■
――――そうして自分は、大切なモノを何も守れなかった。
■
誰かを救うということは誰も救わないということ。
正義の味方というのね、とんでもないエゴイストなんだよ――――
そうぽつりと零したのは、果たして誰だったか。
正義の味方が救えるのは、味方した人間だけ。
救おうとしてどんなに足掻いても、救われない人間はどうしても出てくる。
死者は蘇らない。時間は逆行しない。やり直しなんて望めない。救えぬモノは救えず。零れ落ちた水は二度と盆に還らない。
世界はいつだって『こんなはずじゃないこと』ばかりで満ちている。
――――だとすれば、正義の味方とは果たして一体何なのだろう。
何をすれば正義の味方になれるのだろう。
ただ無欲に人を助け続ければいいのか。
少数の人を切り捨てて、多数の人を救えばいいのか。
一つ命を守れば、救ったことになるのか。
所詮、『ソレ』は救った人の量で決まってしまう存在に過ぎないのか。
だが、そんなものはただの掃除屋だ。名目はどうあれ、人殺しを続ける機械と何ら変わりない。
一つ救えば次は二つ。二つ救えば次は三つ。やがて――全てを救わなければならなくなる。
そこに行き着いてしまえば、それは終わりだ。全ての救いなど有り得ない。ならば、その先に在るのは――破滅のみだ。
悪を求め続け、悪を殺し続けるだけの現象に成り果てる。
――――ならば、正義の味方とはただの理想論に過ぎない。正義の味方が救うのは己の理想だけ。
誰の味方でもない。人間の味方ですらない。
故にソレはそう呼ばれるのだ。
――――『正義の味方』と。
正義の味方が味方するのは他でもない、正義のためでしかないとその名前が語っている。
そんなものだ。偽善の極地、どこまでも間違った綺麗事。
だが。
もし仮に――『本物』の正義の味方がいるとするなら。
万物を救い、皆が笑っていられる世界を作ることが出来る存在があるというのなら。
――――それは呪いだ、とアイツは言った。
衛宮士郎にとって、衛宮切嗣の言葉は呪いでしかない――――
そう。
俺は。
俺たちは。
そもそも『前提』を間違えているのではないかと――――
■
間桐臓硯によって再開された聖杯戦争は、言峰綺礼の復活という形で呆気なく終結した。
桜は死んで、その体を依り代にし――――言峰は蘇った。
『泥』を心臓代わりにしていた言峰は、ランサーに殺された時、聖杯に収納された。凛曰く、『泥』を介して、その魂は聖杯へと引きずられたのではないか――らしい。
言峰の魂はサーヴァントの魂が桜へと逆流する際に流れ込んだ。英霊ですら保てない、この世、全ての悪≠フ中で、なお強い自我を保ち、桜の体を乗っ取った。
具体的に、それがどんな絡繰りなのかは分からない。だが、名もないただの百姓がアサシンとして呼び出されるくらいだ。その程度の不自然は当然有り得るように思えた。
そもそもそんなことはどうでも良かった。
ただ桜が死に、言峰が生きている――――
その事実はどこまでも変わらない。どうしようもないまでに、変わらない。
言峰は、消えた。
あの後、俺たちを嘲笑うかのように黒い影≠ニ共に、どこかへ消え去った。何も言わず、何も残さず、ただ不敵に笑って。
柳洞寺下にあった――――大聖杯ごと。
『泥』に汚染された聖杯ごと、世界の敵たる言峰綺礼は消え去った。
「有り得ない」と、凛は呟き、愕然としていた。
聖杯戦争の基盤たる大聖杯は、運び出せるような代物じゃない。大きさも、概念も、何もかも規格外のシステムをそのまま持ち出すなど、有り得てはならない――――と、協会から派遣された魔術師も、凛と同様、苦々しく語っていた。
分からないことばかりだ。分からないまま、俺の日常は終わりを告げた。
俺と凛とセイバーは冬木を飛び出し――言峰を捜した。アイツが何をしようとしているのかは分からない。
だが、再開された聖杯戦争の勝者は言峰綺礼となった。それを考えれば、放置出来るはずもない――俺たちは、言峰を捜しに回った。
そして――――
■
――――これはゲームだ、とヤツは言った。
全てが滅び、荒涼とした残骸の――鋼のような大地で言峰は、俺に向かって、実に楽しそうな笑みで告げる。
「……これはゲームなのだよ、衛宮士郎。私とお前の、な」
俺は黙って、それを聞く。いや、黙って聞くことしかできない。
何故ならば――口を開こうにも、空気を送り出す肺にぽっかりと穴が開いているのだから。
肺だけじゃない。全身という全身が焼き付き、所々に穴が開けられている。まるで気に入らない人形にハリを突き刺し、ズタボロにされたような体。
致命傷どころではない。後数分で、俺は絶命するだろう。
――――言峰は世界を滅ぼした。
それは本当に文字通りの意味だ。大地は枯れ果て、生きる人間も僅か。その残った人類も、恐らくあと数週も経たず絶滅するだろう。
その全てが言峰の仕業ではないとしても、やはり切っ掛けはコイツに他ならない。
元来、世界は非常に危ういバランスの元で拮抗していた。
魔術協会。聖堂教会。世界を七度滅ぼすというアトラス院。吸血鬼。真祖。死徒二十七祖――――
言峰はそのバランスを、完全なまでに崩した。
例えば、次世代において魔術の消滅すると嘆く魔術師達の急な焦燥。闇色の六王権≠フ復活。それに伴う朱い月の復興。狂える真祖――墜ちた『魔王』の出現。それを打倒するべく立ち向かう聖堂教会の狂信者達。そして、目覚めた、いや、目覚めさせられた究極生命体・アリストテレスORT=\―――
『裏』の全てを巻き込んだ闘争は、直ぐさま『表』へと流れ込み、人類は、それら異形の怪物達に対抗するため、ありとあらゆる手段を用いた。
現出した抑止力も、そこに加わった。だが、あくまでソレは起こってしまった滅び≠フ後始末するだけの掃除屋だ。抑止力ですらも、その闘争を止めることは出来なかった。
長きにわたる闘争により、大地は荒廃し、人類はその総数を激減させた。
確かに――いずれ必ず巻き起こる闘争だった。かつてアトラスの錬金術師も予見した終末。これは不可避の結末だったのかも知れない。だが、それを爆発的なまでに加速させたのは言峰綺礼に他ならない。
そして、ヤツは喰らった。
完全なる形で蘇ったこの世、全ての悪≠率いて――残りの人類を喰らい始めたのだ。
ありとあらゆる死なせ方、絶望を与えながら、喰らって喰らって喰らいまくった。それこそが自分の快楽だと言わんばかりに。
疲弊した人類に、それを打倒する術など無い。
この世、全ての悪≠ニ――――それに格納された第五次聖杯戦争の魂、八体のサーヴァントには誰も立ち向かえなかった。
魔術師、吸血鬼、凛も、そして。
――――結局、最後まで足掻きに足掻いた俺も、こうして死に体で言峰を見上げている。
紅い空。鋼の大地。絶望に飲み込まれた、この星――――
……これで、満足、かよ……!
ぱくぱくと金魚のように、俺は口を動かした。何もかもを奪ったアイツに対して、俺はそんなことしか出来なかった。
ひゅーひゅーとしか聞こえない俺の言葉を、それでも言峰は。
「あぁ、私個人としては、非常に満足な結果だよ、衛宮士郎」
と、ニヤニヤと笑って答えた。
その笑みにはらわたが煮えくり返る。
セイバーは『泥』によって黒い聖杯によって取り込まれた。凛も、桜も、藤ねぇも、皆皆、この男に奪われた。
大切なモノは全て――――無くなった。これで、どうして、目の前の相手を恨まずにいられるというのだ。
だが目の前のニンゲンはそんなものそよ風にも思わないだろう。
いつだってそうだった。コイツに感情をぶつけるなんて何の意味も持たない。
そのはずだったが、言峰は、突然無表情になった。
それは今まで見たこともない顔で。
始めて、この男が見せた本心だったのかも知れない。
言峰は、ぽつりと。
「――――だが、どうやらこの世、全ての悪≠ヘ、まだ食い足りないらしい」
そう零した。
人類がほとんど死滅し、星も死に絶えた。今更――何を求めるというのだろうか。
「これはどうやら私も読み違えていたという他無いな。まさか、コイツがここまで強欲だとは。お前も魔術師の端くれなら知ってるだろう。この世界とは次元を異にする――――並行世界のことを」
その言葉に全身が泡立った。
…………コイツ、まさか――――!?
「その通りだ、衛宮士郎。前にも言ったな? 私の目的を。私はただ世界を滅ぼしたいわけじゃない。答えが知りたいだけなのだよ。何もかもを破壊し、何もかもが死滅し、たった一人残ったこれが果たして自分を許せるのかどうか。
私と同じ、初めからこの世に望まれなかったモノ――――それが誕生する意味、価値のないモノが存在する価値を、私は見たい」
だから滅ぼした、と実に軽く言峰は話す。
人類を滅ぼし、星を殺した、その理由は、単なる自分のエゴに過ぎないと。
最早まともに機能しない体が、それでも怒りで震えた。
こいつは――――本当に、どこまで巫山戯たコトをいいやがるんだ……!!
「外界との隔たりを持ち、孤独に生き続けた、その果てに――罪科があるのかどうか、その是非を問うために、私は此処に立っている。
だが、少しばかり、コイツは力をつけすぎた。まさか、並行世界の存在すら感知できるようになるとはな。これでは私の目的を果たせん」
この世、全ての悪≠ヘ全てのヒトに対する敵対者。故に、全てを滅ぼすまで止まらない。
だとするなら――――
「厄介なことに、これは願望機として性質も兼ね備えている。どこぞの魔法のようにスマートにはいかないが――力業で、並行世界へとシフトすることも不可能ではない。
ならば、そこすらも、この世、全ての悪≠フ目標となりうるのは道理だろうな」
……馬鹿な。それはつまり。
「――――そうだな。並行世界というものは、ありとあらゆる可能性を具現した世界だ。それこそ数は無限だろうな。そして、コイツは、それらを全て喰らい尽くすまで止まらん。喰らい、喰らい、ありとあらゆる生命を無限に食い物にしていくだろう」
ぎちり、と脳髄があまりの怒りで軋んだ。
コイツは、この世界と同じコトを、更に繰り返すつもりなのだ。
世界が死に絶えるまで、人々の絶望を喰らい続ける。己の快楽と、エゴのために。
無限に。無数に。永遠に。
だが、そんなものに何の意味がある。
終着駅の存在しない列車に延々と乗り続けるようなものだ。ループする滅び。永劫に続く螺旋地獄。
それを知って、なお――――
「当然だ。意味の有無など関係ない。私は、それを見るためだけに今まで生きてきたのだから」
はっきりと。
言峰綺礼は何よりも明確に、この地獄を生み出し続けると断言した。
そして、この襤褸雑巾のような体では、止めるコトなんて出来るはずがない――――
――――許せない。
感情が嘶いて、どうしようもなかった。
気持ちに、体がついていけないことが、悔しくて仕方がなかった。
そんな俺の表情を見て、言峰は何を思ったのか「だが」と口にして。
「私も人間だ。それだけが私の悦楽だとしても、いつしか飽きが来ないとも限らない。そこで、だ。衛宮士郎――ここで一つ、ゲームをしよう。
今からお前と私に命綱を繋げる。これは酷く因果的なものだ。つまり私とこの世、全ての悪≠ェいる場所には、お前も存在する――ということ。これがどういうことか、分かるか?」
意識が飛んでいく。怒りで脳髄が沸騰しそうなくらい熱いのに、体と意思は反比例するように冷たくなっていく。
「これはな、ありとあらゆる世界を遊戯盤とした、悪と正義のゲームなのだよ。私が飽きるのが先か、それともお前が私を打ち倒すのが先か――――勝負してみようではないか」
桜の姿をした言峰が少しずつ近づいていく。その掌がゆっくりと俺に伸び、そして。
「……こんなところで全てを終わらせるには勿体ない。
――――そうだろう、衛宮切嗣。全ての因果に意味があったと、この私に見せてみろ」
誰を見るでもない、漆黒の瞳で、無表情に呟いた。
そこで、ぶつん、と世界が黒い闇に落ちた。
燃えさかる世界。鋼の大地。
この日、この時。
全てが終わった場所で。
――――全てが、始まった。
■
ご、と一つ大きな快音が鳴った。
スバルの拳とアーチャーの拳が激突した音だ。
その瞬間、アーチャーの拳にまとわりついた影≠ェ、スバルの拳に浸食し始める。
ばつ、という頭痛と共に――スバルの意識が、刹那、遮断された。
「ぐ、ぎ――――こ、れは……っ!?」
本能が危険を感じたのか、ざ、と距離を取る。
それでも頭痛が止まらない。と、同時に断続したイメージがスバルの目蓋に移る。
それは切れ端のようなイメージの断片だったが――――あまりに、おぞましい光景だった。
――――始まりの<タスケテ>刑罰は――――
「ず、っ――――!!」
がくん、と膝が折れる。脳髄に直接叩き込まれたのは億を超える絶望と、無限にむさぼられる無垢な魂の叫びだ。
そして――その中には。
「……レスタ……っ!」
魔の前のサーヴァントによって殺された親友と同僚の声が、確かにあった。
タスケテ、とスバルを呼ぶ声が、延々と、残響音を伴って、脳内を掻き回す。
そうして、理解が来た。
今まで自分たちが、自分が屠ってきたものが何だったのか――――その罪深さに絶望する。
サーヴァントに殺され、黒い影≠ノ喰われたものは、再び黒い影≠ニして他者を喰らう。そうやって、黒い影£Bは世界を滅ぼし続けてきた。いまや、滅ぼされた三千世界全ての魂が絶望に貪られながら苦しんでいるのだ。
そして、それはミッドチルダ――――スバルの世界でも変わらない。
つまり、スバルはサーヴァントに殺されたレスタ達を、再びその手で――――
「……っ!」
絶望の連鎖。命の冒涜どころではない。魂に対する暴虐。死者も生者も、何もかもを巻き込んで、『悪』を吐き散らかす。
それこそが――――この世、全ての悪≠フ本性なのだと。
スバルは自分が相対する『モノ』の正体を、文字通り骨の髄まで理解した。
そして――そのおぞましさも、また。
「理解したか。お前のそれが、どんなに戯れ言かを。誰かを、私を救うだと? 笑わせるな。無自覚に人を殺し続けてきたお前に――そんなことを言う権利がどこにあるというのだ」
「あ、ああぁぁあああああ、うわぁぁあああああああ――――!!」
頭を抱え、蹲り、スバルは咆吼した。
がらがらと自分の全てが崩れていく音が聞こえる。
なのはと共に見た夜空。士郎と一緒に誓った星空。
それら全てが瓦解していく。
「だから言っただろう。お前のそれは偽善だと。何を救うべきかも定まらないと。お前の傲慢で私を救うというのなら、黒い影¢Sてを救って見せろ。それが出来ないのなら――――」
ごごごご、と鳴動を早くする黒い太陽=Bもう残された時間は幾ばくもない。
その絶望を背に。
「――――お前はここで、傲慢に潰されて圧死しろ。愛した世界と共に、な」
アーチャーは淡々と、虚に塗れた瞳で宣告した。
スバルは思う。
今まで自分がどんなに綺麗事を吐いてきたのだろう。
正義の味方。誰かを救うということ。誰かが笑っている未来があればそれでいいという傲慢。
それは単なる戯れ言に過ぎない――――というアーチャーの言葉。
何もかもを救えないのならば、全てに意味はない。
誰かを殺し、誰かを救う。一を切り捨て、九を救う。
結局の所、自分がやっていることもまた、そんなことでしかないと思い知らされた。
黒い影≠救うことなど出来ない。どころか、今まで散々黒い影≠撃ち貫いてきた。
所詮自分の右腕に宿っているのは、そんな力でしかない。何もかもを壊す力というのは、誰かを殺す力に他ならない。
血に塗れたこの右腕で、一体誰を、何を救おうというのか。
誰かの笑顔があればいいなんて笑わせる。所詮、自分は人殺しでしかない――――
「は、ああ、ぁ……っ」
左腕は破砕され、心は折れた。これでどうして立ち上がれるというのだろう。
スバルの意識は、そのまま暗い闇に落ち――――
――――る、その寸前。
だん、と力強く地面に掌を打ち付けた。
「――何」
「……そ、うだよ。全部、全部アナタの言うとおりだよっ!!」
スバルは泣いていた。
両の瞳からは涙が止めどなく流れ、口から漏れるのは嗚咽の声だ。
アーチャーの言葉が何より正しいと思えたから。それこそが世界の真実だと。否定出来る言葉も想いも、自分にはないから。
泣く。ただ、泣く。何も出来ず、こうして這い蹲り、泣くことしかできない。
まるで、あの時。なのはに救い出される前の自分のようだった。
心が痛い。
無力な自分が憎い。
今のスバルには――信念も思想も理想も夢想も信条も理屈も道理もない。
自分を支えるものは、何もかも砕かれた。
それでも――――
「でも――あの人は」
ざり、と強く掌が地面を掻く。
涙と汚物と血まみれになった顔で、なお、立ち上がろうとする。
「あ、の人は――――」
自分には何もない。
衛宮士郎やアーチャーのように強靱な精神も、自分を支える言葉もないのだ。
――――スバルの体は剣で出来ていない。
あるのは。
ただあるのは――――
――――俺は
「……それでも、士郎は。
――――羨ましいって。
私のことが羨ましいって、そう言ってくれたんだ……!!」
あるのはただ、二人で見た、満天の星空だけ。
――――俺は、お前が羨ましいよ
そうだ。
……俺はこう思うんだ。きっと――お前みたいな奴が、本当の正義の味方なんだって
それが本当に世界の真実で、自分の右腕が血に塗れていたとしても。
自分自身のために誰かを救う。偽善と笑われるかも知れない。でも、俺はそんなお前が羨ましいと思う。お前のようにさ、当たり前のように人を助けたいと思って。当たり前のように、その事を喜べて。当たり前のようにその喜びを分かち合える…………それって、多分俺が持っていないものなんだ。壊れた俺なんかが持ち得ないモノを、お前は沢山持っている
その言葉だけは。
――――それで、いいじゃないか。それだけでいいじゃないか。お前は、人を救いたいから、なのはさんのようになりたいと思ったんだろ?
衛宮士郎と誓った、あの星空だけは、裏切りたくないから――――
「それだけはきっと、間違い、なんかじゃない――――っ!」
まるで言葉になっていない、幼児の泣き声のように、スバルは咆吼し、立ち上がった。
きぃぃぃいい、と魔力が収束していく。ナックルスピナーの回転数が狂的なまでに上昇する。
既にその目はアーチャーを見ていない。世界を滅ぼす装置――黒い太陽≠ノ向けられている。
「――――ふ。最早、理屈ではないということか。だがな、スバル・ナカジマ」
しかし、アーチャーはまるで動じず、右腕をスバルに向けて差しだした。
その先で――――
「お前の信じる衛宮士郎が、本当はそんな人物ではないことを知って、それでも闘えるか?」
空ろな瞳で項垂れている士郎を、スバルに見せつけるように、鷲づかみにしていた。
「良いか、こいつはな――――」
アーチャの表情が変わる。
皮肉げな笑みは消え、その顔には怒りとも呆れともつかぬ表情が刻まれていた。
「――――何もかもを諦めたのだよ。世界を救うことも、誰かを助けることも。正義の味方という理想も何もかもな!」
そうして、景色が変わるように、スバルの脳内にイメージが来た。
■
――――そうして自分は、大切なモノを何も守れなかった。
大気は歪んでいた。
空気が脈動し、吸い込んだ酸素が肺を黒く汚す。
こびり付いたのは、タールのように粘っこい泥だ。
気持ち悪くて、胃の中にあるモノを全て吐き出した。
何度見ても慣れない――――世界が終わる瞬間は。
そう、俺はこの瞬間を何度も繰り返していた。
幾度も幾度も、数えるのも馬鹿らしいほど――だ。
言峰綺礼と共に並行世界を渡り歩き、その度にアイツは世界を滅ぼそうとし、また、俺もそれを止めようとした。
だが――結局、一度も止めることは出来なかった。
言峰の持っている戦力はあまりに巨大すぎた。
黒聖杯この世、全ての悪≠ノ、それに格納された八つの英霊、喰われた人間の魂黒い影=\―――
その戦力はあまりに圧倒的すぎ、いくら足掻こうとも、言峰には届かなかった。
それを幾度も幾度も繰り返し、そして、今回もまた、止められなかった。
死んだ。
皆死んだ。
遠坂凛、間桐桜、イリヤスフィール・フォン・アインツベルン、ルヴィアゼリッタ・エーデルフェルト、ウェイバー・ベルベット――――
そして、並行世界の衛宮士郎も、また。
目の前の凛の屍を見る。
――――馬鹿馬鹿しい、何の冗談だ。
俺は、引き攣るような笑みを浮かべた。
世界を救うと息巻いて。これ以上人が死ぬが嫌だと、そう自分を納得させて。それが理想だと。間違っていない自分の理想だと信じて。
――――周りの人間を、そんな独りよがりの理想に、巻き込んで死なせてしまった。
ああ、俺は、世界を救えなかった。
それも一度ではない。何度も何度も飽きるほど繰り返しても、それでも一度たりとも救えなかった。
――――正義の味方になりたかった。それを目指して、ただ脇目もふらず駆け抜けてきた。
けれど、こうして振り返ってみると結果は散々で。
結局自分は、大切なモノを何も守れなかった。
なら。
世界を守りきれなかった正義の味方は、一体どうすれば良いのだろう。
最終決戦の前夜、凛はこう言った。
『アンタは何も悪くないわよ。何をぐちぐち悩んでいるか知らないけど、今はやることやるだけよ。もし失敗して世界が滅んだとしても、それはアンタが悪いんじゃない。やることやって、ソレが駄目ならさ。それはさ、ただ単に、私達の運が悪かっただけなんだから』
そんなことで、納得できるはずがなかった。あの日、あの時、自分が約束した正義の味方は、世界をこのような惨状にしないために存在するというのに。
自分が正義の味方だというのなら、目の前の惨状はどう説明する。惨たらしく大地に横たわる屍が、どうして地平線を埋め尽くすように存在する。
どうして、この腕の中で、遠坂凛が物を言わぬ体になっているのか。
「俺は」
――――どうして、世界は滅びようとしている。
「俺はっ!」
答えは、簡単だった。
「俺は、正義の味方に、なれなかった…………っ!」
ボロボロの体で、俺は吼えた。
声はか細くて、自分でも嫌になるくらい弱々しかった。
瞬間。
「――――否。お前は、確かに正義の味方だったよ」
正真正銘の世界の敵≠フ声が――――
「言峰………綺礼っ!!」
魔力も体力も何も残っていない、こんな体では、ただ睨むことくらいしか出来ない。
その様が気に入ったのか、言峰はくく、と喉を鳴らした。
「実際、お前はよくやった。全ての偶然と必然を超え、この私の喉元に切っ先を突きつけるに至った。流石に焦ったぞ、衛宮士郎よ」
言葉とは裏腹に、それが楽しくて堪らないという風に口元を吊り上げる。
「だが、それもここまでだ。お前はまた失敗した。結局何も救えず、世界の敵たる私を倒すことが出来なかった」
宣誓のように奴は右腕を上げた。
ご、と背後から沸き上がるのは全てを飲み込む闇色の泥。
黒柱の中心にいる――――この世、全ての悪≠ェ、おぉんと嘶き、その存在を主張する。
嘶きが空間を振るわせ、黒き闇が大地を駆けめぐり、地平線の彼方まで漆黒に染めていく。
飲まれていく屍。沈んでいく大地。その泥は何もかもを飲み込み、虚無へと還元していく――――
――――ああ。
世界が崩れる音が聞こえる。
ずぶり、と泥に全身が埋もれていく。
「またか……! また、お前は……」
また更なる並行世界を滅ぼすつもりなのか。
幾度も幾度も投げかけた問い。その度に同じ答えが返ってきていた。
当然だ。意味の有無など関係ない。私は、それを見るためだけに今まで生きてきたのだから
という、全く同じ言葉を、何度も何度も。
だが、そんな、帰ってくるはずの答えは。
「否」
という、いつもと全く違うものだった。
言峰はいつもと同じ無表情を浮かべ、いつもと違う答えを口にする。
「正直、もう飽いた。幾多の世界を渡り歩いてきたが、一通りの絶望は喰らったよ。このままでは、いつまで経っても二番煎じだ。最早、喰らうに値しない。よって――――」
――――それは。
私も人間だ。それだけが私の悦楽だとしても、いつしか飽きが来ないとも限らない――――
いつか、どこかで聞いた言峰自身が抱いた不安≠セった。
自分が『答え』に辿り着く前に、飽きて、全てを投げ出すのではないかという不安。
それが今、幾度も繰り返した無限地獄で、顕現した。
「よって、もう全てを投げ捨てる。聖杯も、世界も、――――この私すらも、投げだそうと思う。良かったな、衛宮士郎。つまり、こういうことだ」
――――ああ。
でも、その言葉は。
「結局お前が何もしなくても、この私は倒れ、消滅する、ということだよ」
きっと――俺が一番望み、最も恐れていた結果だ。
そう。
世界を救うという正義の味方。
そのチャンスを永遠に失うことが。
何より。
全てを、文字通り、俺の何もかもを奪い尽くしたコイツを殺せないことが、許せない。
『子供の頃、僕は正義の味方に憧れていた』
『まかせろって、爺さんの夢は』
『ああ────』
――――安心した。
だが、それは、本当に――――
「は――――はははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!!!!!!!
それだ!! 私はその顔が見たかった!! そんなに悔しいか!!! この私にとどめを刺す事が出来ないのが、そこまで悔しいか!! そうだよなぁ、世界を蹂躙し、人間をドロドロになるまで殺し、お前の人格・信念・友人・恋人・親兄弟に至るまで、全てを踏み砕いたこの私を! 自らの手で殺したかったよなぁ!! ――――だからお前は面白い。これまで幾千、幾万の表情を見てきたが。今のヤツは特別だったぞ。貴様を選んで正解だった。その歪み、実に美味だ」
ずぶずぶと世界が沈む。深淵の、深淵の、更に深く。虚無の果て、忘却の奥底へと。
「これから我らが一体どうなるのかはわからん。無限に連なる世界が全て崩壊したその先。存在そのものが消滅し、虚数の海に散るか。それとも、どこか全く別の世界にでも辿り着くのか。はたまた根源にでも至るか。
――――まぁ、どれでも大差ない。もし私≠ニいう自我が在り続けるとするならば、そこで絶望を喰らい続けるだけだ」
文字通り世界を滅ぼした邪悪が、口の端を歪めて。
「ふ、ふふふ、はははぁっ―――――――――――――――ははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
狂ったように、嗤った。
ああ、そうだ。
俺は――本当は、正義の味方なんてどうでも良かったんだ。
最初はそうじゃなかった。
正義の味方として。あるいは皆のために世界を救おうとしていた。
だけど、無限に列なる地獄で。その内――――目的と手段が入れ替わってしまった。
正義の味方になれず、世界を救えないのも道理だ。
俺が、ただ想っていたのは。
――――世界のことなんて、どうでもいい。ただ自分から全てを奪った言峰綺礼を、この手で殺したかった。
そんな下らない、憎悪に塗れた願望しか無かったのだから。
そして。
その欲望のままに、周りの人を巻き込んで――――
――――それは、言峰綺礼のやってきたことと何が違う。
「ぅあぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああアアアアアアアア嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼!!!!!」
いつだったか、言峰が言っていた。
正義の味方という俺の最も崇高な願いと、最も醜悪な願いは同一だと。
それはこういうことだったんだ。
言峰綺礼という人物は何もかも分かっていた。俺以上に、あるいはアーチャー以上に。
正義の味方という存在について、誰よりも理解していた。
いつか描いた理想は遥か彼方。
その理想。間違いじゃないと信じた正義の味方に、今、確かに裏切られた――――
――――ああ。
もう何もかもがどうでもいい。
俺は間違っていた。
世界を壊し、凛達を殺したのは俺だ。
正義の味方なんていう甘い理想論をずっと信じ続けた結果が、『これ』ならば、俺は正義の味方なんて目指さなければ良かった。
アーチャーの言葉は真実で、言峰の言葉は確固たる現実だった。
そんなものを信じ続けたのが衛宮士郎という存在ならば――――
――――全て、消えてなくなれ。
こんな現実は要らない。
あの日に、優しかったあの日々に、俺を戻してくれ――――
そう思った瞬間。
『そう。
それがアナタの望みなのね。
ならば、叶えてあげましょう。
それが、この無限地獄を歩んできたアナタの慰めになるなら。
何も出来ない私が出来る、せめてもの償いなら――――』
そんな、いつか聞いたような声がして。
――――じゃあね、お兄ちゃん。
ぶつんと。
俺の中で、何かが切れた。
そして――――
「――――アンタ、こんなところで寝てると風邪引くわよ?」
記憶も魔術も、何もかもを無くした俺は、ミッドチルダで目覚めた。
■
ごごご、と振動する大地。
スバルは、は、と目を見開いた。
無限の剣。その中心に立つアーチャーは、士郎を鷲づかみにしながら、ニヤリと笑った。
「……これが、お前の信じた衛宮士郎の正体だ。愚直にも理想を信じ続け、しかし結局は裏切られて――何もかもを投げ出した愚か者、残骸に過ぎない。お前に何を吹き込んだか知らんが、それは所詮、全てを忘れ、逃避した者の言葉だ。
何故、サーヴァントが宝具を使えて、衛宮士郎が魔術を使えないか考えたことはなかったか?
魔術基盤の代替品たる黒き聖杯≠フ繋がりを――自ら断ったからだよ。
記憶も、魔術をも投げ出した、逃避の結果がこれだ」
スバルは知らないが――本来、魔術を使用するには魔術基盤が必要なのだ。
神秘の塊であるサーヴァントが、魔術基盤がない世界でも自由に力を振るえるのは、他でもない聖杯≠ェあるからだ。
聖杯≠ニは願望機。膨大な魔力と喰らった魂、言峰綺礼の望み――――それらを取り込んだ結果、聖杯≠ヘ小規模な魔術基盤≠ニして機能するようになった。
厳密に言えば、それは魔術基盤とは異なるモノであったが、聖杯≠ェそれと同等のモノなら、必然、意味は同じだ。
聖杯≠ヘ渡った世界の環境情報を読み取り、サーヴァント・宝具といった本来の魔術≠擬似的に再現≠キる。
なればこそ、管理局側も、対黒い影@pの術式などが開発できたわけであるが――――
――――だが、そんなことは、今のスバルに関係がなかった。
重要なのは、衛宮士郎が、自ら魔術を投げ出したという事実だ。
ふん、とアーチャーは皮肉気に笑いながら。
「分かっただろう? 誰かを救うなんて理想は、愚者の戯れ言に過ぎん!」
ぶん、と片手を振った。
まるでモノのように投げられた士郎は、立ち上がろうともせず、ぴくりとも動かない。
目の前に投げ捨てられた士郎を、スバルは見る。
全てを思い出した士郎は、スバルの知っている姿ではなかった。目は焦点が合わず、その様子は屍と変わらない。
「士、郎……」
スバルは立ちつくした。顔は俯き、涙が頬を伝って、地面に落ちた。
辛うじて自分を支えていたモノ――――衛宮士郎に対する信頼は、これで崩れた。
スバルが闘える道理は何もない。
理想を覆され、信じたものに裏切られ――それでも、なお立っていられるほど、人間は強くない。
再びスバルは膝をついた。廃人となった士郎に寄り添うようだった。
アーチャーは黙ってそれを見つめる。
その瞳は確信に満ちていた。
剣の墓標の中心で、勝ち誇るでもなく、ただ真っ黒な外套を翻し、黒い太陽≠フ元へ歩いていく。
もうスバル・ナカジマが立ち上がることはないだろう――――
――――そのはずだった。
じゃり、とアーチャーの耳が、音を拾った。
「――――!?」
弾けたように振り向く。
そこには。
「……辛かったんだね、苦しかったんだね。やっと――やっと、アナタに追いついた。大丈夫、大丈夫だよ、私は此処にいるから」
片腕で士郎を、ぎゅっと抱きしめているスバルの姿があった。
そして、折れることなく立ち上がった、その顔には――――
――――笑顔が。
涙と汚物と血に塗れ、それでもなお、スバルは笑っていた。
満面の笑み。
かつてアーチャーが、衛宮士郎が求めたはずのモノだった。
ざ、とスバルは一歩前に踏み出す。
そして一歩ずつ、確かに黒い太陽≠フ元へ歩いていく。
既に黒い太陽≠ヘ臨海を超え、その巨体を更に膨張させ、黒いフレアを漲らせている。
猶予はあと何分か。何秒か。それとも、もう手遅れなのか。
それでも、スバルは諦めず、前を向いて、ざ、と涙を拭いた。
その顔には、もう涙は浮かんでいない。
あるのは、ただ、ただ――決意のみ。
ぎり、と奥歯を噛み砕くのは、アーチャーだ。
「何故だ。何故、お前は立ち上がる。立ち上がることが出来る! 自分の何もかもを否定され、覆され、信じた者すら偽物だった!
何故それでなお――――そんな顔が出来る!!」
スバルは足を踏み出す。
「分からない。きっと理屈じゃない。言葉じゃないんだ。私は頭が悪いから、何が正しいとか、悪いとか、間違いだとか、そんなこと言葉に出来ない」
確かにアーチャーの言うとおりだった。
言葉は全て正しくて、それを覆す言葉も、理屈も思い浮かばない。
だけど――この想いだけは、きっと本物だから。
「私はね、ご飯を食べるのが好き」
「何……?」
突然の、場違いなスバルの言葉にアーチャーは面食らう。
「アイスを食べるのも好きだし、そうやって食べ歩くのが大好き。歩いているだけでも楽しいし、何もしないで、だらだらと喋るのも好き」
「何を、言って……」
ざ、とスバルはアーチャーを追い抜き、剣の丘の頂上に立って振り返った。
アーチャーもまた振り返り、それを見つめる。
その笑顔を。
本当に楽しそうに、言葉を語るスバルの顔を。
廃人同様となった士郎もまた見ていた。
それらを睥睨しながら、高らかにスバルは叫ぶ。
力一杯の笑みで、精一杯の声で。
まるで自分の存在を主張するように。
「そうやって、皆と笑って過ごす時間が――――大好きなんだ!!」
「――――っ!?」
理想は否定され。
道理は覆され。
信じた者は偽物で。
何もかもが崩れさって。
真っ暗闇に染まった、自分の世界の中で。
それでも。
たったひとつだけのこった――――
「私は、ただ誰かの笑った顔が見たい。
そして、皆と笑い合っていたいんだ!
ただ、それだけ。
ただそれだけなんだよ……!!」
――――わたしの ヒカリ。
理屈ではない。
言葉ではない。
信念ではない。
「ただ私がそうしたいから、そうする!
だからこそ、私は――――戦うんだ!!」
皆の笑顔のために。
何より、自分が笑っていられるために。
――――そんな自らの傲慢のために。
スバル・ナカジマは戦うと、はっきりと言い放った。
「士郎はね……それを私に教えてくれたんだ。だから、裏切られたとか、そんなこと、思えるはずないじゃないか」
星空の下、二人で誓い合った、あの言葉。
例え衛宮士郎が偽物だとしても、それだけは真実だ。そして、今まで共に機動六課で過ごしてきてきた日々も、また。
――――それを、どうして裏切られたなんて思えるだろう。
「だから、士郎のことを偽物だなんて言わせない。あの日、あの時。私にかけてくれた言葉は本物だと思うから。
少なくとも、私にとって、士郎は確かに、正義の味方だったんだ!!」
「――――」
その言葉に目を見開くと、アーチャーは剣の丘から一本の剣を引き抜いた。
それは聖剣。無限の剣の中でも、一際輝く刀身を持つ剣だ。
「……黒い影≠、人間を殺した罪を背負うというのか。一を切り捨て九を救って、なおお前は笑っていられるのか。自分がやっていることが偽善だと知りつつも、それでも、お前はその傲慢を貫き通すと言うのか」
「分からない。方法なんて、そんな明確に言葉に出来ない。皆が笑っていられたら、それが一番だと思う。でも、この世界はそんな簡単じゃなくて、どうしようもなく冷たくて厳しい。だけど、この想いも捨てられない。どうしても捨てられないんだよ、アーチャー。
――だから、私は」
スバルもまた、右腕を振りかぶる。
その射線上に蒼の燐光が集まっていく。
それは『神なる』と名付けられた光だ。
神罰でなく。
神なる必然でもなく。
――――天への祈り。
皆と笑い合っていたいという、昴のヒカリだ。
「――――お前は、我が儘だ」
「――――そうだね、私は我が儘だ」
二人はそう言って、笑い合った。
アーチャーは、いつものシニカルな笑みで。
スバルは、いつもの朗らかな笑みで。
一瞬だけ、笑い合って。
ご、と大地を砕きながら、両者が踏み出し。
「約束された、勝利の剣=\―――っ!!」
「我が拳は――全てを貫く≠氓氓ああああああ!!」
決着を付ける、最終一撃が放たれた。
■
結局の所、正義の味方なんて、偽物だった。
正義の味方を望むということは悪を望むということ。
人を殺すことと人を救うことを同義に扱う理想なんてものが、破綻しないわけがなかった。
――――誰かを救うという願いが綺麗だから憧れた。
故に、自身からこぼれ落ちた気持ちなどない。
この身は誰かのためにならなければという強迫観念に突き動かされてきただけだ。
それが苦痛だと、破綻していることにも気がつかずに、ただ走り抜けてきた。
だが、それは所詮偽物に過ぎない。
お前もいつか必ず自分に追いつくときが来る――――と、アーチャーは言った。
それは、紛れもない事実だった。
幾度も幾度も、言峰との戦いを繰り返す内に、俺はアーチャーに追いついてしまった。
自分が言っていた理想が、どんなに烏滸がましいものか、どうしようもなく理解してしまった。
――――そんな俺が、正義の味方を名乗るなんて、何て愚かだったんだろう。
幾ら記憶を失っているとはいえ、ミッドチルダに来てからの行動は、あまりにも馬鹿げていた。
その理想がどれだけの矛盾の上で成り立っているのか知りもしない、かつてのように俺は行動していた。
思い出すだけで吐き気がする。自己嫌悪で死にたくなる。
――――――――俺が、正義の味方だからだ
は、巫山戯るなよ。
お前のその理想で、どれだけの人間が死に、どれだけの世界が滅んだのか知っているのか。
挙げ句の果てに目的と手段を履き違える始末だ。
救えない。こんなにも俺は救えない存在だったのか。
全てを忘れたくて。
あの頃に戻りたくて。
そう願った結末が、これならば。
俺は、もう何も望まない。
言峰と俺のラインはもう断たれた。これ以上、こんな所にいることなんて耐えきれない。
このまま、俺は、無へと還ろう。
もう眠らせてくれ。
――――この世界は、地獄だ。
思い、俺はそのまま意識を手放した――――
――――その寸前。
「……辛かったんだね、苦しかったんだね。やっと――やっと、アナタに追いついた。大丈夫、大丈夫だよ、私は此処にいるから」
スバルの、声が。
そう言って、抱きしめられる感覚が来た。
……暖かい。
血と涙で濡れた右腕は、それでも確かな暖かさを俺に伝えてきた。
この地獄で。
それは何よりも暖かくて。
それはいつかの日だまりのように暖かくて。
ああ、こんなに――――誰かの手は暖かったんだ。
ドクン、と。
冷え切った意識と体に、微かに火が入る。
だが、そんな僅かな火だねを消すが如く、アーチャーが叫ぶ声が聞こえた。
「何故だ。何故、お前は立ち上がる。立ち上がることが出来る! 自分の何もかもを否定され、覆され、信じた者すら偽物だった!
何故それでなお――――そんな顔が出来る!!」
そうだ。
何を言おうとスバル、お前の理想は間違っている。
誰かを救う≠ネんて想いは矛盾だらけだ。信じて追い続けても手に残るモノは誰かの血だけ。必ず裏切られる理想に他ならない。
お前が信じた俺も、結局、諦めてしまった愚か者だ。アーチャーと同じ、いや、それ以下の存在に過ぎない。
なのに、どうして。
お前は――――
「私はね、ご飯を食べるのが好き。アイスを食べるのも好きだし、そうやって食べ歩くのが大好き。歩いているだけでも楽しいし、何もしないで、だらだらと喋るのも好き」
ゆっくりと瞳を開ける。
あれだけ重かった目蓋が、驚くように軽い。
振動する大地。極限を超えて脈動する黒い太陽=B無限の剣。その墓標が並び立つ丘の頂点で。
スバルは、俺を見つめて――――
「そうやって、皆と過ごす時間が――――大好きなんだ!!」
誰がために戦うのか=B
俺では答えられない、その問いに、はっきりと答えた。
「私は、ただ誰かの笑った顔が見たい。
そして、皆と笑い合っていたいんだ!
ただ、それだけ。
ただそれだけなんだよ……!!」
ああ――――
「ただ私がそうしたいから、そうする!
だからこそ、私は――――戦うんだ!!」
――――そうか。
理想とか理屈とか道理とか、何が正しいとか何が間違いとか。
何が正義で、何が悪かなんて、そんな細かいことじゃなくて――――
本当は、もっともっとシンプルだったんだ。
ああ、俺は勘違いしていた。
スバルは本物≠ネんかじゃない。いや、そもそも正義の味方に本物≠熈偽物≠烽ネい。
そう――そもそも俺たちは『前提』を履き違えていたんだ。
それの前には矛盾も撞着もない。それの前に真作も贋作もない。
ただあるだけ。
崇高な願いも、気高き理想も、尊ぶべき思想も、何もない。
ただ、ただちっぽけな、傲慢な願いがあるだけだ。
誰かを救うということは誰も救わないということ。
正義の味方というのね、とんでもないエゴイストなんだよ――――
ああ、きっと。
切嗣は、全て分かってたんだ……。
正義の味方の意味。その答えを。
「だから、士郎のことを偽物だなんて言わせない。あの日、あの時。私にかけてくれた言葉は本物だと思うから。
誰が何を言おうとも、私にとって、士郎は――正義の味方なんだ!!」
涙が――――溢れた。
スバルの言葉が嬉しくて、誇らしくて。
何より、偽物だらけの俺を、本物だと断言する言葉が嬉しくて。
そうか。
そうだよな。
理想を諦めて、記憶を失って。
俺自身が偽物だったとしても。
六課で過ごした、あの日々は――確かにあったんだ。
あの日々は。
あの星空は、この胸に、今も確かに宿っている。
それは、それだけは、きっと嘘に出来ない。偽物なんかに出来やしない。
そうだ。
お前が俺のことを、正義の味方と呼んでくれるなら――――
――――俺はもう一度、正義の味方を張り続けよう。
それがどんなに愚かだとしても。戯れ言と笑われても。
衛宮士郎を信じてくれるスバルを――――裏切りたくないから。
だから――――
なぁ、切嗣。
俺、もう一度目指しても良いかな。アンタみたいになろうとして、色々と迷走して、結局諦めちゃったけどさ。
でも、やっぱり、なりたいんだ。
アンタが諦めて、それでもなりたかったと零した――――
――――スバルのような、真っ直ぐで優しい、とんでもない正義の味方にさ――――
『ああ――安心した』
■
ごぉん、と衝撃波が辺りを思い切り吹き飛ばした。
狂いに狂った暴風が、何もかもを薙ぎ払っていく。
その中心。
聖剣を振り下ろす黒い外套をはためかせるアーチャーと、燐光を散らしながら拳を打ち貫くスバルの姿があった。
聖剣と拳は、ぢぢぢぢぢと金属を思い切り擦り合わせたような音を立てながら拮抗していた。
聖剣のあまりに巨大な出力に耐えきれず、びしびしびし、とリボルバーナックルに罅が入ってく。
それでも、カートリッジを吐き出しながら、両者は拮抗していく。
(お願い、リボルバーナックル、そして、マッハキャリバー! 私の全部を持っていっても構わない。だから――――この想いを、この拳を……アーチャーにっ!!)
私を本物≠フ正義の味方と呼んでくれたあの人に応えるために――――!!
『――――勿論です、相棒。私は、そのために生み出されたのですから』
きぃんとマッハキャリバーのコアが輝いた。リンカーコアが狂ったように廻転する。
台風のような魔力が、全て一点に収束していく。
「あああぁぁああああああああああ――――!!」
翼の道。
同時展開された、両足から伸びる蒼い道による加速が、そこに加わる。
「ぬ、う……っ!」
拮抗していた両者の天秤が、僅かにスバルの方へ傾いだ。
その奇跡にアーチャーは驚嘆する。
……全開の出力ではないとはいえ、我が固有結界による聖剣投影にここまで拮抗するだと……!!
思った瞬間。
アーチャーの瞳が、黒い太陽≠ヨと駆ける――衛宮士郎の姿を捉えた。
その手には――――歪な短剣。究極の対魔術宝具、破壊すべき全ての符≠ェあった。
……今の衛宮士郎に魔術は使えない! ならば、何故、いや、そもそも奴は立ち直って――――
そこでアーチャーは、は、とした。
あまりに凄惨な記憶を思い出した反動か、燃え上がるような橙色の髪に白髪が交じっている。その横顔、ちらとアーチャーを見る瞳が――笑っていることに、気がついたのだ。
――――……俺はもう間違えない。へこたれない。諦めない。スバルはこんな俺を信じてくれた。
だから、その信頼に応えるためにも、俺は――――!!
士郎とアーチャーは同じ起源を持つ者同士。本来ならば有り得ないが、アーチャーの固有結界に取り込まれることによって、疑似再現する聖杯が誤作動を起こしたのだ。
両者を同一と誤認した聖杯は、固有結界無限の剣製≠フ所有権を、衛宮士郎にも与えてしまった。
結果――――
……つまり、これら、無限の剣は奴にも使えるということか。その中から、あの短剣を探し出し、そして……黒い太陽≠無効化するつもりか!
「だが――何もかもが遅い! 既にタイムリミットは、過ぎているのだから!!」
言って、聖剣の出力を更に上げる。
同時。
黒い太陽≠ェ、大きく膨れあがった。
巨大なフレアは地面を抉り、伴う暴風はあらゆるものを根こそぎ薙ぎ払っていく。
きん、とその球面に亀裂が走った。――――爆発の、兆候だ。
――――間に……合わない――――!?
士郎の思考に絶望が過ぎるが、それでも。
「お、おぉぉおお――――っ!!」
走る。我武者羅に走る。
暴風に晒され、瓦礫に傷つけられても、それでも、ただひたすらに。
それに呼応するように。
「マッハ、キャリバーーぁああああああああああああああああああ!!」
聖剣と拮抗するスバルの拳が、更に加速した。
そして。
拳を捻った。
本来ならば有り得ない行動。莫大な魔力の放出は、それだけで行動を限定させてしまう。
それをスバルは強引に動かしたのだ。
想定してない動きにアーチャーは対応しようとするが。
「ぬ、――――っ!!」
出力を上げたのはこちらも同じ。聖剣は重く、動かすことは出来なかった。
がぎぃん、と擦過音と共に。
拮抗している点がずれ、剣と拳が交差し――――
――――ずどん、とアーチャーを撃ち貫いた。
蒼い直線上の光が腹部を貫通し、起こった風が辺りを散らす。
スバルの全ての魔力を込めた、全開の一撃は――確かにアーチャーに届いた。
だというのに。
倒れるどころか、アーチャーは微塵も動かない。
打ち付けられた腹の甲冑が割れた程度だ。
だが、驚いているのはスバルではなく――アーチャーの方だった。
アーチャーは愕然としながら。
「魔力、ダメージ……だと……!?」
非殺傷設定――――
人間を傷つけることなく、昏倒させる、この世界の魔法独特のシステムだった。
サーヴァントは受肉しているとはいえ、基本、架空元素で構成されている。
その体に、魔力ダメージなど十全に通るわけがない。ましてアーチャーには対魔力スキルがある。効果は薄いに決まっていた。
仮にスバルがそのことを知らなくても、今この場において、殺傷設定を使わないのは本来有り得ない。
非殺傷設定とは刀における峰打ちに他ならない。スバルは真剣勝負で、峰を返したまま勝負手を放ったのだ。
その意味を、アーチャーは考える前に。
全ての魔力を使い切り、頭から後ろに倒れていくスバルが。
「あーあ、やっぱり駄目だったか」
――――皆、ゴメン。世界、守れなかった――――
と笑う顔を、確かに見た。
――――でもな。ここだけの話、頑張って、頑張って――精一杯足掻いた結果、結局負けてしもうても、それはそれで良いと思うんや――――
……――こいつ、この期に及んで、まだ私を救おうと……!!
それは信念とも言えない、紛れもないスバルの傲慢だった。
その時、ごしゃあ、という何かが地面に叩き付けられる音をアーチャーは聞いた。
見れば、士郎が暴風に吹き飛ばされ、瓦礫に打ち付けられていた。
まだ士郎と黒い太陽≠フ間には距離がある。黒い太陽≠フ亀裂はいまだ広がっており、どんなに足掻いても士郎では間に合わないだろう。
それでも。
士郎は諦めず、額から血を流しながら、再び立ち上がろうとしていた。ぎ、としっかりと眼前を見据えながら。
――――は、とアーチャーは口の端を吊り上げた。
「くだらない、くだらないくだらない! だから、お前達は愚かだというのだ――――!!」
そして聖剣を振り上げて。
今度こそ、紛れもない、全力の出力で、真名を解放した。
聖剣の光が何もかもを吹き飛ばしていく。
究極の斬撃が大地を、塔≠イと斬り飛ばしながら――――
――――黒い太陽≠ノぶち当たった。
◇
「おおおぉぉおおおおおおおおおおおお――――っ!!」
アーチャーの咆吼と共に、聖剣が更なる煌めきを見せる。
それは紛れもなく、真作と見まがうほどで。
……――――きっと、世界中の誰もが、贋作と笑い飛ばすことなど出来ない尊い光だ。
斬、と真っ二つに割れ、更に分裂していく黒い太陽=B
それでも爆砕の予兆は止まらない。単なる力業で止めるには遅すぎたのだ。
究極の聖剣と言えども、所詮時間稼ぎに過ぎない。
だが。
アーチャーにとって、僅かな時間を稼げれば、それで良かったのだ。
「投影、開始――――」
即座に弓≠投影。そして周りの剣の丘から、とある剣を引き抜いて――――
「是、魔ヲ射殺ス百頭也=v
矢≠ニして番え、撃ち放った。
その矢=B裏切りの魔剣――――破壊すべき全ての符≠ヘ、同時、複数に分裂して、分断された黒い太陽≠フ断片を全て撃ち貫いた。
瞬間、轟、と魔風が吹きすさんだ。
解放された魔力が、黒い風となり、辺り一面を薙ぎ払い、収束し、そして。
直上、柱のように勢いよく吹き上がった。
ずがん、と頭≠フ頂上を吹き飛ばし、外へ、世界≠フ外――次元の狭間へと散っていく。
おぉぉぉおおお、と一度大きく風が吹き、そして、止んだ。
後に残されたのは、静寂。
世界は――――救われた。他ならぬ、サーヴァントの手によって。
「……アーチャー、どうして」
割れた額、傷む体を引きずりながら、士郎は、アーチャーの元へ歩き、問うた。
「ふ、どうしてだろうな。オレにも、よく分からん」
固有結界は既に無い。聖剣の全力解放時に全て吹き飛んでいた。
からん、と弓が落ち、さらさらと消えていく。
同時。
ざぁ、と潮が引くように、アーチャーの体から黒い影≠ェ消えていく。
もう黒≠ヘどこにもない。象徴たる紅≠纏いながら、シニカルに笑う。
そこで、何とか体を起こしたスバルが、ある事実に気付き、目を見開いた。
「アーチャー、体が……!!」
「――――ふん。流石に聖剣投影に、射殺す百頭は無理があったか」
がくん、とアーチャーの膝が折れた。
体が、少しずつ、全身が光の粒子となっていく。
魔力切れ、である。
無限の剣製≠フ使用、聖剣と射殺す百頭を投影した、その反動だ。
いかにサーヴァントといえど、それほどの魔力を一度に消費してしまえば、消滅は免れない。
このままでは後数分もしない内に全身が消えるだろう。
その前に。
アーチャーはす、と胸に手を当て――――
「ぐ、ぬ――――っ!!」
ずぶりと、泥のように蠢くナニカ≠引き抜いた。
そして、それを士郎に見せつけるように、右手を突きつけ。
「選べ」
と、ただそれだけを口にした。
士郎は目を見開きながら言う。
「……――――アーチャー、お前は」
「お前が『コレ』を受け取るということが何を意味するか――分かるな。もう二度と、今回のような奇跡は起きん。お前は言峰との遊戯盤から二度と逃げることなど許されなくなる。この無限地獄に、再び囚われることになるのだ。逃げ出すなら、今のうちだぞ?」
アーチャーの言葉に、士郎はただ無言で返す。
スバルは二人が何を言っているのか分からなかった。
だが、アーチャーの掌の中にある『モノ』が、ドクンドクンと脈を打っていることに気がついて――――悟った。
愕然とした顔で、スバルはその答えを吐き出した。
「それ、――――まさか、心臓……!?」
消え行く体で、アーチャーはニヤリと笑った。
「そうだ。正確には核≠セがな。サーヴァントの機能源……そして同時に、あの黒い聖杯≠ニ繋がる門でもある」
つまり、『コレ』を受け取るということは、一度切れたラインがまた復活するということだ。
疑似再現器たる聖杯≠ノ繋がれば、衛宮士郎は魔術を使えるようになる。アーチャーと同じように。
衛宮士郎とアーチャーが同一の起源を持つ例外≠セからこそ可能な力業だった。
しかし、受け取ったが最後、士郎はもう逃げられない。
言峰との魔術的なラインなどという中途半端な繋がりではない。英霊という規格外の魂も逃れられないほどの、確固たる繋がりだ。
――――もう二度と奇跡は起きない。
滅び、滅ぼされ、殺し、殺される――そんな螺旋地獄に、再び放り込まれるだろう。
永劫に続く無意味な闘争。
一度逃げ出したお前に、それと付き合う覚悟はあるのか、とアーチャーは問うている。
士郎は閉じていた瞳をゆっくりと開け――――
「んなもん、嫌に決まってるだろう」
と、アーチャーの問いかけを、ばっさりと切って捨てた。
アーチャーの瞳には落胆も憤怒もない。ただ当たり前の選択だな、と語っていた。
「……」
スバルは何も言えず、ただそれを見つめていた。
スバルもまた士郎の、その否定の言葉に、呆れていない。
ただどこか安堵していた。
……あんなにも辛い戦いをずっとしてきたんだ。大切な人を殺されて、それでも戦おうとして――――もう、士郎は休んでも良いはずだよ……。
そう思い、アーチャーの消え行く体を黙って見つめ――――
――――瞬間、士郎の掌がアーチャーの心臓≠掴み取った。
「な、――士郎っ!?」
「……貴様」
驚く声はスバルとアーチャーのものだ。
士郎は口の端を吊り上げて。
「ああ、嫌に決まってるさ。もう俺は、世界が滅びるところを見るのも、大切な人達が殺されていくのを見るのもゴメンだ! ――――だから、終わらせる。全ての因果を、この世界で!」
そう、声高く宣言した。
「……言峰を打ち倒すというのか、この世界で。今まで何十、何百、何千と挑んで倒せぬ相手を、このたった一回で倒すと?」
士郎はその言葉に行動で返すと言わんばかりに、手の中にある泥のような心臓を握りしめた。
ズズズズ、と心臓≠ェ士郎の中へ浸食していく。
同時、首からぶら下げているデバイス――――F・H≠ェ輝きだした。
共鳴しているのだ。アーチャーの心臓、それもまたエミヤシロウが故に。
びきびきびき、と鋼が首から左腕にかけて浸食していく。心臓≠フ浸食と拮抗するように。
「が、ぁ――――あっ!」
「士郎!!」
……これ、まさか、デバイスが暴走している!?
デバイス、F<Vリーズ。衛宮鈴の母、衛宮凛がどこからか調達しチューンした、ストレージとインテリジェント、番のデバイス。
その内の一機、士郎の持つF・H≠ヘ他にはない、独自の機能を持つ。
術者の身体と機械融合し、一時的に術者の身体能力を跳ね上げるシステムだ。
浸食型デバイス――――魔法と機械による二重強化。
それが、今、アーチャーの心臓、その魔力の余波を受け、半ば暴走しているのだ。
いい? そんな危なっかしいデバイスだから、使用には注意するのよ? 下手なことをされれば、暴走起こして、アンタの体を飲み込む可能性があるから
かつて鈴は、士郎にそう忠告した。その忠告は今、現実に顕在化していた。
スバルは慌てて、それを止めようとする。が、士郎は「大丈夫だ」と口にした。
「これで、いいんだ。きっと、全てに意味はあった。俺の世界≠ェ軒並み壊れた先に、この世界≠ノ辿り着いたことも。俺と鈴が出会ったことも、お前と――――スバルと出会ったことにも!」
そう。
ありとあらゆる事象に意味があった。
役割と言ってもいいかもしれない。
『それ』は収斂していき、たった一つの結果を顕現させる。
――――幻想の心臓=B
まるでこの瞬間が分かっていたように名付けられたデバイスも、その一つだ。
「アーチャー、お前はずっと……待っていたんだろ。自分を、自分たちを解放してくれる存在を。いや、そんなことは関係ない。お前が遠坂凛のサーヴァントなら、アイツを裏切る行為なんて、出来るはずがないんだから……!!」
「……」
――――答えは得た。大丈夫だよ遠坂。オレも、これから頑張っていくから――――
その言葉を、裏切りたくなかった。
だけどもこの体はサーヴァントで、聖杯=\―この世、全ての悪≠フ令呪から逃れることなんて出来ない。
だから、せめて――――
びきびきびき、と浸食する鋼と、ずずずずず、と浸食する心臓≠ェ――ぶつかり合い、拮抗した。
「ずっ――――!」
体中を荒れ狂う魔力の波。顕在化する剣が、全身を内側から突き刺していく。
それでも、士郎は言葉を綴るのを止めない。
「スバルを助けたことも、鈴を殺さなかったことも、黒い太陽≠破壊したことも! 全部、全部、そういうことだったんだろ! 人を殺したくなくて、でも人を殺し続けて――――それでも、お前は……!!
――――ずっと、遠坂凛を裏切ってなんかいなかった……!!」
それは買いかぶりすぎた、とアーチャーは思った。
最初の方はともかく、幾度となく世界を殺す%烽ノ、少しずつ諦観が混じっていったのも事実だ。
スバルを助けたのはあわよくば、という思いに過ぎないし、鈴を殺さなかったのも、遠坂凛に対する罪悪感からだ。
自分も、衛宮士郎が同様、何もかもを諦めていた。
だが、それでも士郎は言葉を止めない。まるで、そうあれ≠ニ願っているようだった。
「だから……!!」
拮抗する鋼と心臓≠ヘ、一点に向かって収束していく。
それは丁度、士郎の左胸の辺り――――即ち、心臓に。
ぎちぎち、と体の中が掻き乱されていく感覚に必死に耐える。
血と汗で、全身が塗れていた。
それでも魔力の収束を止めない。
胸を鷲づかみにし、ひたすらに唱え続ける。
――――体は。
「だから、お前は……!!」
そう。
スバル・ナカジマが、衛宮士郎のことを、正義の味方と信ずるならば――――
「お前は、正義の味方なんだよ……っ!! アーチャー!!」
――――体は剣で出来ている――――
咆吼した、瞬間。
魔力光が、溢れた。
光は風と共に吹きすさんだ。士郎の心臓付近から吹き出すように、黄金色の輝きが舞い散る。
それはまるで朝焼けの光のようで――――
「……っ!」
突然の光に、スバルは思わず目を閉じた。
そうして、再び目を開く寸前。
――――ばさり、という。
外套が翻る音が聞こえた。
目を開く。
そこには――――
アーチャーとよく似た、しかしどこか違う、紅い外套を纏う衛宮士郎の姿があった。
その姿を見て、アーチャーはふ、と笑った。
「オレが――――正義の味方、か」
「ああ、そうだ。俺たちは、色々迷走して、諦めて、それでも――やっと、正義の味方に、なれたんだ」
果てのない理想、描いた世界。
あの頃と変わらずに在る――――黄金の輝きに。
「そうか。なら――――頑張った甲斐、あったかな。遠坂……」
――――ほら、何もかもが、報われていくよ。
士郎はアーチャーを見つめる。
「俺たちは、さ。『前提』を間違えていたんだ。簡単な話だ。正義の味方ってやつはさ――――」
ぐ、と腕を抱きながら、泣きそうな顔で。
「――――なろうとして、なれるものじゃないだろ?」
そんな、当たり前のことを呟いた。
アーチャーは、面食らったように目を見開き。
「ああ――なるほど、その通りだ。実に――その通りだ」
くくく、といつもの笑みで笑った。
スバルはその光景を見て、何故だか涙が溢れて止まらなかった。
長い、長い旅路。それをもたらしたのは、たった一つの言葉。
――――正義の味方になりたかった、という養父の言葉。
それにずっと縛られ続けてきたせいで、こんな簡単なことも見逃していたのだ。
正義の味方は、なろうとしてなれるものではない。
善も悪も、是も非も、関係ない。そこに信念も信条も入り込む隙間などない。
それは、意思。
誰かを、何かを助けようとする――――黄金の意思。
それを。
人は――『正義の味方』と呼ぶのだ。
正義の味方は、なろうとしてなれるものじゃない――――
そんな、極当たり前なことを。
――――……どうして、誰も言ってあげなかったのか。
何もかもが滅んで。
大切なモノが全部無くなって。
誰にも誇ることも出来なくて。
一番伝えたい人は、もういないというのに――――
「泣くなよ、スバル」
迷い続けた旅路の途中で、後悔の欠片で傷を負ったけど。
それでも、探し続けた答えは、今此処に。
小さな、その右腕が、握っていた。
「まだ何も終わっていない。だから――――」
穢れてしまうこともあった。流されていくこともあった。
だけど、そう。
父から受け継いだ理想。星空に誓ったあの言葉は。
間違いじゃ、ないから。
だから。
「――――正義の味方を、始めよう」
ばさ、と外套を翻し、士郎はアーチャーに背を向けた。
「行こう、スバル。この黒の世界≠ヘ囮、敵の本命はミッドチルダだ」
黒の世界≠ノ来る直前に出会った間桐桜。
あれは紛う事なき敵、全ての元凶――――言峰綺礼に他ならない。
言峰が何を思ってずっと聖王教会に潜伏していたのかは分からない。だが、そのやり口は既に理解している。否、思い出している。
桜の外見を利用し、その世界の情報を集め、そして『触媒』を探す。
サーヴァント・黒い影≠ニいった端末ではなく、この世、全ての悪*{体を完全再現するための『触媒』を。
こうして動き出したということは、既に『触媒』は見つけているのだろう。
「はやて達だけじゃ危険かも知れない。だから、早く行かないと」
その目にはもう迷いは無かった。
虚ろではなく、しっかりと前を向いている。スバルの知っている士郎――あるいは、それ以上に、その目からは重い何かが感じられた。
スバルは、その目に応えたかった。自分のことを呼んでくれる声が嬉しかった。
だから。
「……うん。始めよう――正義の味方を」
士郎と同じ言葉を、自らのことを正義の味方≠そう呼んだ。
衛宮士郎とアーチャー。二人は自分のことを信じてくれた。その信頼に応えたい――というスバルの想い故の言葉だった。
ごごごご、と塔≠ェ大きく軋み始める。いや、それは塔≠セけではない。
世界¢S体が、軋んで震えているのだ。この世界を産み出していたロストロギア――ユグドラシル≠ェ黒い太陽≠フ破壊により、停止してしまったからだろう。
この世界は、崩壊する。
だから、スバルは。
「アーチャー、行こう」
そんな、絶対に叶わないはずの言葉を口にした。
スバルの目にも確固として、アーチャーの体が散って消えているのが映っているのにも関わらず。
それでもスバルはアーチャーに手を差し伸べる。
「本当に――お前は、どこまでも傲慢なのだな……」
は、とスバルを嘲るように笑うが、アーチャーはその手を取った。
そうして、消え行く体で一歩前に出て、士郎とスバルを追い越した。
二人はその背中を見る。
鋼のような背中は、消える寸前だというのに、儚さなど微塵も感じられない。
それでも、胸を締め付けられるほど切ないのは何故だろう――――とスバルは思った。
アーチャーは、ぽつりと、震えるような声で。
「――――お願いだ、この悪夢を終わらせてくれ。もう、嫌なんだ。オレはもう、あんなセイバーを見たくない……!!」
そう、呟いた。
ああ――そうか、と士郎は確信する。
遠坂凛への言葉だけではなかった。
スバルを助けようとしたのも。鈴を殺さなかったのも。黒い太陽≠破壊してくれたのも。
全部、それが理由だったのだ。
意思も、体も、何もかも黒い影≠ノ飲み込まれてしまったセイバーを。
気高く、凛々しい――けれどもどこか甘さを捨てきれない、あの優しき騎士王を取り戻したかった。
運命の夜。魂に刻まれた、あの光景を穢されたくなくて、それを覆そうと、アーチャーはずっと――――
士郎は、はっきりとその背中を見つめ。
「大丈夫だ。アーチャー、お前の意志は俺が継ぐ。だから――――安心して、待っていろ」
そう笑って、紡ぎ出した。
は、とアーチャーの口からも笑みの息が零れた。
振り向いた顔は、いつもの誰かを皮肉るような笑顔で――――
「ああ――精々、期待しないで待っていよう」
その笑みを浮かべたまま、アーチャーは、風の中に散っていった。
「――――は。最後まで、憎まれ口叩きやがって……」
士郎は笑いながら、流れる残滓を見つめていた。
崩壊する世界の中で――その粒子達は雪のように舞い散る。
スバルはそれを見ながら、ぽつりと。
――ああ、綺麗だな。
そう呟いた。
◇
新暦81年 七月七日 危険指定世界 黒の世界
雷光と白光が絡み合いながら高速で激突する。
そんな中、ごぉ、と遠くに見える塔≠フ頂上から、膨大な量の黒い魔力が吹き上げた。
「……どうやら終わったようですね」
ぽつり、とライダーの口からそんな言葉が漏れた。
「――? ……っ!!」
ぎぃん、と大きく釘剣が振り抜かれる。
思い切りフェイトは吹き飛ばされる。が、両足を地面に着け、強引に体を着地させた。
「フェイトさん!」
黒い影≠相手にしていたティアナは、銃口をライダーに向けた。
――石化の魔眼=B最高位の魔眼が解放されることだけは防がなければならない。
だが、当のライダーにそんな様子はない。ただ無言で塔≠フ方を見ている。
「……?」
フェイトはライダーの思考が分からない。これは隙なのか、それとも罠なのか。
そう思っていると――ライダーは突如、足下の影≠ヨと沈んでいこうとする。
――……え、今になって……撤退するつもり!?
ティアナの目が驚きに開かれる。
「どういう――つもりだ」
問うフェイトの声に、ライダーはふ、と笑う息で返した。
「大したことではありませんよ。時間稼ぎは終わった――――それだけの話ですので。貴女達をこの世界に引き留める、ね」
ずずず、とその身を影≠ノ沈ませていくライダー。その言葉にフェイトは違和感を抱いた。
……時間稼ぎ? いやそれだけじゃない、ライダーは――――
違和感は確信となり、言葉となってフェイトの口から飛び出た。
「ライダー、貴女は!」
「フェイト……とか言いましたか。次こそ聞かせて貰いましょう――人形である貴女が導き出した、『答え』を」
「……!!」
――それを、確かめるために……!
やはり、という確信がフェイトの胸に湧き出る。
薄々は思っていた。だが、それは今、確信に昇華した。
黒い影≠フやり口は、どこか遠回りだ。考えつかない、という意味では妙手と言えるが、だが、それでもやはり効率的ではない。
それは一つの事実を彷彿させた。
圧倒的な戦力を誇るにも関わらず、統率があまり取れていないという事実を。
つまり。
ライダーは、否。
サーヴァントは、自らの意志で戦っているわけではない――――
フェイトは、その結論に至った瞬間、見た。
沈み去る寸前、ライダーの口が。
――――桜。
という形に動くのを。
「他の影£Bも消えていく……。どうやらスバル達はやったみたいですね。――フェイトさん?」
がしゃ、とカートリッジを装填しながら、ティアナがフェイトの元へ歩いていく。
だが、フェイトは何も言わずに、ライダーが消えた場所を見つめ続けていた。
次で、とライダーは言った。
そう、最終決戦の地はここではない。もっと別の場所だ。ならば、その場所とはどこになるのか。
「……」
はやての読みは当たっていた。そして、時間稼ぎが終了したという言葉も鑑みれば、必然、その場所も予測が立つ。
だが、それはつまり――――
嫌な予感に冷や汗がつぅ、とフェイトの頬に流れた。
ティアナは首を傾げ、更に近づこうとする。
と――――瞬間、ごぉ、と風が吹いた。
上を見れば――――そこにはXV級戦艦『クラウディア』の巨大な姿があった。
二人の頭にその艦長、クロノ・ハラオウンからの珍しく焦ったような念話が響く。
そしてその声は、紛れもないフェイトの不安を現実としたものだった。
「二人とも、すぐに『クラウディア』に戻れ。ミッドチルダが襲撃を受けている。それも最悪な形で、だ。
――――聖王教会が裏切った。首謀者は、カリム・グラシアだ」
ティアナの愕然とした息をフェイトは聞いた。
「すでになのはとシャマルさんは収監した。ロストロギアの回収は第1039航空部隊とスバル達に任せる。だから、君達も早く乗れ。急がないと、何もかもが間に合わなくなる……!!」
きん、と二人の足下に転送の魔法陣が浮かぶ。
「フェイトさん……!」
「うん、分かってる。はやての対応は外部からの襲撃に対してのみだ。内部から、それも聖王教会の裏切りなんて想定していない」
全ては黒い影≠フ手の内だった。
フェイトは思う。
この裏切りは本当にカリムの仕業なのだろうか、と。
黒い影≠焜Tーヴァントも、聖王教会が裏で糸を引いていたのだろうか、と。
違う、と思った。理屈ではなく、感覚がそう告げている。
そう。聖王教会なんて比じゃない。もっともっと巨大で、おぞましい闇が見え隠れしている。
仮に。
もし、全てを仕組んだような黒幕がいるのだとしたら――――
――――それは尋常な精神ではない。かつてのプレシア・テスタロッサ、ジェイル・スカリエッティすら超える、正真正銘の性悪だ。
そして正義の味方と名乗る、一人の青年。
黒い影≠ニ管理局、サーヴァントと魔導師達、悪役と正義の味方――――
まるでチェスゲームだ。偶然と言うには、あまりに全てが揃いすぎている。
これは一体、何を意味しているのか。
この世界は、何処に向かおうとしているのか。
果たして、戦いの先。
全てが終わったとき――自分たちは一体どうなっているのか。
フェイトには分からない。全部が全部、外側で事が起きていて、自分はまるで蚊帳の外だ。
だから。
「ねぇ、教えてよ、士郎……っ! 君は、君達は、一体私達をどうしたいというの……!」
問う声は酷く静かに、風に舞って、消えた。
誰にも届かず、ただ、静かに。
◇
新暦81年 七月七日 ミッドチルダ 中央区画 首都クラナガン 外縁部
ひゅう、と空風が吹く。赤い髪をたなびかせながら、ウェンディはノーヴェに問いかけた。
「あちらさん、放っておいても良いんスかねぇ。何かすげぇ大変なことになってるみたいっスけど」
「――――聖王教会が裏切った、か。そこんとこ、どうなんだよ。教会組」
セイン、オットー、ディードは苦虫を噛み潰したような顔でそれに返す。
「あたし達は、ここ最近、ずっと管理局にいたから……」
「うん。確かに、どうにも様子がおかしいとは思っていたけど。でも……」
「まさか、裏切りとは、ね。僕も流石に、この事態は予想出来なかったよ」
ディエチが頭に手を当てる。だが、じじ、というノイズが走るだけで返ってくるはずの声はない。
「……通信妨害。戦況は、不明。はやて隊長とシグナム副隊長……機動六課の消息も分からないね」
ふぅ、と溜息を吐くのは、チンクだ。
「かつて敵だったはずの姉達がこうしてミッドチルダを護り、かつて味方だったはずの聖王教会が牙を剥く――――か。ドクターや姉様達なら、これだから世界は面白い≠ニ笑うだろうな……」
その溜息を、ノーヴェは右拳を左手にぶつける音で掻き消す。
「ひとまず聖王教会云々は置いておこうぜ。まずは――――『アレ』を何とかしねぇと、な」
その言葉に促されるように、全員が前を向く。
ナンバーズ、そして同じ任務を負った管理局の魔導師部隊は、その光景を視界に入れた。
首都の外縁部、廃棄区画の一つで。
鈍色の空を背にした――――夥しいほどの黒い影=B
既存の人型=Aキャスター型≠セけではない。バーサーカー型≠竍ランサー型=Aそしてアーチャー型≠ニいった新しい種類が多数確認出来る。
敵の戦力は、考えるまでもなく、上昇していた。
だが、ナンバーズや魔導師達の瞳はそれらを見ていない。
そんなものより――もっと、遥かに、恐ろしいモノがある。
黒い影≠フ中心、先頭。まるで影£Bを付き従えるように引き連れている――――
――――黄金の、王が。
その瞳が、ぎらりとこちらを睨んだ。
「――――!!」
弾けたように、全員が動き出した。と、同時、首都防衛機構が動き出す。
魔力炉で動く光線兵器が、黒い影≠ノ牙を向けた。
精鋭部隊と最新鋭の装備。壮絶とも言える魔力の弾幕に、黒い影≠ェ散っていく。
だが、黄金の王は微動だにしない。辺りに舞う黒い燐光をつまらなさそうに見つめている。
その間に弾幕が王に直撃する。が、それは何か見えない壁に阻まれて、一向に鎧にすら届かない。
ふん、と鼻を鳴らして。
直後。
――――ずん、と大地を震撼させるような一歩を踏み出した。
その手にあるのは――――
それを見て、ぞくりとチンクの体が総毛だった。
今までにないほど、警鐘が頭の中で打ち鳴らされる。
その思いのままに。
「っ! 皆、逃げ――――」
叫ぶが。
「――――退け」
間に合わず、苛立ちを含んだ一言と共に、乖離剣が放たれた。
一撃。
ただの一撃で――首都防衛隊は壊滅した。
そして――――
ざしゃ、とノーヴェの右腕を足で踏み砕きながら、黄金の王は黙って火の手の上がる首都クラナガンを睥睨した。
「くそ、――――化け物、め」
ノーヴェは全身を貫く痛みに耐えながら、吐き出すように言った。
王はそれを一瞥もしないで、ノーヴェに背を向け、首都に向かい歩き出した。
「……つまらん。キレイめ、我を二ヶ月も待たせた挙げ句がコレか。楽しませるどころか不快にさせるとは……王への見せ物を何だと思っているのか」
ち、と舌打ちし、そして頬にそ、と手を当てた。
「お前は楽しませてくれるのだろうな……。英雄気取りの女よ。もしこれ以上、我を不快にさせるというのならば」
その時は。
「お前が護るモノ、何もかもが木っ端微塵に散ると知れ」
黄金の王――ギルガメッシュはそう呟き、全てを殲滅させるため、その足をクラナガンへ向けた。
その視線の先。
燃えさかる首都の中で、ヴィヴィオはザフィーラの背に守られながら、恐怖に震えていた。
止まらない悪寒。三ヶ月前と同様、頭の中がシェイクされるほどの恐怖が全身に走っていた。
その感覚から逃れるように。
「恐い、恐いよ……お母さん、お母さん――――
――――助けて、ママぁ……!!」
震える声を絞り出しながら、涙を零した。
――――そして、予言成就の時が始まる。
→EP:13
Index of L.O.B
|