならば、なのはの魔法は技術≠謔閧ノ発展しているのではないか、という知ってもあまり実になるとは思えない予測だった。

 なのははふぅ、と溜息を吐き、録音機のスイッチを切った。二人が話し始めて二時間ほど経っていた。
 「……これ以上は長くなりそうだね。もうちょっと事態が落ち着いてからでいいかな。早く元の世界に帰してあげたいと思うけど、お話聞くに詳しい調査が必要みたいだし」
 「そう、ですね。すみません、なのはさん。仕事あるのに。こんなに長くなるとは思いませんでした」
 力が、欲しかった。
 士郎は力が欲しいと、こんなにも思ったことはなかった。
 戦いを止める力を、と思う。魔術を使えない士郎にとって、今の状況は歯がゆかった。
 士郎は思う。
 ――――俺は力が欲しい、と。
 「いやいや、謝らなくていいよ。こっちも色々興味深かったし。特に根源のお話は面白かったかな」
 なのはは椅子から立ち上がった。しかしその視線は士郎をはっきりと見つめていた。
 「―――あと、聖杯戦争のお話」
 探るような目だった。
 無理もない、と士郎は思う。証明するべき手段は何もないのだから。信じろ、というほうが無理だ。いや、もしかしたら頭の病気と思われているかも知れない。
 だが、だとしたら、ランサーの件はどう説明する。少なくとも真偽はどうであれ、あちらは少しでも情報が欲しいだろう。
 食らい付くとしたら、そこだ。全部話して、はい終わりじゃ意味がない。俺は何としてでもアレを止めなければならない。
 そう士郎は思い―――頬を緩ませた。
 「なのはさんの時間が空いたときに、全てお話ししますよ。俺、貴女のこと、信頼していますから」
 一瞬の間。
 互いに探るような視線が交差し―――
 「そう。ありがとう。私のこと信頼してくれて」
 「いえ。命の恩人ですから、当然ですよ」
 ―――微笑み合った。
 なのはは思った。いや、それは思考と呼ぶには、あまりに形がなっていなかった。第六感、虫の知らせ。何でもいい。理屈ではなく感覚が思った。
 魔術云々や根源云々の話よりも、気になったのは聖杯戦争の話。それを聞いていたときから、ふつふつ湧いてきた違和感。未だ全容は聞いていない。精々サーヴァント・セイバーと契約し、ランサーを退けた、くらいのところまでしか聞いていない。
 だが―――何故かそれは確信に近い想いだった。
 自分を助けるために間に入った、あの時の士郎の顔が、なのはの目蓋から離れない。あんなにも必死な形相はかつて見たことがなかった。

 ―――この子は、酷く危うい。

 沸き上がってきたその想いが確信になる前に。
 病室のドアが勢いよく開けられ。

 「なのはちゃん!!」

 白衣を着たシャマル主任医務官が息も絶え絶えに部屋に駆け込んできた。
 「あれ? シャマルさん、どうしたんです? 本局の方に戻るんじゃなかったんですか?」
 「そんなことより! なのはちゃん! 大変なの、エリオ君とキャロちゃんが―――」
 ふと気付くと病室の外も騒がしいことに二人は気付いた。
 シャマルの様子、外の騒ぎ。これは一体何を示しているのか。
 士郎は思った。
 予感がする、と。何も知らない自分だが、これは異常な事態なのだと。
 そう、ミッドチルダがサーヴァントに襲われたすぐにこの騒ぎ。これは間違いなく―――

 ―――そして、その予感は的中する。

 新暦81年 四月十一日 第六一管理世界 スプールス

 ―――この自然豊かなで優しい世界を、キャロ・ル・ルシエは愛していた。

 ばさり、と上空から音がした
 「キャロ、とりあえず、あっちの区画の見回りは終わったよ。そっちは?」
 そこにはキャロの使役竜フリードリヒに跨ったエリオ・モンディアルがいた。いつもの光景だ。
 キャロは微笑みながら声を返す。
 「あ、エリオ君。うん。こっちも大体終わったよ。あ、もうこんな時間」
 「そうだね。それじゃ、お昼にしようか。フリード」
 くきゅる、と一声鳴き。
 ふわり、とキャロのすぐ近くにフリードが着地した。
 朝の見回りが終わった後、二人でフリードに乗って隊舎に戻って、昼食を食べる。これが日々の恒例だ。
 特別何もない毎日。
 変わったことといえば、この髪だろうか、と思う。数年前からちょっと伸ばしてみようと思い、キャロはソレを続けていた。今では背中の肩胛骨を少し超えるくらいに伸びている。それが彼女の母兼姉である女性に対しての尊敬があり、同時にちょっとの嫉妬が混じっていた。前者はともかく後者のことをあまり自覚していないことは、本人の性格故か。
 ―――ああ、そうだ。変わったというなら、エリオくんもそうだ。
 機動六課を卒業して五年、エリオはもの凄い勢いで背が伸びていった。元々よく食べる方なので、それは当たり前だったのかも知れない。会ったばかりの時あまり変わらなかった身長は、もうとっくの昔に追い抜かれている。
 魔導師ランクも一つ上がりAAA。階級も曹長になる試験がもうすぐだ。丁度良いから受けてみろ、とシグナムに言われたことが大きい。ちなみにその事をアルフに告げたとき。
 「エリオが曹長? あっはっはっは、似合わねぇー」
 と爆笑された。
 別にそんなことはないとキャロは思う。まぁ正直エリオが人にあれこれ指図する光景は、ちょっと想像出来ないのも本心であるが。
 エリオはどんどん強くなっていく、ということをキャロは実感していた。この前シグナムとエリオが模擬戦を見ていたのだが、キャロから見ても結構惜しいところまでいっていたと思う。エリオ曰く『全然まだまだ。ちょっと本気で打ち合えばすぐ負ける』とのことだったが、シグナム曰く『騎士としての基礎は十分出来ている。自分もうかうかしていられない』とフェイトにぼやいていたことをキャロは知っている。
 自分はどうだろう、と思う。正直あまり変わったという実感はない。ランクが少し上がったくらいだろうか。ひょんなことからエリオは階級が上がったが、自分も含めて元々昇進には興味は無いし。今では立派に執務官をこなしているティアナに射撃魔法のことを褒められたのは嬉しかったが。
 とはいえ、基本的には何も変わっていない。どちらかというと周りがぐるぐる動いている感じだ。少なくとも何も変わっていない。
 とても優しい日々だった。機動六課に所属していたときより少し静かだが、それでも十分幸せだ。
 キャロはこの毎日がとても好きだった。愛していた。こんな日々がずっと続けばいいと思っていた。
 ―――だから。
 「今日は天気が良いね。絶好の飛行日和だ。ね、キャロ」
 「うん。風が気持ちいい―――ん、どうしたの? フリード」
 ぐるる、とフリードが鳴いていた。威嚇するように前方を睨んでいる。
 二人は見る。

 瞬間、ごごんと爆音が辺りを揺らした。

 「っつ―――!!」
 遠く。隊舎が見える。その付近で。

 黒い影が揺らいでいた。

 ―――だからこの日々が、一瞬のうちに瓦解することなど、夢にも思っていなかった。

 「皆急いで! 緊急避難ポートに退避を! キャロ、君は皆を頼む!」
 「うん!」
 フリードに乗ったキャロが、隊舎に居た管理局員や民間人を誘導する。
 黒い影がゆらりと動いた。アームドデバイス、ストラーダを握ったエリオの前に三体立ちはだかっている。
 ―――何なんだ、こいつらは。
 黒い影には実体がなかった。どんなに魔法を撃ち込んでも、全て吸収される。かと思えば、急に実体に顕在化、物理攻撃をしてくる。面倒なことこの上ない。
 内部構造が弱いことにつけ込んで、何とか数体倒してきたが、このままではじり貧だ。
 ……また増えた。
 エリオは愚痴る。黒い影は動きこそが緩慢だが、すぐにその数を増やす。どれだけの総数が居るのか見当も付かない。
 このまま永遠に出現する可能性すらある。
 せめて、増援が来てくれるまでは持たせないと。
 そう思った瞬間だった。
 「―――大丈夫か! エリオ一等陸士!」
 転送ポートより、近隣の世界から増援に来た武装局員の部隊が、エリオに声をかけた。
 「はい! 気をつけて下さい。こいつら、幾らでも出てきます!」
 エリオは念話によるリンクを即座に局員との間に形成、黒い影の情報を局員に転送する。
 「……なるほど。これは厄介だ。だが、私達に任せておけ。我が部隊は精鋭揃いだ。行くぞ、皆!」
 その声に、おお、と武装局員達が呼応し、黒い影を討つために散っていく。
 流石、自ら精鋭と名乗るだけはあった。魔力効率、魔法技術、コンビネーションの練度、どれもが高いレベルで完成されていた。
 これなら、と思う。
 殲滅は不可能でも、少なくとも皆が逃げるくらいは出来そうだ。
 ほ、と一安心した。

 その時、皆が退避しているはずの転送ポートから、爆炎が上がった。

 「なっ―――――――皆!」
 エリオは驚愕に目を見開く。
 あの方向には黒い影は居なかったはずだ。探知魔術も働いている。黒い影の気配はそこにはない(・・・・・・・・・・・・・)
 ―――――だが。
 ぼふり、と爆煙の中からフリードとキャロが飛び出す。
 同時に。

 黒い影ではない、ナニカ≠ェ其処にいた。

 「皆ぁ! あ、あぁあああ、エリオ君! 皆が!」
 「分かっている!!」
 ―――――――ソニック・ムーブ。
 空気を切り裂くようにエリオは駆けつける。
 そこには。
 「っ―――――――!!」
 業炎の中、瓦礫の山と――――物言わぬ、人の形をしたモノがエリオの視界に映った。
 それは初めての光景だった。機動六課に居た時もこんな光景は見たことがなかった。色々危険な仕事をしてきたが、こんなことは初めてだった。
 人が死ぬということ。その実感を、エリオは今正しく理解した。
 だが、エリオにわき上がってきた感情は。

 「――――お前かぁぁぁあああああああああああああああああ!!!!!!!」

 人の死に対する嫌悪感ではなく、何故、というどうしようもない怒りの激情だった。
 ――――カートリッジロード。シュタールメッサー。
 その激情に、ストラーダが応えた。ベルカ式魔法陣が形成され、矛先に電撃が付与される。そして、エリオは大上段で構え、弾けるように突撃した。
 三日月のような笑みを浮かべる、この事態を起こしたナニカ≠ノ。
 電撃が迸る。一閃。
 全てを切り裂くベルカの騎士の一撃。
 だが。
 それは当たり前のように防がれていた。
 ナニカ≠フ掌から魔法陣が展開されている。
 ――――何だこの魔法は!?
 その魔法陣は異様だった。ミッドチルダ、古代ベルカ、近代ベルカ――――そのどれもに似ても似つかぬような紋章だった。ヘキサグラムを基本に見たことの無いような文字が重なり合っている。
 「Ατλασ」
 何か口にした。何を言ってるか全く聞き取れない、どころかそれが言語であるかどうかもわからないような、そんな言葉。
 瞬間。
 「が――――!!」
 全身に衝撃が走り、エリオは思い切り吹き飛ばされた。
 瓦礫に背中から衝突する。
 次いで。
 「Tροψα」
 そのナニカ≠ヘ杖をエリオの方へ向け、言葉を口にした瞬間。

 どうしようもないほどに強力な魔力砲撃が、雨霰のようにエリオに撃ち込まれた。

 衝撃、爆音、爆砕。瓦礫が吹き飛び、炎がダンスを踊る。
 ナニカ≠ヘ宙に浮かび、エリオを見下ろす。そして次弾を放つように、その杖を掲げ――――
 「エリオ君!! ……フリード!」
 上空からソレを見ていたキャロはフリードに命ずる。
 ――――ブラストレイ。
 フリードリヒが持つ、最大の炎による砲撃。キャロのブーストも付与されたソレは全てを砕く一撃となる。
 放たれた。
 「Μαρδοξ」
 ご、と宙に爆炎の花が咲く。
 直撃だ。そうキャロが確信した直後。
 ――――目の前に、張り裂けるような笑みを持った魔女が居た。
 「え――――」
 転移魔法。しかもこんな一瞬で。
 流れるような思考で、思った刹那。
 まるで重力が何十倍にもなったかのような圧迫が上から来た。
 「あああぁあああああ!!」
 ガン、とフリードごと地面に叩き付けられ、全身がみしみし軋んだ。身動きなど取れはしない。
 そこに。
 爆撃のような砲撃が叩き込まれた。
 「っつ――――ケリュケイオン!!」
 ――――プロテクション。
 高町なのは直伝のバリア魔法を展開。この数年で練度がぐんと上がり、増して強固であるソレはナニカ≠フ砲撃からキャロを守る。
 一撃、二撃。耐えられたのは、そこまでだった。
 「――――!!??」
 直撃を受ける。衝撃が全身を駆け抜け、痛覚が全神経を支配する。フリードが暴力の雨に叫び声を上げる。
 何だ。なんだコレは。あんな一瞬の詠唱でAAA――――否、Sランクに限りなく肉薄する砲撃を乱射させるなんて――――
 ――――何て化け物。
 ぐらり、と世界が回転する。意識が落ちる。その寸前でキャロは確かに。

 「ふぅ。この世界ではこんな餓鬼共にも武器を持たせるのね。全く物騒なのか世の中舐めているのか分からないわ。――――まぁ私は、ただ蹂躙するだけだから関係ないけど」

 その魔女の声を聞いた。

 がらり、と瓦礫から何とか這い出たエリオは、その光景を目にしていた。
 キャロに魔力砲撃が叩き込まれるまでの一部始終を。エリオもキャロと同じように思った。
 ――――あれは、とんでもない化け物だと。
 キャロの方を見る。確かに致命傷ではない。だが、このまま放置しておけば、ソレも危うい。
 「くそ……!!」
 アレはいったい何なんだ。
 宙に浮いているナニカ≠睨み付ける。
 バリアジャケットとは似ても似つかないような、顔まで隠しているローブ。一種のバリアジャケットにも思えるが、どうも違うような気がする。手に持っている杖はデバイスなのか。だがそれはあまりにか細く、とても機械で構成されているようには思えない。黒く濁っているその目は嘲笑で満ちあふれている。
 魔法の体系すらも違っていた。現存するあらゆる魔法。少なくともエリオは見たことも聞いたこともない魔法だった。
 ――――それは異界の理、魔術。
 かつて聖杯戦争という戦いで最弱と呼ばれたが、しかし現代の魔術師では到底及ばない神代の魔女。

 キャスター、と呼ばれる希代の魔術師だった。

 そのことをエリオは知らない。だが少なくとも、このままでは自身が殺されるということだけは理解していた。
 自身の状態を走査する。打ち身、擦り傷。額が割れ、血が吹き出ている。ぎしぎしと痛む。どうやら肋骨に罅が入っているようだった。
 ――――だが、致命傷というわけではない。防御魔法は打ち砕かれたが、ギリギリの所でバリアジャケットが活きた。
 動ける。その確信を以て、叫んだ。
 「ストラーダ!!」
 自らの相棒が応える。ベルカ式魔法陣が展開される。
 今、後方で黒い影を相手にしている部隊にも、この事態が見えているはずだ。ならば、数で押せば――――
 そうエリオが思った瞬間。

 「■■■■■■■■■■■■■■―――――――――――――――!!!!!!!」

 地震のような咆吼が、辺り一面に響いた。
 思わず振り向く。
 ―――――其処には黒い、暗黒に取り憑かれたような巨人が居た。
 手にしているのは、斧剣。分厚く、巨大で、叩き潰す≠ニいう一点に特化された限りなく原始的な武器。
 「う、わぁああああああああ、何だ! 何だこいつは!!」
 「距離を取れ、一斉砲撃で……早い! があぁぁああああああ!!」
 「何、何なんなの! こんな出鱈目なことが、きゃあぁあああああああ!!」
 「■■■■■■■■■■■■―――――!!!!!!!」
 陰惨な叫び声が上がる。上げたその人間は、瞬きの内にミンチにされる。恐怖に場が支配される。冗談みたいな光景だった。
 辛うじて距離を取った者は、幾つもの砲撃―――――自身が持つ最大の魔法を撃ち込んでいく。それは人が出来る唯一の足掻き。精一杯の希望。
 だが、それは。
 「!!!?????」
 「―――――弾かれた、だと?」
 無惨にも、打ち砕かれた。
 効かない、のではなく、弾かれた。その事は何を意味しているのか。有効か否か、それ以前に|そもそも攻撃が届かない―――――
 その意味に気付き、さ、と血の気が引いた瞬間。ソレが持つ何かによって、頭から潰れた。
 魔法を使った形跡は一切無い。
 にも関わらず、防御魔法を砕き、バリアジャケットすらも貫いて―――――上から押し潰した。つまり、ソレは純粋な筋力のみで(・・・・・・・・)魔法を打ち破ったことになる―――――
 見るだけで畏怖されるその巨体。丸太ですら細く見える豪腕から繰り出される一撃は、技術として磨かれてきた魔法すらも打ち砕く。大きさからは想像できないほどの速さは、最早法則を無視しているとしか思えない。
 ソレは正しく暴力の具現だった。ソレは人として許される能力の全てを大きく逸脱していた。ソレは災害に近いモノだった。ソレは暴力の嵐。ソレは半神の獣。ソレは灰色の殺意。
 聖杯戦争。化け物が集い競う、その中で。

 文字通り、『最強』と呼ばれたサーヴァント、バーサーカーが其処にいた。

 「エリオ君、逃げろ―――――!!」
 そう叫んだ部隊長が、バーサーカーによって、圧殺された。
 血しぶきが上がり、巨体が赤く染まる。
 ゆっくりとバーサーカーが面を上げた。目が、あった。
 ―――――殺される。
 そう思った瞬間、体は自動的に魔法を発動させていた。
 カートリッジロード。サンダースマッシャー。
 自身の姉であり母が愛用している魔法。こっそり練習しているソレを、脇目もふらず撃ち出した。電撃を纏った魔力砲撃が、バーサーカーに着弾する。
 ―――――霧散、消滅した。
 「魔法が―――――効かない、なんて」
 化け物、と呼ぶのも烏滸がましい。そもそも魔法が効かない生物なんてものが存在して良いのか。反則ではないのか。
 「うふふふ、張り切ってるわね。バーサーカー。あんなか弱い魔法なんて、アレには無効化されるだけよ? 坊や」
 上空からそんな声が聞こえる。全く手を出さないのは余裕か。見せ物か何かの感覚なのだろうか。
 しかし、そんなことを考えている暇はない。こちらに向かって、地面を砕きながら、バーサーカーが突進してくる―――――!
 「ストラーダ―――――!!!!!!!」
 やるしかない。カートリッジを限界までロードする。薬莢が辺りに転がる音がした。
 幸いなことに、魔法を使用した自身の最大戦速は、あの巨人よりも上だ。ならば、攻撃される前に、一撃で首を落とすしかない。
 最早非殺傷など言っている場合ではなかった。
 ―――――ファイアリングロック、解除。
 ソニック・ムーブ―――――
 集中。集中だ。エリオの視界が白黒に変わる。空気が凝固する。時間が圧縮する。
 突撃。
 異形の巨人は、その読みを察知したのか―――既に攻撃モーションに移っていた。
 圧縮した時間の中でも、なお速いその攻撃を、エリオは紙一重で避ける。
 が―――しかし衝撃が全身を貫いた。掠っただけでこれだ。直撃なんて考えたくもない。
 突撃の速さはそのままに、エリオは低く、低くストラーダを構え―――
 「紫電一閃――――――!」
 ―――飛び上がり、その斬撃を放った。狙いは首、大動脈。電撃が辺りに散り、あまり高密度なソレは、エリオのバリアジャケットすら弾き飛ばした。
 その時、エリオは確かに見た。
 思えば、間違いなく不審であった。何故先ほどまで斧剣を右手で振るっていたのに、左手に持ち替えてこちらに突進してきたのか。何故すぐに行動することなく、こちらを一瞥したのか。
 そう。つまり、バーサーカーは。
 こちらの思考を完全に読んで―――否。完全に誘導していたということだ。

 斬撃が、紙一重で空を切った。

 振り下ろした左腕の慣性を利用し、右半身を僅かに動かしたのだ。
 ―――それはバーサーカーにとって戦術ではなかった。元よりバーサーカーには戦術など必要がない。圧倒的なまでの力と速度に技術の入り込む隙間などない。技術とは即ち弱点であり、この鉛色の巨人にそんなものが存在するはずがない。
 これは本能。いかに早く相手を絶殺するかという原初に刻まれた殺戮衝動――――――!
 「が―――!」
 渾身の攻撃を避けられたエリオは、巨人の掌に捕まった。その巨体から比べれば、あまりに矮小なその体躯から。
 ごきり、と。
 全身の骨が砕けるような、そんな音が響いた。
 「ぐあぁあぁああああああああああああああ!!!!!!!」
 みしみしと全身が軋む。巨人にとっては己など玩具に等しい。その腕を思い切り振りかぶり―――
 瓦礫に叩き付けるように放り投げた。
 ずぶ。
 ごきん。
 突き出すような鉄骨に、腹部が貫かれる感覚を、エリオは今知った。
 微かに。血に染まった視界の中。
 ずっと守っていきたい、と思った小さなその体が、大粒の涙を流しながら叫んでいた。

 ―――キャロ。

 ずるりと鉄骨から抜け出したが、そこで全身が全く動かないことに気がついた。
 そのことが。
 大切な人一人救えないことが、どうしようもなく情けないと思い。
 一筋、血に染まった涙を流した。

 「エリオ……君?」
 ぴくり、とも動かないエリオの体を見て、キャロの涙が止まった。そのあまりに非現実な光景だったからかもしれない。
 感情が、完全に凍結した。
 思考が逆転を始める。
 ―――何だ。
 ―――何だコレは。
 ―――自分たちが一体何をした。
 ―――何故、燃えている。
 ―――何故、人が死んでいる。
 ―――何故、大切な人が血反吐を吐きながら倒れ伏している。

 ―――何故、こいつらは。
 自分からあの優しい日々を奪うのか―――!

 悲しみの感情から逆転した思考は、激情に変換された。
 凍結した感情が、莫大な熱量を以て、解凍された。
 あまりの温度。あまりの膨張率。黒々としてぐつぐつと沸騰したソレは、感情のシチューのようだ。
 次第にソレがこぼれ落ちた。あまりの奔流に器が耐えきれなくなったのだ。
 こぼれ落ちる。
 こぼれ落ちる。
 ありとあらゆる感情がこぼれ落ち、地平線の果て。キャロの世界の果てに一つだけ。
 たったひとつだけが残った。

 ―――その名前は、憎しみ。

 ぶつん。

 その時、キャロの理性が完全に焼き切れた。

 「あああああああああああああああああああああああ、ヴォ、ル――――テェェェェエエエエエエエエエエエエエエエエエル!!!!!!!!!!!」

 その咆吼に呼応するように、キャロの後方に召喚魔法陣が形成された。
 ―――竜騎召喚。
 その魔法陣はあまりに巨大だった。魔力量・規模・構成、ありとあらゆる要素が巨大だった。

 ―――希代の竜の巫女が、箍が外れた極大の魔力を、自身最強の僕ごと解放した証だった。

 呼応するようにフリードが目覚める。『白銀の竜』、その真なる力が解放される。
 同時、召喚陣からアルザスの守護竜・ヴォルテールが這い上がってくる。全てを蹂躙した鉛色の巨人。それすら軽々超えるような巨竜だ。稀少古代種・『真竜』、『大地の守護者』と呼ばれるソレは、キャロが部族を放逐された原因にもなったほどの力を持つ。
 いつの間にかバーサーカーに寄りかかっているキャスターは、少し驚くように感嘆の声を上げた。
 「へぇえ―――なかなかどうして。神代以来よ、こんな規模のドラゴンは」
 ぐるる、とヴォルテールが睨む。主の敵を。
 バーサーカーはそれに応えるように吼えた。
 ―――狂戦士、神々の試練を乗り越えたヘラクレスにとって。それは懐かしい相手だったからかも知れない。
 「あら、そうよね。ケルベロスや巨人族と戯れていた貴方にとって、アレは確かによく知る相手かもね」
 ヴォルテール、フリードの口から魔法陣が展開。更にキャロによって加圧・ブーストされる。
 「―――どうして」
 バーサーカーが構える。キャスターが神言を口にする。
 そして。

 「どうして、こんなことするのよぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!」

 キャロの怒りの咆吼によって、戦いの火蓋が切って落とされた。 

 ―――後に、辛うじて生き残った隊員が語る。
 あれは、正に神話における聖戦のようだった、と。

 黒い影が踊る。二匹の竜は圧倒的殲滅力を以て、それを撃退する。
 魔女は謳いながら、踊りながら、魔法陣を撃ち込んでいく。それを強引に防ぎ、竜の巫女は返すように一撃を撃ち込む。
 ギオ・エルガ、咆吼する炎が辺りを焼き払い、ブラストレイが爆音と爆炎をもたらす。
 魔力弾撃が雨霰に入り乱れる中、黒い狂戦士が駆け抜ける。二匹の竜と巨人の咆吼が辺りを揺らす。
 巨竜の一撃を巨人が防ぎ、返す。斧剣を用い、巨竜に斬りつける。その隙に白銀の竜がそれに撃ち込む。呼応するように魔女が、その隙にねじ込むように砲撃を―――
 圧巻・圧倒・卓抜・凌駕。大地が激震し、瓦礫と破片が辺りに舞う。暴力が蹂躙し、大地を疾駆する。
 二匹の竜と巫女、巨人と魔女が舞踏する。その光景は、正しく神話の体現だった。
 やがて―――

 「―――あ」

 ご、と大きな音を立ててヴォルテールが沈んだ。先ほどから倒れているフリードが一声、微かに鳴いた。
 確かに、ヴォルテールもフリードリヒも強力無比な竜だ。しかし、相手はソレが当たり前のように跳梁跋扈していた神代に生きた二人だ。相性というのならば、最悪だった。それでも、バーサーカーとキャスターの二人を相手に、ここまで戦い抜いたのは、善戦したと呼べる。
 ぷつん、と息が切れたようにキャロが倒れた。
 砲撃魔法・防御魔法・ブースト……様々な魔法を同時にこなした結果、完全に魔力が切れたのだった。
 キャスターはニヤリと笑い。
 「まぁ、良くやった方だわ。この規模のドラゴンを二匹、同時に操るのは中々出来る事じゃない。褒めてあげる」
 ローブはボロボロになっている。フードが破れ、その秀麗な顔が露わになっている。しかし刻まれた表情は楽しそうだ。
 バーサーカーの方も傷だらけ、打ち身だらけだ。しかし、その力は毛ほども衰えていない。

 ―――その光景を、エリオ・モンディアルは見ていた。

 意識がぶつぶつと切れかかったが、それでもと思い、ずっと保っていた。
 動かなくちゃ。動いて、キャロを助けないと。
 そう思った瞬間。

 「―――さて、じゃあ殺すとしましょうか。楽しかったけど、二度三度相手にするのはちょっとしんどいし」

 杖を振り上げる。
 ふわり、と瓦礫がキャスターの周りを囲むように浮かび上がった。
 そして。

 それら、全てがキャロに叩き込まれた。

 「キャロぉぉおおおおおおおおおおおお!!!」
 残った力を振り絞り、叫んだ。

 ――――その時、少年は初めて、世界が理不尽なものだと理解した。

 「ヴォルテール、フリード。少しでいい。時間を稼いでくれ」
 ぐるる、と鳴くヴォルテールとフリード。二匹とも体は限界だ。それ以上にエリオはボロボロだった。しかし、それでもまだ動けないわけではない。
 ストラーダを杖に何とか立ち上がる。
 「あらら。まだやる気? いいけど、もう飽きてきたわ。そろそろ終わりにしない?」
 その黒い瞳が細まる。キャスターは、やる気なさげにそう言った。
 しかし、対称にエリオの瞳は、しっかりと相手を見据えていた。
 「終わらせない……絶対に、こんな結末は――――この俺が許さない!」
 エリオの叫びと同時、二匹の竜とバーサーカーが動いた。キャスターが魔法陣を世界に刻む。神話が再び再現される。今度は死力を尽くした決戦だ。
 だが、悠長に見ている場合ではない。
 エリオは脳裏に思い浮かべる。――――その理論を。

 新暦78年、天才魔導師、高町なのはが提唱した理論。『魔力回転による永久機関理論』――――通称『U.T.O.B』。アルティメット・セオリー・オブ・バスター。砲撃における究極理論と題したソレは、感覚で組む事の出来る天才魔導師でしか考えることの出来ない代物だった。
 その内容はこうだ。
 魔力とは魔力素をリンカーコアに吸収され精製されるもの。つまり内臓器官リンカーコアの呼吸によって吐き出される酸素だ。リンカーコアは常に呼吸をしており、特に寝ている間などの体が休息しているときにソレが顕著である。
 このように通常、魔力とはリンカーコアにより、半自動的に精製・蓄積されるものであるが――――もし、それを魔法で補えることが出来るとしたら、というものである。
 魔法による魔力の精製、という全く逆転の発想から生まれた理論。体内にあるリンカーコアの魔力精製機能を魔法によって促進、回転させることにより、周囲の魔力素吸収を何倍にも速めることが出来る、というものだ。上手くいけば、一種の永久機関になるのではないか。もしそれが可能ならば、魔力切れ無しに魔法を行使出来ることになり、砲撃戦においては究極無比の存在となる。最終的には無限の魔力すら得ることが出来るだろう――――そんな理論だ。
 だが、それは一蹴された。当たり前かも知れない。あまりにそれは突飛すぎ、そしてあまりに問題がありすぎた。暴論、と言って片付けた科学者も居たくらいだ。
 リンカーコアの強度、精製量の限界、術者に対する莫大な負担、外部ではなく内部に向ける複雑で危険極まりない術式――――どれもこれもが現状の技術体系ではどうにもならないとされ、仮に未来で完成したとしても使用を禁じられるだろうと言われた。
 提唱した本人曰く『砲撃補助になってくれる程度でいい』と言っていたので、なのは自身も本気で無限の魔力を得ようなんてことを考えているわけではないのだろう。

 ――――だが、エリオは今、そんな拙い理論に縋るしか、方法はなかった。
 出来るかどうかは分からない。だが、現状の魔力では、あれにはとても歯が立たない。
 やるしか道はないのだ。迷っている暇は無い。
 「頼む……ストラーダ、俺に力を貸してくれ……!!」
 その想いに相棒が応えた。デバイスの持つ演算機能がフルドライブで動作する。
 ふぅ、とエリオは息を吸って、目を閉じ。
 「……魔法体系理論構築開始。コードナンバー.159、システム『U.T.O.B』」
 瞬時に、新たな魔法の構築を開始した。
 元より理論自体は、なのはから渡された論文にある程度仮組が出来ていた。そこに独自の理論と経験を足し、自分に合わせて急造していく。
 時間がない。急がなくては。
 ヴォルテールとフリードも最早限界だ。早くしなければ、キャロも自分も命を落とすことになる。
 最新鋭の演算処理機能を持つストラーダが、もの凄い勢いでプログラムを組んでいく。
 そして、馬鹿みたいに長い一分が経過し、エリオは閉じていた目を開けた。
 「――――構築終了。リンカーコア、吸気開始……!!」

 瞬間、自分が死んだのかと思った。

 「ぐ、がぁ、あ――――」
 周囲の魔力素が渦を巻いて、エリオのリンカーコアに収束していく。その勢いは留まることを知らない。
 まるで台風が自分の中で渦巻いているような感覚。衝撃と衝動が身を引き裂く。蓄積しきれない魔力が、外へ外へと暴走する。
 それを強引に術式に叩き込む。
 ――――紫電一閃。
 対称に魔力を付与し、打撃するベルカの基本にして奥義の型。暴走する魔力を片っ端から電撃に変換していく。しかし、その変換率より魔力精製率が上回っている。このままでは魔力のオーバーフローを起こす。それはリンカーコアの破壊に留まらない。その生命すらも間違いなく消え去るだろう。
 「うぅぅううううぁあ、あああああ――――!」
 耐えきれない。こんなのに耐えきれるはずがない。
 頭痛・腹痛・筋肉痛・吐き気――――ありとあらゆる負の要素がエリオを締め付ける。リンカーコアが軋みを上げ、あまりの負担に心身が襤褸雑巾のように摺り切れていく。
 暴論と一蹴した科学者の言は確かにその通りだった。
 こんなもの、人が耐えられる現象ではない――――!
 だが。

 「く、そ――――こんな、ことで――――へばってられないんだ、俺はあぁああああああああ!!」

 エリオはその全てを飲み込んだ。
 襤褸雑巾のような体を引きづり、それでも助けたいと想った人が居た。取り戻したい日々があった。それらが強引にエリオを前にと進ませていた。
 「スト――――ラーダぁあああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!」
 エリオは咆吼する。
 自身の背負うモノのために、今、少年は限界を超える。

 瞬間、世界が白い闇に落ちた。

 キャスターとバーサーカーは、そこで初めて異変に気付いた。いや、確かに何かをやっているのは見えていたが、一蹴した子供でしかないエリオより、二匹の竜との戦闘のほうが二人にとっては厄介だった。
 当たり前だ。幾ら相性がいいとはいえ、ヴォルテールとフリードリヒは紛れもなく強敵だ。神代に生きた彼らだからこそ、その脅威は身に染みて理解している。片手間でいなすほど愚かではなかった。
 しかし、たった今。
 相対する二匹の強大な竜よりも――――あの少年の方が危険であると両者の本能が告げていた。
 見る。
 それが纏っているのは電撃ではなかった。そんな生温いものではなかった。
 白い闇。白い光。辺りに散るソレは、瓦礫を融解させていた。――――否、その現象は最早融解などと呼べるモノではない。
 消滅だ。
 一瞬にして蒸気へと昇華されるその現象の名は――――
 ――――プラズマ。
 物質の第四状態。その熱量は数万ケルビンにも及び、あらゆる物質を融解させる。『神に創造されたもの』と呼ばれるソレが、目の前に敵意を以て、顕現していた。
 このままでは不味い。そう判断した両者は、全力の連携をもって、まずヴォルテールの片目を潰した。これですぐに追ってをこれまい。次にフリードリヒの片翼を動きを封じた後、斧剣によって一撃叩き込む。二匹の竜が沈黙する。飛び出すようにエリオに殺到する。アレは危険だ。直ぐさま潰さないと。
 しかし同時に、間に合わない、とも直感が告げていた。

 白雷が辺りを散らす中、エリオは想う。

 ――――力が足りない。

 アレに対抗するためには、力が足りない。ならば自分はそれをカバーするだけだ。

 ――――カートリッジロード。

 あの暴力の嵐と魔女に対抗するためには、速さが必要だ。求めるのはソレだ。圧倒的な力を叩き込まれるよりも速くこの一撃を叩き込むことだけを考えろ。元より、この身は速さを基本形とする魔導師。それ以外に、相手を上回る技術はない。

 ――――カートリッジロード。

 足りない。この程度じゃ全然足りない。

 ――――カートリッジロード

 お前はアレを見たんだろう? あの速度を。あの暴力を。あの異端じみた魔法を。この程度で、アレに通じると思っているのか? だとしたら、相当おめでたい頭だな。そんなので、よくも変わったなんて言えるよな。

 ――――カートリッジロード。

 そうだ。更に速く。更に鋭く。考えるのはそれだけだ。他には何も要らない。余分な思考が蒸発する。白濁する意識の中、ただ一点のみをこの槍に込める。更に速く。更に鋭く。狂ったように思考する。

 更に更に更に更に更に更に更に更に更に更に更に更に更に更に更に更に――――速く、鋭く――――――――!!

 「うわぁぁああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!」

 ――――カートリッジロード。

 溢れる感情が口をついて飛び出した。残りに残った思考が単語となって形成される。
 それを口にする。
 それは詠唱だった。それは誓いだった。それは咆吼だった。それは確かに、世界に反逆する少年の全てだった。

 「――――――――――――――『我が閃光は、全てを貫く(ホワイト・ライトニング)』――――――――――――――!」

 速く、鋭く。
 その想いの結晶が、音速を超えた速度を以て、相手を絶殺せんと放たれた。

 結論から言おう。それは確かに全てを撃ち貫いた。

 「――――!?」
 速かった。それは何よりも速かった。プラズマを纏ったエリオは、かつてキャスターが見た何よりも速かった。バーサーカーとて同じだった。
 瞬きする時間どころか、小指一本動かす時間すら無かった。呪文の詠唱など論外だ。
 ご、と鉛色の巨体に、大穴が開いた。勿論即死だ。
 バーサーカーを貫いても、まるで速度の落ちないソレは――――そのままキャスターを切り裂いた。大上段、斜めから切り下ろされる一撃だった。
 キャスターもまた、即死。だが、そこで裏切りの魔女は。

 「――――狂いなさい、バーサーカー」

 最後に、最悪の置きみやげを残していった。
 悪あがきか、黒い影が直下に広がり、退却を開始しようとする。それは正しく悪あがき。核もろとも、エリオに両断されたキャスターに生き残る術はもう無いのだから。
 やった――――のか?
 そう思い、安堵しようとした、その刹那。

 ――――開けたはずの大穴が塞がっている、万全のバーサーカーの一撃が叩き込まれた。

 「な――――!!!」
 振り下ろされた一撃には、障壁もバリアジャケットも意味を為さなかった。何もかもを貫き、襤褸雑巾のような体が瓦礫ごと宙を舞った。ストラーダがギリギリでエリオを庇わなかったら、間違いなく即死だったろう。
 十二の試練(ゴッドハンド)=B死亡しても自動で蘇生(レイズ)がかかり、十二の命を枯らさなければ、バーサーカーは決して死なない。
 加えて、狂化=Bバーサーカーは今の今まで――――キャスターにその能力の全てを封じられていた。御しやすいように、バーサーカーのクラススキルであるソレを自らの意志で封印していたのだ。
 その効果。理性と引き換えにし、パラメータをランクアップさせる。真なる力を解放されたバーサーカーは、文字通り『最強』の狂戦士だった。
 エリオは確かに全てを貫いた。
 キャスターの命も、バーサーカーの命も、全てを。
 だが、バーサーカーには後十一個の命があり、キャスターはその真の力を封じていた。ただ、それだけの話。
 ストラーダごと叩き付せられたエリオに、もう対抗する力が残っているはずもなかった。その意識は闇の中に落ちていった。

 「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■――――――――――――――!!」

 バーサーカーが吼える。それは勝ち鬨の咆吼か、それとも相手を倒しきれなかったことに対するの嘆きの声か。
 バーサーカーとキャスターは、黒い影に飲み込まれ、その姿を消した。
 後に残されたのは蹂躙の跡と、激戦の跡。そして、業火に照らされた、静かな青い空だった。

 新暦81年、四月十一日。
 フェイト・T・ハラオウン執務官を中心とする増援部隊が、あと一分駆けつけるのが遅かったら、生存者ゼロ名になる大惨事の全容だった。

 新暦81年 四月十一日 ???

 「キャスターが、墜ちたか」
 ぼそり、と赤い外套の男が呟いた。
 黒に染められた空間。其処にはキャスター以外のサーヴァントが全員居た。
 「ふん。今回は随分早いな(・・・・・・・・)。それだけイレギュラーが多いということか」
 面白い、と笑みを浮かべる黄金の甲冑の男。
 それを横目に。
 「さて……次は我らの番か。ゆるりと行楽に励もうではないか、なぁ?」
 ゆらりと立ち上がった着物姿の男が、赤い外套の男にそう言った。
 「……」
 無言で赤い外套の男が立ち上がる。
 「精々、落とされぬように励むがいい。キャスターが居なくなった今、遠距離から撃ち狙える者は少ないぞ?」
 言葉は裏腹に楽しそうな声を黄金の男が上げる。
 それまで無言だった青い甲冑の男が、ニヤリと口端を上げ。
 「そうだな。――――でねぇと、あの坊主の行く末を見届けられねぇぜ?」
 と言った。
 それに対し、赤い外套の男は目を細め。
 「――――既に、そんなものは忘れた。彼処にいるのは、ただの残骸だ。この身と同じように、な」
 吐き捨てるように、そう言った。
 そして微かに黒い甲冑の女性を見つめ。

 ――――セイバー。

 そう呟いた。
 言葉は誰の耳にも届かず、ただ闇に溶けるだけだった。

 新暦81年 四月十三日 ミッドチルダ 中央区画 ミッドチルダ地上本部

 「はやてちゃん……管理局本部から、正式な認可が下りたわ。流石に上も、この事態は見逃せないみたい」
 約六年前。あの時はただ自分の無力を噛み締めるだけだった。実績がそれなりに輝かしいだけに、周りの評価が辛かった。
 だけど今は――――きっと、あの時とは違う。守ってみせる。この世界を。この愛おしい世界を。
 そうだ。
 今。
 今こそが――――

 「そうか。じゃあ始めよか。――――機動六課、再編の呼びかけを」

 機動六課。
 伝説の部隊が、その鼓動を始める。。


EP:3

Index of L.O.B