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|L.O.B EP: 13-3|


 大気が震え、大地が捲り上がった。
 空間そのものが激動し、みしみしと軋みを上げる。
 広がり行く『泥』――黒い影≠イと、まとめて吹き飛ばしながら、弾幕が飛び交い、地面にクレーターが穿たれる。
 ――――星が、激震している。
 何もかもを吹き飛ばしながら、しかし、誰も巻き込まず、二人は相対する。
「はっはぁ――――!」
 笑い声を上げながら、宝具を射出するのはギルガメッシュだ。
 その体は宙に浮き、疾走している。
 飛行宝具・輝舟(ヴィマーナ)=B豪奢な輝きを放つ、空飛ぶ黄金の小型船だ。古代インド最古の古典に登場する飛空船。数多の叙事詩に登場し、幾多の戦争を駆け抜けた戦略兵器。
 その船が物理法則をまるで無視したような軌道で――また同じように動く青色の閃光と絡み合うように撃ち合っている(、、、、、、、、)
 『泥』に汚染された黒い空の下、二人はお互いの後方の位置を得ようと、高速で動いていく。
 音すらも置き去りにするような速度で、更にソレを上回る撃ちだしを行う。
 衝突・激震・破砕・衝撃。
 それが一秒間の内に数回という速度で行われていく。
 弾け、ぶつかり合うごとに空間が震え、大気が泣いた。
 なのはが撃つ。ギルガメッシュが()つ。
 それは攻撃でもあり、防御でもある。
 お互いの領域を食い合うように、砲撃と宝具が激突していく。まるで壁の層を一枚一枚削り取っていくように、修復と破壊を高速で行っていく。
「っ――――!」
「ぬ――――!」
 宝具の幾つかはなのはを貫き、砲撃の幾つかはギルガメッシュを撃ち抜いた。
 だが。
「お願い、『慈悲(ケセド)』……!」
「治せ、『生命科学書(チャラカ・サンヒター)』!」
 なのはは術式を並列起動させ、ギルガメッシュは宝具を同時起動した。
 瞬時に、体の傷は癒され。
「あ――――!」
「は――――!」
 激突を間断無く行い続ける。
 回復と激突は、交互に、ではなく、全て同時に行われているのだ。
 二人は周囲の魔力素を取り込みながら、高速でぶつかり合っていく。
 なのはは戦闘を行いながら、ぎしぎしと軋む音を聞いた。
 軋んでいるのは体ではない。
 ――――リンカーコアだ。
 なのはのブラスター・モード・4th=Bそのシステムの根底には理論『U.T.O.B』がある。
 新暦78年。なのはがある目的(、、、、)のために提唱した理論、『魔力回転による永久機関理論』だ。
 リンカーコアによる魔力精製を、魔法によって加速させる(、、、、、、、、、、、)、という半ば暴論じみた学説だった。
 コアの強度、精製量の限界、術者に対する莫大な負担、外部ではなく内部に向ける複雑で危険極まりない術式。現状の技術体系では、そんなもの机上の空論に近い。
 ――――だが、『実行』そのものは不可能ではないのだ。あくまでも『安定』出来ないだけであり、行使しようと思えば、出来ないことではない。
 強引が故に複雑な術式を編むことが出来る技術を持っており、更に一定以上の魔力量を保有しているのならば――『実行』することは出来る。
 しかし、その代償は。
 ……術者の資質、そのもの――――
 『U.T.O.B』は魔法≠ナはなく、理論=B術として最適化されたモノではなく、基礎の基礎、構成の提案という未完成のものだ。
 魔力精製の加速、という結果をもたらすことは出来るが、ただそれだけ。加速された魔力は、術者を蹂躙し、喰らい尽くす(、、、、、、)
 ――バーサーカーと初めて対峙したときの、エリオのように。
 たったあれだけの行使で、今だに後遺症を引きずっている有様だ。
 ならば、今。
 なのはの身体は――――
 ……でも、だからこそ。
「やっと私は――アナタと対等だ!」
 叫び、自らの軋みを爆発的に供給される魔力で、強引に抑えつける。
「自惚れるなよ、英雄気取り(まがいもの)!」
 同時、ギルガメッシュは更に宝具の射出量を増やした。
 ……!
 高速で流れていく視界の中、雪崩のような宝具が襲い来る。
 ぎり、となのはは奥歯を噛んだ。
 まだ上がある――という事実が、脳裏に焦燥を焼き付かせる。
 ……でも。
「まだだよ! まだ――私はついていける!」
 無限供給される魔力を用い、砲撃を撃ち放ち、ブラスタービットを突撃させる。
 雪崩のような宝具と、雪崩のような砲撃が絡み合い、激突し、破壊が起きる。
 弾幕は、最早、百や二百では届かない数だ。おおよそ四桁を軽く超えた両の大群の破片が火花のように舞い、そして。

 爆ぜた。

 かち合い、割れる宝具達と、弾ける魔力光。
 甲高い金属音と、爆音が、連続し、重なり合って。
 一つの激震と共に、全てが解放された。
 大気の震えは大地を震撼させ、振動は全ての崩壊を呼んだ。
 亀裂とクレーターが、楽器を打ち鳴らすように、二人の眼下に現象として出現する。
 そして、それが連続した(、、、、、、、)
 破壊の鳴らしが、舞うように飛ぶ二人の周囲に顕現し、惑星の表面を抉り、削り取っていく。
 黒い影≠ノよって砕かれ、瓦礫と化した都市群を、更に砕き、何もかもが光の中に消えていく。
 ――――二人は、星を砕きながら、相対していく。
「……」
 自分の住んでいる場所を破壊する、という行為。僅かに罪悪感が沸き上がり、眉をひそませる。
 しかし、それ以上に――広がり行く黒い影≠ノ対する感情がある。
 目の前のサーヴァントに対する想いと。
 ミッドチルダの大地から光を奪っていき、惑星を覆い尽くすように広がっていく『泥』に対する想いだ。
 黒い雲が外殻のように覆っていき、狭間から差し込むのは赤黒い光だ。
 一つの終わり。黒い影≠ノ『喰』われた世界の行く末。終末の光景。
 それを知覚する。なのはは、その事実を『理解』する。
「――――空が、見えないね」
 ぽつり、と呟いた声は、しかし激突の音に沈み、消える。


「……なのは」
 避難民を脱出ポートへ誘導しているフェイトは、一つの光景を見ていた。
 なのはとギルガメッシュの激突――星を砕きながらの激突が、高速で行われている。
 ここ――唯一残った避難ポートを避けるようにして、だ。
 人々を巻き込まないよう、廃棄地区を利用して、円を描くように、だが、こちらを避けて相対を重ねていた。
「なのはちゃんは上手いこと戦ってるわね。あのサーヴァントを抑えつけながら、よくやるわ」
 負傷者の手当を行っていたシャマルが、髪を掻き上げながら、フェイトの方へ歩いてきた。
 ごごん、と激突の衝撃が、二人が立っている地面を揺らした。
「もう一通り一般市民の避難は終わったわ。『クラウディア』がギリギリで間に合ったのが功を奏したみたいね。思ったより被害は少なくて済んだわ」
 そのことを決して良い≠ニは言わず、シャマルは額に浮かんだ汗を拭った。
 フェイトはシャマルの方を向かず。
「これが――なのはの決めた道なんですね、シャマル先生」
 有り得ない、という言葉が、フェイトの脳裏に浮かぶ。
 何もかもが桁違い――どころか、次元が違う。
 集束され行く魔力の量も、展開されている魔法も、おおよそ人を超えた領域にある所業だ。
 極限まで加速されたリンカーコアの吸気。それによって得られる無限規模の魔力量。そして、それによって為される、次元を超えたレベルの魔法の行使。
 ……これは、この姿は。
 直接見たことは無い。しかし確信がある。
 今のなのはは間違いなく――――
「――――『魔神領域(SSSランク)』」
 この広大な次元世界を見渡しても、ただの三人しか確認されていない、人外の領域(ランク)
 魔を窮めし者――『魔神』。
 そこに、高町なのはは至ったというのか。
 その圧倒的な事実を思い、つぅ、と冷や汗がフェイトの頬を伝った。
「三年前の『U.T.O.B』……なのはが何であんな無茶な理論を提唱したのか、やっと分かりました。全てはこのため……ブラスターモードを完成させるため(、、、、、、、、、、、、、、、、)、なんですね」
 なのは本人に尋ねた時ははぐらかされたが――それがこういうこと≠ネらば、その態度にも納得がいく。
 ……私含めて、皆止めるもの。
 ブラスターそのものが身体――そしてリンカーコアに負荷を掛ける危険な代物だ。
 そこに『U.T.O.B』を重ね合わせる、というのは幾ら何でも無茶だ。
 仮に『U.T.O.B』が、理論通りの効力を発しているのならば――最早、今、なのはの魔力は文字通り、『無限』に近いだろう。
 カートリッジシステムの必要もない、『無限の魔力』。それは全次元世界の魔導師が望む力だ。
 ……だけど、それは。
 その代償は。
「シャマル先生は……全て知っていたんですね」
「そりゃあ、ね。一応、私なのはちゃんの主治医だし」
 肩を竦めるシャマルに、フェイトは無意識に拳を握りしめていた。
 思い描かれるのは、今も意識不明の重体の――自分の息子同然の青年。
「エリオの時は――テストケース(、、、、、、)、と言うわけだったんですか?」
 僅かにシャマルを睨む。
 シャマルはそれに苦笑で返す。
「黙ってたのは謝るわ。でも、それは幾ら何でも穿ち過ぎよ。三年前、『U.T.O.B』の基本骨子はそこら中にばらまかれたけど――それはあくまで基本骨子だけ。『発動』に至った人は一人も居なかったわ。それはアナタも知っていることでしょう? にも関わらず、即興で組み上げて、まがりなりにも発動まで持っていくなんて、誰も思わないわよ。なのはちゃんも、私も、ね。
 ……エリオ君は、紛れもなく天才よ。それも、アナタを間違いなく上回るほどの資質を持っているわ」
 目を伏せ、肩を抱きながら。
「でも、だからこそ、エリオ君は今傷つき、意識不明の重体なのよ。行き過ぎた才能は、自身を傷つける。――……なのはちゃんと同じように、ね」
 フェイトは、それでも拳の握りを開かない。
「……どうして、止めなかったんですか。こうなる、て。シャマル先生は、分かっていたはずなのに……!」
「じゃあ、逆に聞くけど、どうやったら、なのはちゃんを止めることが出来たのかしら」
 絞り出すような声に、シャマルはきつく絞った瞳で答えた。
「放っておけば、血反吐を吐いても止めない彼女を見て。朝、洗面所で血を吐く彼女を見て。誰かを救うための英雄であるがために足掻く彼女を見て――アナタはそんなことは止めろ≠ニ言えるのかしら?」
「……っ!」
「なのはちゃんを止める事が出来なかったアナタに――それを言う資格はないわ。無論、私にもね。ただ見ているだけだったアナタと、治すことしか出来なかった私には」
 だけど、
「その資格を持つ人がいるとするなら――――多分、『彼』だけよ。あのなのはちゃんが、自らの心に踏み込みを許し、そして言葉ではなく、力で止めるしかなかった『彼』だけ。でも、それも結局間に合わなかった。
 ……私達は何もかもが遅すぎたのよ。それでも私は――諦めることだけはしたくない。何より、はやてちゃんも、そう願っているから」
 言って、シャマルはきびすを返した。
 フェイトに背を向け、歩く。その足は――広がり行く黒い影≠フ中心点、首都・クラナガンの方へ向いていた。
「シャマル先生……っ!?」
「ついてくるのは無しよ? ここはまだまだ危険地域。アナタが『クラウディア』を守らないで、どうするのよ」
 それに、
「黒い影≠ノ支配されている、この状況で――はやてちゃんとシグナムを見つけ出すことが出来るのは、同じ守護騎士(ヴォルケンリッター)だけよ。だから、これは私の仕事。ザフィーラは怪我が酷いし――何より避難する人達のフォローをして貰わないと」
 ひらひらと片手を振りながら、いつものように軽い足取りで、クラナガンの方へ歩く。
 それに対して、フェイトは止める言葉を持たない。
 ……シャマル先生の言葉は正しい。でも……!
 ぎり、と奥歯を噛み締める。
 シャマルの行動が正しい以上、フェイトはそれに返す言葉を持たない。
 ――――いつも正論で動いてきたフェイトにとって、それは当然の結果だった。
 何もかもを放り出して、自分もついていく、なんて言えない。はやてとシグナムを助けに行くな、なんて、もっと言えない。
 でも、例えば。
 此処にいるのが、フェイト・テスタロッサ・ハラオウンではなく。
 あの、正義の味方と名乗る青年ならば。
 きっと彼ならば――止めたのではないだろうか、とフェイトは思った。
「人形……か」
 ぽつり、と呟く。
 これが業か、と思った。自分≠ェなく、ずっと誰かに依存し続けてきた果てが、これだった。
 しかし、『これ』を貫こうと、決めたのは誰だったか――――
 ――――私は私の道を行く。振り返らず、ただ真っ直ぐにやるべきことをやろうと思う――――
 それらは全て、自分の言葉だ。
 フェイトは肩を抱いて、唇を噛みながら、絞り出すように。
「きつい――ものなんですね。自分の道を真っ直ぐに行くということは」
 決めたことがある。
 こうしよう、と自分を定義したことがある。
 夢を、理想を、信念を、自らが『こう』と決めた道を行くということ。それはつまり、他の道を切り捨てるということ。他の選択肢を潰すということ。
 それを人は――業、と呼ぶのだ。
 だが、もし仮に。
 一度も間違えずに。
 理想(みち)を踏み外さずに、駆け抜けることが出来たなら、それはどれほどの奇跡なのだろう。
 思い、フェイトは胸を抉られるような切なさに頬を濡らした。
「――――きっと、私は、何も変わらないでいて欲しいと願っていた。ずっと皆と居たいって。ずっとずっと笑い合っていたいって」
 だから――という言葉の先は形にならなかった。
 は、という連続した息が漏れた。しゃくり上げるような声が、涙と共に零れる。
 シャマルは背を向けたまま、フェイトの独白のような告白に、静かに答えた。
「変わらないものなんて無いのよ。なのはちゃんも、私も、アナタも、皆皆変わっていく。間違っても、間違えなくても、日々は変化していく。消えていった選択肢を飲み込んで、それでも皆――生きているから。
 ――だから私は行くの。変化こそが在ること≠ヨの証なら――変わるために、私は行くのよ」

 ――――はやてちゃんと出会うまで、何もかもが止まっていた『私達』だから――――

 それは紛れもなく正論だった。
 フェイトは、正論に答える術を持たない。
 いつかのエリオの言葉が脳裏に浮かび上がる。
 フェイトさん……貴女はいつも正論ばかり口にする。だから分からない。いつだって正しい貴女には――俺の事なんて、分からない……!!
 それが良いことか悪いことかと問われれば、きっと良いことだ。誰もがその正しさを肯定するだろう。
 だけど――――
 その正しさが、どうしようもなく悲しいから。
 涙が、頬から滑り落ちた。
 シャマルはそれを見つめた後、飛行魔法を展開させ、地平線の彼方、自らが望む戦場へと飛び立った。
 その直前、フェイトの方へ振り向いて。
「一つ言っておくわ。アナタは勘違いしている。『U.T.O.B』が示すのは、ブラスターモードの完成なんかじゃない。なのはちゃんが目指したものは、そんなちっぽけなものじゃないわ。
 フェイト・テスタロッサ・ハラオウン。アナタが本当に高町なのはの親友と言うのなら――――
 ――――見届けなさい。きっと全ての答えはそこにあるわ」
 そう言って、笑った。
 いつもの、優しく、明るい、シャマルの笑顔だった。
「……」
 無言で、フェイトはそれを見つめた。
 ……答え――か。
 これから何が始まって、何が終わるんだろう――と思う。
 ……きっとそれは取り返しのつかないことで、でも。
「それも、必要なことだって。自分の道を貫くことだって――なのはは言うの?」
 疑問に答える者は誰もいない。
 ただフェイトは『クラウディア』へと足を運んで。
 遠く、彼方。
 なのはとギルガメッシュの激突を、眉を下げた瞳で見つめた。

 瞬間。
 その視線に答えるように――太陽の如き、破壊の光がクレーター状に広がった。

 ――――そして。

 『クラウディア』の後部ハッチ。
 静寂のみが支配する空間で、衣擦れの動きと共に。
「なのは……」
 という、己が想う人の名を呼ぶ声が響いた。


 なのはとギルガメッシュは激突を続けていく。
 ご、となのはは加速した。鋼の翼をはためかせ、ギルガメッシュの後方へ回ろうとする。
 だが、ギルガメッシュはそれを許さない。逆になのはの後方へ回ろうと輝舟(ヴィマーナ)≠高速旋回させる。
 音速を超えたドッグファイトが繰り広げられる。
 砕き、砕き、砕いて。
 加速し、加速し、加速する。
 大気は切り裂かれ、衝撃が空間に伝導し、大地に響いた。
 速度も、弾幕の規模も、ほぼ同等だった。
 その時、ギルガメッシュが大きく旋回した。
 なのはに後方を取られないようにするための旋回だった。
 目線が交錯する。
 ギルガメッシュは笑っていた(、、、、、)
 ――来い、と。そう言っているような瞳だった。
 だから、なのはは。
 ……――――!!
「あああああぁあぁ――――!」
 行った。
 レイジングハートが無機質にその宣言を上げる。
『――加速(アクセラレータ)
 ご、と背と腰の加速翼から勢いよく魔力光が噴き出た。
 桃色の三対の翼が、天使のようになのはの背に大きく広がり、同時。
 全身が思い切り加速された。
 周囲にビットを纏いながら、ギルガメッシュに突撃を仕掛ける。
 旋回により、僅かに薄くなった弾幕を、ビットや砲撃で蹴散らしながら、なのはは突っ込んだ。
 狙うのは。
 ……零距離バインドからの近接格闘戦(マニューバ・S-S-A)――――!
 瞬間、レイジングハートが展開され、穂先から桃色の魔力光の刃が吹きだし、槍のような形に変化した。
 ギルガメッシュは完全に射撃に特化した戦闘スタイルだ。宝具を使うことは出来るが、しかし、担い手ではない。
 ならば――決定的な隙があるとすれば、そこだ。
 なのは自身も近接戦闘が得意ではない。だが、それはあくまで砲撃の方が得意というだけで、決して格闘戦が出来ない訳ではないのだ。
 むしろ己が砲撃に特化しているからこそ、そこが弱点だということも十分に理解している。
 その弱点を克服するために編み出した独自の近接戦闘軌道――――
 マニューバ・シューティング・スター・アサルト。
 レイジングハート・瞬間突撃システム(A.C.S)から、零距離砲撃へと繋げる連携だ。
 宝具の嵐の中を駆け抜ける。幾つかの宝具を殺しきれず、刃が全身を突き刺し、切り刻んでいくが、なのはは気にしない。
「あ――――!」
 血飛沫を上げながら、咆吼し、そして。
 レイジングハートの刃と、ギルガメッシュが振り下ろした大剣がぶつかり合った。
 劈く甲高い金属音が響いた。
 両者の魔力がぶつかり合い、共鳴し、弾ける。
 衝撃がクレーター状に広がり、大地を抉るように消し飛ばした。
 激震する大気の震えが、なのはとギルガメッシュを震わせる。
 その中で。
 ……ここだ!
 刃と刃が鍔競り合った瞬間、なのはは仕込んでいた魔法を発動させた。
 ――――光輪捕縛魔法(レストリクト・ロック)
 なのはが得意とする捕獲系魔法(バインド)だ。最も早く習得した捕獲系魔法であり、故に練度が高く、なのは自身も一番信用している。
 桃色の光輪がギルガメッシュの四肢を縛った。
「ぬ――――」
 大剣を振り下ろした格好のまま、硬直する。
 ぎちり、という軋みの音を、確かになのはの耳が捉えた。
「……っ!!」
 手応え。確信。好機。刹那。たった一度の。
 思考とも言えぬ思考が走り、なのはは全身に力を込めた。
 ぼ、と背翼から魔力光が更に追加される。
 桃色の六翼は横一直線に広がり、なのはの身体に加速を与えた。
 自身を何倍も上回る六翼と、先端のレイジングハート。
 文字通り、巨大な彗星(シューティング・スター)と化したなのはが、ギルガメッシュへと突っ走る。
「おぉ――――!!」
 咆吼と同時。
 穂先の刃が、ギルガメッシュの心臓(コア)を貫こうと――――

「――――天の鎖≠諱v

 瞬間、なのはの全身は黄金の鎖によって束縛された。
 現出した鎖で四肢を縛られ、動きは空間に縫い止められる。
「ずっ――――!」
 ぎちり――と。
 加速を強引に止められた反動が、なのはの全身を蹂躙し、鉄の味が口一杯に広がった。
 刹那の停滞。
 ぎちぎちと軋む両者の身体。
 俯く顔。
 そして、にやり、と吊り上がった二人の口元。
 顔が上がる。
 視線が弾けるようにかち合い、絡んだ。

 ――――瞬間。
 太陽の如き、破壊の光がクレーター状に広がった。

 零距離で宝具と砲撃が弾け、衝撃が走り、二人の身体を大きく吹き飛ばしていく。
 しかし、なおも二人は笑い合う。
 結末なんて分かりきったことだった。先ほどの衝突など前哨戦にすぎない。
 そう――近距離戦が狙い目なんていうことは、とっくに『両者』とも理解している。
 だからこそ(、、、、、)、ギルガメッシュはなのはを誘い。
 だからこそ(、、、、、)、なのははギルガメッシュに接近戦を挑んだのだ。
 二人が見ているのはこの先。
 激突し、衝突した後の隙を利用した――――

 ――――最大出力同士のぶつかり合いだ。


 そして、フェイトは見た。
 二人が激突した直後――巻き上がる爆炎と閃光の中から現れた、その姿を。
「な……っ!」
 息を、飲んだ。
 見上げるフェイトの視界には、文字通り、規模が違う光景が繰り広げられている。

 黄金の王――ギルガメッシュはなのはのバインドを力任せに引きちぎり。
 己が宝具、王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)≠――――
 ――――全面解放した。
 王の背後からは、今までと同じように剣や槍、大槌などの宝具の原型が現出する。
 しかし、その規模がまるで違った。
 輝舟(ヴィマーナ)≠中心に、波紋を広げるように宝具が展開されていく。
 そして、それは止まらない。
 『蔵』の中に存在する全ての宝具、ギルガメッシュが所持する全ての財が、惜しげもなく現出していく。
 百や千、万すら超える数多の刃が、全てたった一人の人間に向けられていた。
 圧倒的な密度だった。現出した刃同士がぶつかり合うほどの。
 ぎちぎちと刃は軋み、弾け、破片を辺りに撒き散らす。それでも刃と鋼で埋め尽くされた空間は、その濃度と規模をコンマ秒単位で広げていく。
 光、闇、炎、氷、雷、呪い――ありとあらゆる破壊の要素が螺旋のように絡み合い、されど決して混じらず、反発し、だけれども厳然と、確かに現出していく。
 ありとあらゆる神話が集束されていく。
 宝具が物質化した奇跡ならば、この一撃は人類そのもの(、、、、、、)と言えるだろう。
 衝撃が辺り一面に広がり、全ての属性による破壊が起こる。
 爆・焼・撃・壊・腐・消・削。おおよそこの世における『破壊』という現象が、一度に起こった。
 全ての要素は入り交じり、絡み合い、大地を混沌(カオス)へと堕としていく。
 ――――世界を終局へと押し流す神撃。
 その名を。

天地波涛す終局の刻(ウト・ナビシュテム)=\―――」

 対し、なのははギルガメッシュと同時、四肢に魔力を流し込み、黄金の縛鎖を砕いた。
 背の六翼は弾け飛び、燐光が散った。
 なのははレイジングハートを掲げた。紅玉が正面に回り、きらりと輝いた。
 瞬間。
 ――――頭上に、桃色の太陽が顕現した。
 辺りに散る燐光、なのはが今まで使用した魔力と、砕いたギルガメッシュの宝具の破片(まりょく)が、全てそこに集束していく。
 『U.T.O.B』により、片端から変換される魔力もそこに加わり、爆発的とも言える速度で光球が巨大さと密度を増していった。
 それを支えるのは五十を超えるブラスタービットだ。光球の周りを旋回しながら、莫大な魔力を注ぎ込んでいく。
 桃色の太陽は、文字通り、星の魔力(ひかり)を貪り喰らい、その規模を広げていった。
 魔力の集束だけで暴風が生まれ、辺り一面を吹き飛ばしていく。
 星そのものといえる巨大な魔力の塊。術者であるなのはがほとんど点にしか見えないほど、巨大な太陽がそこにあった。
 ――――全てを浄化し、何もかもを飲み込む星の光。
 その名を。

「――――星砕きの一撃(スターライト・ブレイカー)=c…!」

 薄煙が完全に掻き消えた。
 そこには。
 ありとあらゆる神話を全面解放した刃の軍勢と。
 ありとあらゆるモノを飲み込む、桃色の太陽が。
 睨み合うようにして、今か今かと激突の瞬間を待っていた。
 ぞくりと――フェイトの背筋に戦慄が走った。
 ……桁が違いすぎる……! あんなのがぶつかり合ったら――――
 距離は離れているが、既にそんなものは関係なかった。
 目視出来ている(、、、、、、、)。その時点で、もう『近い』のだ。
 結界も何も張っていない状況で、それはあまりにも危うすぎた。
 最新鋭の戦艦『クラウディア』が楽観視できないほどに。
 だから。
「クロノ……!」
『分かってる! 一度離脱するから、フェイト、君も戻るんだ!』
 周りには既に黒い影≠ヘ見あたらない。ほとんどの影≠ヘ首都の方に行ったようだった。
 ……とりあえず襲撃の危険はない、か。逃げ遅れた人の収容も済んだみたいだし……あとは、なのはとはやて達だけ――か。
 フェイトは急ぎ発進する『クラウディア』の後部ハッチへと乗り込む。
 ハッチから艦橋の方へと行こうとするが、しかし。
「……?」
 その動きは疑問と共に止まった。
 床に添えられている毛布。そこに在るはずの膨らみがなかった。
 ……!
 疑問は弾け、一つの答えを導き出した。
「まさか――ユーノ……っ!!」
 振り向き、戻ろうとした直後。

 ――――天地波涛す終局の刻(ウト・ナビシュテム)≠ニ星砕きの一撃(スターライト・ブレイカー)≠ェ激突した。


 世界が、墜ちた。

 何もかもが消し飛んでいき、何もかもが光の彼方へと墜ちていく。
 王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)≠ゥら全面解放された宝具達は、桃色の太陽に飲み込まれていき、そして、逆に喰らっていく。
 せめぎ合う宝具と太陽は、その断面から新たな破壊の光を広げる。
 刃も、鋼も、魔力も、燐光も、瓦礫も、大地も、大気も、全てが白の光の中に墜ちていく。
 光は、なのはとギルガメッシュを飲み込みながら、惑星の表面をえぐり取るように広がっていく。
 なのはのバリアジャケットが、周りのブラスタービットごと砕けていく。
 破片は全て光の中に飲み込まれ、元の魔力素へと還元されていく。
 す、となのはの手から杖が滑り落ちた。レイジングハートは崩れるように砕け、黄金色の破片は光の中に消えていった。
 なのはの目が見開かれ――溶けるように光の中へ沈んでいく。
 ――――その光景をギルガメッシュは見ていた。
 輝舟(ヴィマーナ)≠ェ根こそぎ吹き飛ぶ。
 破壊はそれで止まらず、剥き出しとなった上半身は軋み、残った四肢の甲冑が吹き飛んでいく。
 だが、その右手には――確かに力が込められており。
 掌には。
「よくやったと褒めてやろう。だが、ここまでだ、英雄気取り(まがいもの)。――あと一手、我に届かなかったな」
 ギルガメッシュが最大の宝具、天地創造の究極の一。
 ――――乖離剣(エア)≠ェ、確かに握られていた。
 衝撃によって、自らの身体が後方へと吹き飛ばされる、その直前に。
「終幕だ。起きろ、エア」
 ギルガメッシュは、その『剣』を起動させた。

 瞬間。
 周囲をくり抜くように、光が乖離剣(エア)≠ヨと集束した。

 轟、と光が風のように渦巻いた。
 衝撃も、熱量も、魔力も、何もかもを自らのエネルギーとして喰らうように、三つの円柱の狭間に吸い込まれていく。
 い、という音が連続する。
 天と地が擦れ合い、軋む音だ。
 ――――ここに。かつて天と地を切り裂いた、人類が知り得るはずのない乖離剣の真の姿が解放される。
 回転する。
 廻転する。
 乖離剣(エア)≠フ剣身、三つの円柱が爆発的に加速し、狂ったように回転数を増す。
 その吸い込みは、星そのものすら激震させるほどだった。
 擬似的な断層が幾重にも発生し、ギルガメッシュの周辺に斬撃の痕を残す。――だが、そんなのは所詮、乖離剣(エア)≠ノとって児戯にすぎない。
 この剣は、世界を切り裂いた剣(、、、、、、、、、)なのだ。
 次元すらも超越し、時空すら裁断する神の刃。
 以前、なのはと初めて戦ったときに振るった、戦艦三隻を堕とした一撃。それを易々と超えるほどの鳴動が、乖離剣(エア)≠ゥら発せられている。
 あれは『全力』ではあっても――『全開』ではなかったのだ。
 天地波涛す終局の刻(ウト・ナビシュテム)≠ニ星砕きの一撃(スターライト・ブレイカー)≠フ激突により、周囲にはエネルギーというエネルギーが充ち満ちていた。
 それらが乖離剣(エア)≠ヨと集束していく。
 天地開闢の力。それを発揮するために必要な尋常ならざるエネルギーが――今此処にあるのだ。
 瞬間、黒い光(、、、)が、乖離剣(エア)≠フ円柱の狭間から吹き出した。
 吸い込まれる白い光と、吹き出す黒い光が絡み合い、二重螺旋となり、刀身を包み込む。
 ギルガメッシュは、それを構えた。乖離剣(エア)≠持つ右の手を引き、左半身を前に持っていく。
 刹那、ぱん――と、白い光が渦巻き、弾けた。
 僅かにギルガメッシュは眉を下げた。
 吹きすさぶ轟風と共に解放される光の断片が見えると同時。
 ――――ばさり、と巨大な羽音が確かに聞こえた。
「貴様……!」
 弾けた光が割れ、燐光が辺りに散り、暴風が狂ったように泣き叫ぶ中。

 現れたなのはの背後に――巨大な、『鳥』の姿があった。

 バリアジャケットは切り裂かれ、身体は血で汚れていた。ブラスタービットは全て砕け、背翼も腰翼も大きく破損している。何より、相棒たる黄金の杖が、その手に無い。
 それでも悠然となのはは、しっかりと二本の足で大地を踏みしめ。
 頭上、包み込むように、桃色の鳥(、、、、)が大きく羽ばたいた。
 その額部分には、紅玉――レイジングハートの本体(コア)が一体化していた。
 鳥は、魔力そのものだった。存在を主張するように、じじ、と羽毛のように燐光が散る。その周辺が、あまりの魔力の濃度により歪んでいた。
 
 それは究極の魔法。
 それは究極の砲撃。
 それは叫び。
 それは祈り。
 それは願い。
 それは光。
 それは声。
 それは――――

 タカマチナノハが到達した、始まりであり、究極の一。
 ――――『原初の炎(プロメテウス)』がここに顕現した。

 ギルガメッシュの右手がみしりと軋んだ。
 全てが一つの線となって、頭の中を駆け抜ける。
 く、と思わず、口元が吊り上がった。
「そうか、貴様――今までのは全て、それを繰り出すための布石という訳か!」
 だが、
「侮るなよ、英雄気取り(まがいもの)。天地開闢の力、貴様程度に打ち破れるものか!」
 右手を引く。乖離剣(エア)≠思い切り振りかぶり。

天地乖離す開闢の星(エヌマ・エリシュ)=\―――!!」

 瞬間、世界を天と地に切り分けた一撃が具現した。
 なのはは、右手を掲げ、一瞬瞑目し。
 口を開け。
 その魔法の名を歌うように――――



 夥しいほどの宝具の群れに、限界まで膨れあがった星砕きの一撃(スターライト・ブレイカー)≠叩き込んだ。

 全ての視界が真っ白に染まった。
 衝撃と熱が私の身体を舐め尽くす。
 痛みが全身に走るが、直ぐさま術式を走らせ、すぐに無効化する。
 だけど。
「ずっ――――!!」
 それでも収まらない――ずぐん、という軋みが、私の身体の内から響いた。
 体は意志と反して、大きく揺れ、逆流した血が口から溢れ出た。
 それが一体何を意味しているのか、脳裏に浮かび上がるが、私はすぐに否定する
 ここで倒れてしまったら。
 私は、今まで何のために――足掻いてきたのか、分からなくなってしまう。
 だけど、そんな私の思いとは裏腹に、軋みの増大は止まることなく続いていく。
 『U.T.O.B』による魔力の無限供給。領域≠ヨの長時間接続。限界を超えた魔法の連続行使。ブラスター4th<a[ド。
 反動は秒を刻むごとに増大し、私の体を浸食する。
 筋繊維の千切れる音がする。
 骨の崩れる音がする。
 内臓の砕ける音がする。

 ――――魔法の源(リンカーコア)の削れていく音が――――

 瞬間、衝撃が走り、私の意識はブラックアウトした。

* * *


 ――――ここに告白すると。
 別に私は、魔法使いに成りたかった訳じゃない――――

 何も出来ない自分が、唯一誰かを助けることが出来る術。
 それが魔導師という道だっただけだ。
 たまたま物事が全て上手くハマっただけで――私は心底、魔導師になりたいと思った訳じゃない。
 縋り付けるモノがあったから、縋り付いただけ。
 誰かに褒められて、誰かを救うことが出来るから。
 魔導師の私は、よい子≠ナいられるから。
 取り返しのつかないことをしてしまった私が出来る、唯一の罪滅ぼしが――魔法だっただけだ。
 魔法である必要性なんかどこにも無い。
 英雄なんて自分でも笑ってしまう。
 自我を保てる術が魔法だったから、そこに縋り付いただけ。
 ――――英雄気取り(まがいもの)という言葉はどこまでも真実だ。
 だって、私には『本物』なんて、どこにもないのだから。
 どんな綺麗事を言おうが、戦う理由も、戦ってきた理由も、結局は全て紛い物だ。
 それを正しいことだと足掻きに足掻いてきたけど――――
 ……やっぱり限界なのかな……。偽物しかない私じゃ、これ以上進めないのかな。
 諦めの想いが沸き上がり、どうしようもないほど無力感が全身を埋め尽くす。
 私には結局、自分がない(、、、、、)。何がしたい、というのも全て罪の意識だ。主体性なんかなくて、ただ自動的なだけ。
 それじゃ、駄目だ。駄目なんだよ……。

 ――――それじゃ本当の魔法(、、、、、)は使えない。

 『U.T.O.B』も、ブラスター4th<a[ドも、全て、そのために用意した。
 失われた、かつての姿。原初の一。始まりの理論。
 『原初の火(プロメテウス)』。それを再現するためだけに、私は今まで――――
 足掻いて、藻掻いて、やっとの想いでここまで来たけれど。
 けど……結局、全ては無駄だった。
 必要な、最後のピースが――見つからない。
 本物など一つもなく。
 ずっと偽物を押し通してきた生き方のツケが――これだ。
 いつか見つかると信じて、此処まで来たけど、でも、最後の最後まで何も見つからなかった。

 貫き通した信念も無ければ。
 押し通してきた自我も無い。
 ――――故に。
 偽物だらけのタカマチナノハは、目を覚ますことなく此処で終わるだろう。
 何を為すこともなく。
 何を残すこともなく。
 文字通り、偽物として――――

 ぱたぱたと時間が逆行していく。
 断片的に見える映像は、まるでスライドショーで。
 現在から過去へと遡っていくと同時、どんどん辺りが暗くなっていく。
 ……酷く眠い。
 目蓋は重くて、今にも眠ってしまいそうだ。
 生まれる前の無へと戻るように、映像は瞬く間に時間を逆行する。
 ……ああ、懐かしいなぁ。
 見える光景は幼い頃の自分だった。
 そこには出会ったばかりのフェイトちゃんやはやてちゃんが映っている。
 あの頃の自分はどうだっただろう、と想う。
 自分のやっていることは正しいと、疑いもせずに、そう想っていて。
 ただ純粋に――我武者羅に足掻いていた。
 ……それは所詮、紛い物に過ぎないと、そんな自覚もないままに――――
 だからこその結末ならば、きっと私の人生はやはり間違っていたのだろう。
 間違いにはしたくないと足掻き、それだけは裏切りたくないと叫んできたけど。
 ――――こうやって何も出来ないまま、終わるなら。
 私の人生には、結局、意味なんて一つもなかったのだろう――――
 所詮、紛い物では本物にはなれなかった。
 ああ、そうだ。

 我が儘で、醜い自分が嫌で、だから、よい子(えいゆう)でいようと足掻いたけど。
 結局、そんな自分も嫌いで。
 見ない振りをして、ずっとずっと生きてきて。
 嫌いでも、間違いにはしたくなくて。
 自分を本物だと言ってくれる人達に、胸を張っていたくて。
 だから。
 ……私は、きっと、本物になりたかった。

 ――――私は私を、好きになりたかったんだ。

 でも、駄目だった。
 駄目だったんだよ、ユーノ君……!
 私は何がしたかったのだろう。何がしたくて、ずっと生きてきたのだろう。何のために、アナタと出会って――魔導師になったのだろう。
 その答えが欲しかった。その証明が欲しかった。
 けど――結局、この手は何処にも届かなかった。
 答えは得られず、ギルガメッシュには勝てず、そして何もかもが終わってしまうだろう。
 ……っ!!
 諦めたくなくて、手を伸ばした。
 それでも、やっぱり手の先にあるのは、暗闇だ。
 暗闇と――過去の自分の幻影だ。
 それが今の自分だった。未来を見ず、過去を肯定し続けていく、出来損ない(まがいもの)=B
 過去に手を伸ばし続けても、所詮、掴めるのは暗闇だけ。
 私は――何だったの? 私は何のために魔法少女になって、魔導師を続けたの?
 誰かを救おうなんて立派なことなんて考えてなかった。あったのは、ただ自分が助かりたかっただけ。ただそれだけだ。
 笑わせる。
 そもそも私が手にした魔法なんて、そんな大層な代物でもない。
 単なる力で、一種の兵器。非殺傷などと謳っても、所詮、誰かを傷つける力にしか過ぎない。
 力は力、善悪を決めるのは人だと言われても――結局、その言葉も理想論にしか過ぎない。
 私の砲撃(まほう)で、何かを壊すことが出来ても、誰かを癒す事は出来ないのだから。
 欲しかったのは。
 私が欲しかったのは――――

 ――――きっと、誰もが悲しまず、幸せになれる、そんな魔法(ちから)
 それは例えば、漫画に出てくるような――――

 昔、子供の時に思い描いていた魔法の姿なんて、どこにもなく。
 ただ掌にあるのは、誰かを傷つける力だけだった。
 見た目が綺麗なだけの偽物だ。
 心も偽物で、力も偽物なら――――私の本物≠ヘどこにある。
 私は、それが欲しくて、今まで――――
 目蓋が落ちる。
 自我が落ちて、溶けていく。

 わたしが わたしで なくなっていく。

 逆行していく記憶が段々曖昧に。シーンは断片で、それすらも砕けていく。
 ガラスのように砕けた思い出の中、私は深層へと沈んでいく。
 何もかもが希薄になっていき、感覚すらも漂白されていく。
 手を伸ばした先に思い出が次々と映り、そして砕ける。
 やがて行き着くのは無≠セ。
 何もかもが消え去り、私という存在は無くなるだろう。
 紛い物のまま――何も(ほんもの)を残せないまま、私は死――――

 ――――嫌だ。

 嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ――――!
 手を伸ばす。
 必死になって手を伸ばす。
 その先に虚空しかないとしても手を伸ばす。
 それしか出来ないから。
 そうやって今まで足掻いてきたのだから。
 何も出来ないとしても。
 何も掴めないとしても。
 それでも、手を伸ばすことだけは諦めない。
 そうやって私は、今まで生きてきたのだから。
 足掻いて、足掻いて。
 全力全開で駆け抜けてきた私だから――最後の最後まで諦めたくない。
 そうだ。
 私は。
 こんな所で。
 偽物のまま、死んでしまうなんて、そんなの許せるはずがない――――!

 瞬間、ばきんと手を伸ばした先の空間が割れた。

 そこには。
 目も眩むような。
 蒼が(、、)
 青い(、、)
 青い空が(、、、、)――――

* * *


 ――――ばさり、と巨大な羽音が確かに聞こえた。
「……そう。そうだったね、ユーノ君。私にも、確かに――本物≠ェあったんだ」
 は、と笑い声が漏れる。
 どこまで遠回りしていたんだろう、と自嘲した。
 私はいつだってそうだった。遠回りで、遠回しで――――なんて無様で不器用なんだろう。
 本物は、いつだって、此処にあったのに(、、、、、、、、)
 そう、私は。
 私は、魔法使いに成りたかった訳じゃない。
 誰かを救いたかった訳じゃない。
 私は。
 私は、ただ。

 ――――ただ、空を飛びたかっただけ(、、、、、、、、、、)なのだから。
 透き通るような、青い空の中を、いつまでも――――

 私が今まで魔導師を続けてきたのは、何てことはない。
 ただ、それだけの話。
 それだけの、話だった。
 本当にくだらなくて、ちっぽけで、けれど大切な。
 たった一つの生存証明(ほんもの)――――!
 顔を上げる。
 視界には白光の砕片と、歪な剣を振りかぶった黄金の王がいる。
 痛覚が全身を支配している。先ほどの激突で、起動させていた魔法式は全て吹き飛んだようだ。
 体の中はもうグズグズ。筋繊維や骨、内臓の破損を、強引に魔力で補強した反動だ。
 バリアジャケットはズタボロで、ブラスタービットは全機、粉々に砕けている。辛うじて腰のハードポイントから伸びる加速器が左右に一基ずつ生きている程度だ。
 だけど、不思議と負ける気はしない。
 何故なら。
 見上げる、そこに。
 私を包み込むようにして羽ばたく――――
 ――――『鳥』が、確かにいるのだから。
 ああ。
 これが。
 これこそが――私だ(、、)
 私の魔法だ(、、、、、)
 本当の魔法だ(、、、、、、)
 ようやく、ようやく辿り着いた。
 呪文も、詠唱も要らない。
 遥か昔。先史時代の更に昔。旧時代、かつてまだ世界が一つだった頃の魔法の姿。
 プログラムなんかじゃない。テクノロジーなんかじゃない。
 理論『原初の火(プロメテウス)』が示す――全ての魔法の原型(、、、、、、、、)

 人の想いを奇跡に変える、祈願成就型≠フ魔法――――

 それこそがレイジングハートの本当の機能。
 旧時代に作られた原初遺産(オリジン)≠利用した神造兵器(ロギアドライブ)=Aその真なる姿だ。
 ギルガメッシュが叫ぶ。
「そうか、貴様――今までのは全て、それを繰り出すための布石という訳か!」
 私は、にやり、と笑った。
 そうだ。アナタの言うとおりだ。
 『U.T.O.B』も、ブラスター・4th<a[ドも、全てはこのために。
 偽物だった私が、本物になれる、この時のためだけに――――!
 す、と右腕を掲げる。
 桃色の魔力で構成された『鳥』の額にある、紅玉――レイジングハートのコアが一際輝いた。
 この『鳥』はレイジングハートであり、同時に私でもあった。
 ギルガメッシュが叫び、大きく右腕を振りかぶった。
「侮るなよ、英雄気取り(まがいもの)。天地開闢の力、貴様程度に打ち破れるものか!」
 乖離剣に集まっていく魔力は圧倒的で、そこから放たれる黒と白の螺旋は、暴風のように吹き荒れている。
 一目で分かる。
 アレは星砕きの一撃(スターライト・ブレイカー)≠ヘおろか、『クラウディア』のアルカンシェルすら凌駕しているだろう。
 ただそこに在るだけで、擬似的な断層が発生しているような状態だ。
 振るわれたが最後。文字通り、この世界は真っ二つに二分されるだろう。
 だけど。
「……負けない」
 明確に口にし、想う。
 それは直接、力となる。
 言葉が、想いが、凝縮し、力となって明示される。
 世界が裏返る。内と外が直結し、万象は空想により描かれる。
 ――――だから、想う。
 ただひたすらに。
 今までそうやって――高町なのはは生きてきたのだから。
 そうだ。
 ――行け、と。
 それこそが、高町なのはという存在(たましい)の在り方ならば――――
私のお願いを、どうか叶えて下さい(リリカル・マジカル)=I」
 叫んだと同時。
 黄金の王は、その右腕から、天地創造の一撃を解放した。

天地乖離す開闢の星(エヌマ・エリシュ)=\―――!!」

 ――さぁ、歌おう。
 返すために。
 報いるために。
 終わらせて、何もかもを始めるために。

 終わりという、始まりの唄を。

「――――羽ばたいた鳥の唄(ブレイブ・フェニックス)=\―――」

 私は、口ずさむように呟いた。


 轟、と次元圧縮された乖離剣の刃≠ェ、黒と白の風と共に、時空を切り裂く。
 切断面は一直線に、疑似断層を纏い、なのはに向かって突っ走った。
 ――そこに、なのはは自らそのものと言える『鳥』を、迷うことなくぶち込んだ。

 激突した、瞬間。

 世界から、音が、消えた。

 全てがモノクロになっていく。激突面から弾けるエネルギーが、次元の壁をぶち抜き、時空軸すら歪ませる。
 びきり、という大きく軋む音が連続した。
 黒い亀裂(、、、、)が激突点から走り、稲妻のように辺りに散る。
 黒白の風が暴れ狂い、大地を剥がし落としていく。
 その中心点で――ギルガメッシュとなのはが鬩ぎ合う。
 世界そのものを切断する天地乖離の一撃が、大気を螺旋(ねじ)切っている。その中央に、なのはは『鳥』を強引に突っ込ませていた。
 天地乖離す開闢の星(エヌマ・エリシュ)≠ノ食い込むように、『鳥』は少しずつ前進していく。
 だが。
「……っ!」
 それも一瞬、『鳥』は圧倒的なまで魔力の波――擬似断層を纏う風に、その身を削られていく。
 押される。
 なのはは、後ろから、その光景を視界に収めていた。
 『鳥』の直進に連動するように、突きだした右腕が、びきびきと音を立てる。
 全身が軋む。ボロボロなバリアジャケットと翼が、砕け落ちていく。
 それでも、なのはは想う。
「――――行け」
 同時、『鳥』の額の紅玉が輝いた。
 一声大きく鳴くように、体を戦慄かせると、翼が更に巨大化し、抉るように天地乖離す開闢の星(エヌマ・エリシュ)≠突進する。
 砕きと再生を繰り返しながら、『鳥』と乖離剣は拮抗していた。
 振り抜けない(、、、、、、)
 その事実が、ギルガメッシュに愉悦を与えた。
「――面白い。さぁ、貴様はどこまでついこれるか……!」
 言って、乖離剣の柄に、右手だけでなく左手も添えて。
 半神の体故の、膨大な数の魔力回路を、同時、一斉に励起させた。
 全身に魔力回路を示す、神経のような亀裂が皮膚(ぜんしん)に浮かび上がり。
 ――乖離剣に、己が魔力、その全てを叩き込んだ。
 瞬間――『鳥』に対し、更に圧が来た。
 文字通り、何もかもを滅する、そんな圧が威力と共に突っ走る。
 空間を歪みながら、軋みを上げ。
 それでも、なのはは諦めないとばかりに、右腕を突き出し続け。
 結果として。
「――――」
 なのはの視界が一面、(ぜつぼう)に染まった。


 削られる。
 削られる。
 あまりの風の勢いに、全身の肉という肉が削られる。
 叩き付けられるソレは、鋼のように、『鳥』を圧し潰していく。
「……っ!」
 その感覚に――――なのはは奥歯を噛み締めることで耐える。
 今や、『鳥』はなのは自身なのだ。
 五感全てはレイジングハートを通し、『鳥』と一体化している。
 そう。
 『鳥』は、なのは自身の想念(おもい)を具現したモノ。
 内から外へ引っ張り出した――――なのは自身(、、、、、)だ。
 ――――イメージが現実を浸食するというのならば、現実がイメージに侵略するのも、また道理だ。
 つまり――『鳥』が傷つけば、なのはも傷つく。
 逆流した感覚(イメージ)は、肉体と脳髄を侵し、焼く。
 今、『鳥』――なのはは暴虐の風の中に佇んでいる。
 世界すら二分する風が、イメージを通し、なのはの体を叩きのめす。
 強烈なイメージは現実となり、なのはの体に顕現した。
「あ、――――は」
 眼球が潰れる。
 血液が逆流する。
 突きだした五指の骨は、音を立てて砕けていく。
 精神が漂白されていく。
 逆流していく想念が、なのはの目蓋を焼く。
 真っ白に。
 足掻きも、信念も、抵抗も、全て真っ白に溶けていく。
 崩れていく。
 体も意識も、ただ無感動に崩れていく。
 どうして自分はここにいるのか。
 どうしてこんなことになっているのか。
 何もかもが消えて、全てが空白の彼方へ落ちていく。
 意識が、体が、光の中に溶けていく――――
 負ける。
 負けて、死ぬ。
 ああ、でも、それも当たり前かも知れない――と、なのはは思った。
 相手は天地創造を支えた一撃。半神の、文字通り、英雄達の頂点にいる王の、全力全開の一撃だ。
 対し、自分のなんてちっぽけなことだろう。
 ハリボテの英雄。与えられたモノにしがみつくだけの愚かな自分。
 矮小で、醜い、ちっぽけな人間に過ぎない。
 勝てるはずがない。
 例え、旧時代の――全ての魔法の原型を再現した所で、結局それを支えているのは自らの想念に過ぎない。
 乖離剣。天と地を二分したという神撃の前では――――あまりにも小さすぎる。
 ――――この世には、何をしようが抗えないモノは存在する。
 人はそれを神と、運命と呼ぶのだ。
 目の前に展開されているのは、『ソレ』に間違いなく、だからこその現状だった。
 そんなこと、とうになのはは理解している。
 だけど。
 どうしてこの足は、進むことを諦めないのか――――!
「ああぁぁああああああああああああああああああ――――――――――――――――――――!!」
 咆吼を上げ、なのはは軋む右腕を突き出し続ける。
 ――――ただ、その先にある何かに手を伸ばす。
 想いは、そのまま力となる。
 『鳥』は砕かれそうになっても、しかし、確かに前進を続ける。
 瞬間、ばしん――と、大事な何かが頭の中で弾ける音がした。
 剥落していく。
 ぼろぼろと、大切なモノが、片端から零れていく。
 削れていく。タカマチナノハという存在そのものが、剥がれ、削れていく。
 それでも、手を伸ばすことは止めない。
 ――――先へ。
 今までずっとやってきたように、我武者羅に手を伸ばす。
 ――――ただ先へ。
 思う。
 ――――光の向こう側へ。
 偽物だらけの自分が持っていた――唯一の本物を。
 ――――光を超えて、その先へ。
 想う。

 ――――ああ、そうだ。
 飛ぶことが好きだった。
 それだけだった。
 幼い頃、描いてきた魔法(ユメ)
 手にした力は、そんな綺麗なものじゃなかったけれど――――
 けれども、確かに、それだけは、夢のままだった。
 だからこそ――私は魔導師を続けると決意したのではなかっただろうか。
 理由なんて、きっとそれだけだ。
 見た目が綺麗な理由も、醜い理由も、全ては後付けだ。
 最初にあったのは。
 あったのは――――

 ――――ユーノ君と一緒に飛んだ、あの青空だけなのだと。

 此処に来て、私は漸く理解した。
 だから。

「行け……」

 手を伸ばす。
 我武者羅に手を伸ばす。
 諦めず、ただひたすらに手を伸ばす。
 全力全開で空を駆け抜けるために。
 それが私だから(、、、、、、、)
 それこそが――――高町なのはという在り方そのものだから。

「行け……!」

 だから、飛んで。
 私の鳥。勇気の鳥よ。
 私の代わりに(、、、、、、)、思いを果たせ。

 もうすぐ私は飛べなくなっちゃうから――――

 ――――だから。

 この光を超えて、あの青空の果てへ――――

「行っけぇぇえええええええええええええ――――――――――――――――――――!!」

 なのはが叫び、五指を握りしめた瞬間。
 天地乖離す開闢の星(エヌマ・エリシュ)≠『鳥』がぶち抜き。
 ――爆縮した。
 両者の魔力は混ざり合うように、収縮する。
 何もかもを飲み込むように、全ての衝撃が一点に収斂し、そして。
 弾けた。
 桃色の光が直上、大きな柱となって、広がり行く黒い影≠イと雲をぶち抜いた。
 破壊という破壊は起きなかった。
 ただあるのは風と、柱と――――羽毛のように散る桃色の燐光。
 そして。

 馬鹿みたいに澄み渡った青空が――――


 ギルガメッシュは全身に戦きが走るのを止められなかった。
 ……天地乖離す開闢の星(エヌマ・エリシュ)≠フ全開出力を――相殺した(、、、、)というのか!?
 有り得ない、と思う。
 今の一撃は天と地を両断したという神話の、嘘偽りない具現だ。
 神代。世界の始まりの時に満ちていた時のような魔力を必要とした一撃なのだ。
 それが――――
 ……一介の小娘に破られるだと……!
 王の振るう、神の一撃が――単なる人に破られる。
 その在ってはならない事実に。
「――――は、はははははは。はははははははっ!」
 笑った。
 ギルガメッシュの腹に怒りが湧き、そしてそれ以上に歓喜と愉悦が来た。
 抑えきれない、といった風に笑みが零れた。
英雄もどき(まがいもの)風情が――――世界の救世主(メシア)だとでも言うのか! くくくく、全く、茶番だ。茶番だが――――」
 故に。
「――――面白かったぞ。これほど楽しめたのは久しぶりだ。褒美として、縊り殺すのは止めておいてやる」
 言って、ぱちんと指を鳴らし。
 周囲に、魔力回復の宝具(、、、、、、、)を展開させた。
 そして。
 振り切った右腕の乖離剣に――再度、魔力を叩き込んだ。
 限界出力には遠い――だが、戦艦三隻くらいは優に落とせるほどの魔力が、乖離剣に注ぎ込まれていく。
「そう――我が直々、苦しむことなく、逝かせてやろう」
 燐光と、白煙が辺りに散る中、ギルガメッシュは言い放った。
 思い浮かべるのは、天地乖離す開闢の星(エヌマ・エリシュ)≠ェ相殺された瞬間の、なのはの姿だ。
 全身はズタズタで、そして一切、それが治る予兆は感じられなかった。
 それが何を意味しているのか、分からない英雄王ではない。
 ……魔力切れか、それとも体がついてこれなくなったか。
 どちらにせよ――もう、なのはに戦闘する手段はない。
 魔導師の象徴たる杖は砕け、魔力は空っぽ。仮に魔力は『U.T.O.B』で補填したとしても、体がそれについてこられない。
 対し、ギルガメッシュは戦闘用宝具はほとんど吐き出したとはいえ、今だ乖離剣は残っており、治癒宝具は山のように存在している。
 ……まぁ、先ほどの様子を見るに、我が手を下すまでもなく――死んでいるかもしれんがな。
 苦笑する。
 燐光と白煙の向こう。その姿を確かめるように、ギルガメッシュは目を凝らした。

 瞬間。
 飛び込むようにして、高町なのはが一直線に突っ込んできた。

「おお、おぁあああああああああああ――――!」
 全身から朱の線をたなびかせながら――滑るようになのはは突っ走る。
 辛うじて残っている、腰のハードポイントに接続されている加速器から、残っていた魔力が噴き出ている。
 大気を割くように、なのははその身を加速させる。ボロボロとバリアジャケットが、勢いと共に剥落していく。
 絞り滓のような体。
 だが。
 その手には。
 砕けた右手の反対側、左の掌に。
 びきびきと。
 軋み、だが、それでも火花のように魔力を散らす、

 罅だらけのリンカーコア(、、、、、、)が――――

「貴様ぁあああああああああああああああ!!」
 気づき、ギルガメッシュは乖離剣を振り下ろす。
 だが、その振り下ろしより先に。

「これが、私の――――」

 ――――最後の(、、、)

「全力全開――――!!」

 なのはは己がリンカーコアを、ギルガメッシュの心臓(コア)に思い切りぶち込んだ。
「が――――!」
 ごぼり、と血反吐が口から零れた。
 なのはのリンカーコアから、暴れ狂うような魔力が放出される。ギルガメッシュの全身を、内側からズタズタに引き裂いていく。
 ミキサーのように内側から裁断され、四肢から力が消え去った。
 それと共に、乖離剣から魔力が解き放たれる。
 制御を無くした暴風は荒れ狂い、だが、威力を持つことなく、辺りに四散していった。
 ――――決着だ。


 ひゅう、と戦いの残り香のような風が吹いた。
 辺りはただ静寂に満ちている。
 あるのは瓦礫すらも存在しない、真っさらな破壊の痕跡と。
 黒い雲をぶち抜くようにある、真っ青な空だけだ。
 陽光に晒され、二人は激突の瞬間の姿勢のまま立っていた。
 なのはの左掌が、ギルガメッシュの心臓付近に添えられている、そんな格好だ。
 静寂を打ち破ったのは――ギルガメッシュの。
 ――は、という笑い声だった。
「なるほど、そうか。そうだったな……。王は神をも殺す。だが、王を殺すのは、何時の世も――ただの人、だったな」
「アナタは人間を舐めすぎた。最初から全力全開で戦っていれば――きっと誰も敵わない。誰も届かない、高みにまで飛べただろうに――。
 ……アナタは私に負けたんじゃない。見下し、蔑む――その傲慢と油断。
 ――――アナタは自分自身に負けたんだ」
 なのはが囁くように、弱い声で応えた。
 瞬間――ギルガメッシュは、耐えきれない、とばかりに、く、と喉を連続して鳴らし、笑った。
「馬鹿なことを言う。だからお前は何時までも英雄気取り(まがいもの)なのだ。良いか、よく聞け。
 ……王とはソレ(、、)だ。ソレ(、、)があるからこそ、王は王たり得るのだ」
 王は人を導く者。全ての臣民の羨望を束ね、その道標として立つ者。
 ――――故に王は示さなければならないのだ。
 力と、権力を。
 その在り方を一歩間違えれば、付け込まれ、破滅する。
 滅びるのが自分自身だけならば良い。
 だが――違う。王が背負っているのは、国そのものの命運だ。
 王が滅びるということは、つまり、国――そこに生きる民も滅び去ることを意味している。
「我は英雄王だ。古代メソポタミア、ウルクの王だ。その(オレ)が――どうして、貴様ら雑種と対等であらねばならない。それは全ての英霊の魂、我が臣民に対しての侮辱だ。――傲慢無くして、油断せずして、何が王か」
「……!」
 ギルガメッシュの言葉に、その在り方の重さに、なのはは目を見開いた。
 王は人の心が分からない。
 ――――それは王が人ではないからだ。
 圧倒的な隔絶。それでなお、超然とした自我の強さ。
 既に国はなく、栄華を誇ったのは遥か昔だとしても。
 サーヴァントという、単なる聖杯の奴隷と化しても。
 その在り方だけは――決して曲げない。
 例え、それが原因で、自らが滅びることになっても――――
 英雄王――その魂の重さを、なのはは理解した。
 同時、胸が締め付けられるほどの切なさが来て。
「……でも、それじゃあ」
 ――頬に一筋、涙が零れた。
 瞬間、ギルガメッシュの体が、足下から消えていく。
 崩れるように、光の粒子となり、大気へ散っていく。
 なのはは、俯いたまま、独白のように呟く。

「――――アナタは、ずっと一人きりじゃない……!!」

 王は人の心が分からない。
 それは王が誰よりも――――孤独(ひとり)だからだ。
 孤高ではなく、孤独。道標として立つならば、自分の横にも前にも誰も立たせてはならない。
 ただ後ろに率い、導く者を王と呼ぶのだから。
 そして――それを理解してただろう、親友も、臣下も、民も、もういない。
 国はとうに滅亡しており、世界すら、その有り様を変えている。
 ギルガメッシュは、今まで自分が支配しても良い世界は一つもなかったと言った。それでも征服活動こそが、己が戦う理由だと、そう語った。
 なのはにはそれが――まるで、失った自分の国の代替え品を探しているように思えてならなかった。
 もうそんなものは何処にもないというのに――――
「……馬鹿め。孤独とは――王の別名だ。それこそが我の存在意義ならば。
 ――――是非もない」
 自らの在り方をそう示し、ギルガメッシュは、ただ、口の端に笑みを零した。
 散っていく体。
 少しずつ虚ろに落ちていく意識。
 微睡むように、目蓋を閉じた――瞬間。

 ……そう言えば、同じように涙を流した馬鹿者が――昔、もう一人だけ居たな。

 ――は、という苦笑を残し、ギルガメッシュは消滅した。
 なのははそれを見届けて。
「――――終わったよ……ユーノ君」
 静かに、呟いた。
 瞬間、びしり――という亀裂音が、頭の中から響き。
 口が僅かに動いて――――
 微笑み――しかし、人形のように倒れ伏した。
 後に残ったのは、抜けるような、青空だけだった。
 遠く、彼方――世界を浸食するため、黒い影≠ェ波濤のように押し寄せてきた。
 なのはの呟きは大気に溶けるように消えた。
 残る響きが、ただ青空の下に散る。

 ――――ごめんね(、、、、)


 破壊の痕跡。
 全て吹き飛んだ、クレーターと更地が広がる大地の上。
 再び黒く染まっていく空の下――ユーノは飛行していた。
 なのはとギルガメッシュの戦闘――その余波を受け、ユーノの体はボロボロだった。
 なのはを追い、外へ飛び出したはいいが、余波とはいえ、あまりの戦闘規模に、ただ耐えることしかできなかった。
 結界魔法や防御魔法を使い、己を守り――ひたすらにチャンスを待った。
 故に――遅かったかも知れない、という焦燥が、ユーノの頭脳を焼く。
「なのは――どこだ……」
 辺りを見渡すが、目的の人は見つからない。
 通信は繋がらず、また魔力反応も感じられない。
 ただ眼下にあるのは圧倒的な破壊の痕と。
 ――――それを埋め尽くすように、広がっていく黒い影≠セ。
 既に青空は再び黒く染まり、大地も泥のような黒い影≠ノ喰われていく。
 世界が終わる、終末の光景が、そこにあった。
 その前に。
 ……早く、なのはを見つけないと……!
「君は言ったじゃないか。――僕の元へ、帰ってくるって」
 例え――それが嘘だとしても。
「……だとしても、僕は、君を信じる。都合の良いことだと思うけど――――」
 けれど、それしか出来ないから。
 思い、ぎしり、と拳を震わせた。
 ああ、なんて無力な自分なのだろうと。
 あまりの悔しさに涙が零れ、宙に舞った――瞬間。
 視線の先、黒い影≠ェ浸食しようとする、その間際。
 ――――きらり、と紅い煌めきが、一際大きく輝いた。
「あれは――――!」
 ご、とユーノは加速した。
 煌めきは二度、三度瞬くと、すぐに力を無くしたように消滅する。
 そこに――泥≠ェ来て。
 煌めきのあった地点、その大地を水音のような響きと共に、飲み込んだ。
「っ……!」
 ユーノは腕を伸ばし、泥≠フ中に突っ込んだ。
 焼け付くような痛みと、イメージの浸食が来る。
 声が、頭の中に響く。
 ――死ね、という声だ。
 だが、ユーノは。
「――っ、それが、何だって言うんだ!」
 咆吼し、泥≠フ中から腕を引き抜いた。
 その先には――――

 ――――レイジングハートのコアを抱いている、高町なのはの姿があった。

「……っ!」
 ユーノはなのはの体を抱きしめ、直ぐさま飛行した。
 眼下、刹那を待たずして、泥≠フ波が全てを飲み尽くす。
 食い尽くされていく世界(ミッドチルダ)
 だが、ユーノの視線は、なのはに注がれており。
「なのは――!」
 呼ぶ声は、ただ腕の中にいる人に向けられている。
 だが、なのはがそれに反応することはなかった。
 生きてはいる。呼吸は酷く浅いが、だが確かに胸は蠕動を繰り返している。
 しかし、ユーノは見た。
 ズタボロに裂けたバリアジャケット、肌から覗く抉られた肉、有り得ない方向に曲がった指先、グズグズの体内。
 そして、何より、目に付くのが。
 何処を見るでもない、虚ろな瞳――――
「――――あ」
 つまり、それは、どういうことなのか。
 考え、その答えに行き着いた瞬間。

「あ、あぁ、あああ、ああぁああああああああああ――――――――――――――――!!」

 終焉。終末。
 おわるせかい。
 その中心で。

 ユーノは人形のような(、、、、、、)なのはを抱きしめながら、獣のように哀哭した。

→EP:14

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