二ヶ月前――――
新暦81年 五月四日 ミッドチルダ 北部 聖王教会
「カリムさん――――貴女は、聖王を蘇らせてみたくはないですか?」
言峰綺礼は、口の端を歪め、カリム・グラシアに問うた。
夜の厳かな礼拝堂の大気が、その言葉を更に重々しくする。
カリムは声色の冷たさに背筋が震え、それでも、その言葉が何を意味するのか反芻し。
「……それは、一体どういう事ですか」
厳然たる態度で、視線の先、檀下にいる言峰にそう問い返した。
無意識の内に本能が警戒していた。――何か良くないことが起きている、と。
邪悪、としか表現できないような笑みで、言峰は笑う。
「聖王教会に保護されて、一ヶ月。私は様々なこと知りました。この世界の成り立ちと魔法というシステム。そして、古代ベルカの戦乱――聖王統一戦争=Bそこから派生する聖王教という宗教の樹立と時空管理局の設立。――それらの歴史を踏まえ、現状を考えたとき、一つ分かることがあります」
言峰は一拍おいて。
「――未だこの世界は黎明期にあり、不安定だということ。ここ数百年間で、滅びと再生を幾度も繰り返していることが、その何よりの証明です」
カリムは言峰の視線を受ける。
腹の底を見透かされているような、ぞわりとした感覚。しかし、それでも、なお毅然として振る舞う。
「言峰さん、確かにアナタの言うとおりです。この多次元世界は何もかもが不安定です。『完成された魔法技術』を誇っていたアルハザードがあった安定の時代≠ヘ崩れ去り、再び黎明期へと世界は落とされました。――でも、それがアナタの言う聖王様の復活とどう関係あるというのです?」
「カリムさん、アナタも気付いているはずだ。――管理局システムは不完全だ。いつか、必ず崩壊すると」
「……!」
元より数百以上もの次元世界を、たった一つの組織で平定させることこそが無茶なのだ。それを強引に押さえ込み、無理矢理平和としているのが現在の管理局の実情だ。
その証拠に、『陸』は常に人手不足とされ、幼い子供までもが実力重視を謳い、戦場に送り込まれている。そして、そんな歪みに反発する、生まれるべくして生まれた反管理局組織。
抑えに押さえ込んだ反動――それは、いつか何倍にも膨れあがり、管理局自身へと還るだろう。
「今以上のテクノロジーを持ち、かつて栄華を誇ったアルハザードですら、滅びたのです。増して、この不完全なシステムでしかない管理局がどうなるかなど、自明の理でしょう」
言峰は楽しげに、まるで歌い上げるかのように、管理局の結末を語る。
だから。
「――そんなことは分かっています。聖王教会も、管理局自身も。でも、そうしなければ、この世界は立ち行かなくなる」
幾ら管理局が不完全で、歪んでいたとしても、今、世界が安定しているのは事実だ。もし管理局が無ければ、また滅びれば、一気に治安は悪化し、旧暦時代の戦乱期が再び訪れる。
良くも悪くも、時空管理局という組織は、今のこの世界には必要なのだ。
だが。
「そうですね、その通りです。管理局は必要な組織。しかし、いつか自壊してしまうのは目に見えている。では一体どうしたら、その滅びを免れるのか。この平和を安定させる方法とは何か。――カリムさん、アナタはそれを知っているはずだ」
「……っ! 言峰さん、アナタ――――!」
「あなた方は、やりすぎたのですよ。六年前のJ・S事件――恐らく、気付いている人も多いでしょうね」
くくく、と笑い、そして。
「――聖王教会は、聖王の復活≠ノよる多次元世界の平定を狙っている。栄華を誇った旧暦の時代の再現を、アナタ方は望んでいる。時空管理局に付いたのも、それが理由でしょう」
カリムの瞳を真っ直ぐに見つめ、言った。
「……!」
「聖王クローン――確か今は高町・ヴィヴィオという名だったか。そして『聖王の揺りかご』……。その全てに最高評議会が絡んでおり、その繋がりは『聖王』だ。あの事件の裏側に、聖王教会が一枚噛んでいるのは明らかではないかね?」
口調を変え、言峰は更に言葉を続ける。
「そもそも聖王クローン≠ニいうからには、元となるD.N.Aが必要だ。――では、その元となるD.N.Aはどこよりもたらされたのか」
「それは……十年前に聖遺物が盗まれて……!!」
「そう――ある司祭が自らの欲望のために聖骸布を盗み、結果として各地にばらまかれた。だが、その原因も、管理局側にあるのだとしたら?」
は、とカリムは息を呑んだ。
「何故、そんなことが分かるのです。そもそもJ・S事件の裏に、聖王教会が絡んでいるなんて――」
言峰はくくく、と喉を鳴らし、両手を後ろで組む。
「秘匿していたつもりか? 確かに公的なアナウンスでは、その事実は隠蔽されている。最高評議会とレジアス・ゲイズという分かりやすい黒幕≠隠れ蓑とし、聖王教会は、その責を逃れた。しかし、だ。事件の経緯を、こうして追ってみれば――実に分かりやすく語っているではないか。聖王の復活、それを一番望んでいるのは誰か。そんなもの、考える必要もあるまい」
実際に見たわけではないがな、と笑う。
「……っ」
カリムは息を呑んだ。
言峰の推測は――ほとんど真実に近かった。
J・S事件。あの忌まわしき事件の裏側に、聖王教会が一部噛んでいることは確かな事実だ。
だが、それは完全に隠蔽されたものだ。人々の噂の端に上ることがあっても、証拠は全て隠された。
最高評議会と繋がっていた聖王教会の重鎮達は、その責を負われ、今では拘置所の中にいる。
しかし、立場上、システム上、聖王教会はそのことを人々に公表するわけにはいかなかった。
多数の信者を抱える聖王教会。――下手をすれば暴動が起き、内部崩壊を起こす。それを回避するためにも、教会は隠蔽しなければならなかったのだ。
だが、その事実は、一部の将校と執務官、教会の司教ぐらいしか知らないはずだ。
カリムは、つ、と冷や汗を流す。
推測の正しさ。この一ヶ月間、全く外に出なかった言峰が、それを叩きだしたという事実に戦慄する。
言峰は、言葉を続ける。
「ということは、だ。聖遺物が盗まれたのは建前≠セと見るのが妥当だろう。
――聖王を蘇らせるために、その研究を進めるための」
その理由は。
「管理局側はいずれ来るシステムの崩壊を防ぐ≠スめに、聖王教会側は教主の復活≠フために。お互いがお互いの旗印を得るために、二つの意思は『聖王』という目的の元に一つとなった」
だが。
「本来ならば秘密裏によって行われるはずのソレが、ジェイル・スカリエッティの反乱により、全てが表に出てしまった。実験体である聖王クローンと、評議会側の切り札である『ゆりかご』は、局や教会の思惑を裏切り――本来より、ずっと早く人々の前に姿を現してしまった」
言峰は片手を前に、何かをすくい上げるようなそんな掌をカリムに向ける。
「結果、『完全なる聖王』の復活という計画は中止せざるを得なくなる。管理局も教会も一枚岩ではないみたいだからな。何にせよ――教えを遵守しなければと人に流布する聖王教会と法を守るべき管理局が、自ら管理局憲章に違反しているというのは、あまりに危険だ。故に人前に出てしまったこの計画は自然、反発を受けることになる。結果――二つの組織は評議会側と反評議会側という、各々二つの派閥に別れることになる。
――さて、アナタはどちら側の人間かな?」
楽しげに問う言峰。
カリムは、数拍の沈黙を置いた後。
「教会も一枚岩ではない――確かにその通りです、言峰綺礼さん。そして、私は何も知らない側だった」
ここで嘘を言っても仕方がない。カリムは本音を深呼吸のように吐き出した。
思い出す。全てが最高評議会によって仕組まれ、そしてそこに聖王教会の上層部が関与していることを知ったときの絶望を。
「アナタも知っているとは思いますが、聖王教会には幾つもの派閥があります。旧派、改派、新派――J・S事件で大きく関与したと思われるのは旧派、それも一部の聖王絶対≠唱える過激派です。……旧派の筆頭騎士と呼ばれる私が、それに気付かなかったのは、確かに滑稽な話ね」
ふふ、と自嘲した。
言峰は頷き。
「――やはりアナタは素晴らしい。アナタは自分の責を自分で背負うことの出来る人間だ。同時に聖王の神託を守る敬虔な信徒でもある。そうでなければ、ここまでの地位は得られなかっただろう。ならば――」
一つ、そこで息を吸う。
口端が歪み、更なる笑みが刻まれる。
「アナタは思っているはず。聖王がいれば、と。違いますか?」
「……!」
つ、と冷や汗が頬を伝った。言峰の言葉は鋭利で、どこまでも胸を抉る。
頭を振る。騙されてはいけない、と。
言峰綺礼は、聖王教徒なら誰もが保つ欲求を突いてきているのだ。
聖王様がいれば、この不安定な世界もきっと救って下さる。そう、あの戦乱の只中にあったベルカを統一したように。
それはいかな宗派の聖王教徒であれ、大なり小なり持ち得ている願望だ。
だが、そんなことに首肯出来るはずがない。
『完全なる聖王』の復活――それはJ・S事件で取り上げられた例を出さずとも、管理局憲章に違反しているのは明確だ。
『プロジェクトF.A.T.E』やレリック≠ネどの違法技術がどうしたって絡んでくる。
故にわざわざ評議会と旧派の過激派は、聖遺物の窃盗などという茶番劇を行ったのだ。聖王クローンの研究を進めたのは自分たちではない、という建前のために。
ここで言峰の問いに頷いてしまえば、それはつまり、違反を犯したい≠ニ言っているのと同意だ。
管理局と関係を密にし、教会の筆頭騎士であるカリムが、その人生を否定するようなことがどうして出来ようか。
だから。
「――望めるはずがないでしょう。それはJ・S事件を再現したいのか≠ニいう問いに他ならない。それに、もし仮に聖王様が復活なさるのだとしたら、それは人の手によるものではなく、神の御力によるものでなくてはなりません」
故にアナタの問いに意味はありません、とカリムは言い放った。
――だが、言峰綺礼は、そんなカリムの胸中ですら読み取る。
「そうか。それはつまり――神の力による復活ならば良い、と。そうお前は言いたいわけだな?」
「――っ!?」
は、とカリムは息を呑む。その瞳は見開いている。
そこにはあるのは驚きだけではなく――僅かに期待の感情が垣間見えていた。
「そうだ。カリム・グラシア。お前の思った通りだ。――私には、聖王を蘇らせるための神の力≠ェある」
その顔が見たかった、とばかりに言峰は笑う。
は、とそのことにカリムは気がつき、ぞくり、と悪寒が背筋を走った。
そしてもう一つ。言峰の今の言葉は、ある一つの事柄を示している。
それは。
「アナタ――記憶を……?」
いや、違う。
全て思い出したのではなく。
「――……まさか、アナタは最初から、何も忘れてなんかいなかった……!?」
否定も肯定もせず、言峰はただ笑って告げる。
「頷けばいい。教会が望み、管理局が望み、世界が望み、――そしてお前の望み通りに、聖王は蘇るだろう」
「っ――……代償を言わないのは卑怯ではないですか? 魂でも取ると?」
負けない、とばかりに口元を吊り上げ、カリムは皮肉を口にする。
言峰はふ、と笑って、再び口調を戻す。
「カリムさん。私はアナタ達、聖王教会に救われた借りがあります。私はただ恩返しがしたいだけなのですよ」
優しく、しかし重い。そんな言葉だった。
ふぅ、とカリムは一つ、息をついた。
言峰綺礼の狙いは分からない。何を考えているのか、全く予測も付かない。
だが、と思う。
言峰は茶番劇を行うことにより、聖王教会に匿われた。それは恐らく情報収集のため。
にもかかわらず、こうして動いたのは、つまり、もうその目的は果たしたということだろう。
ならば、言峰の思惑はどうあれ。
「――嘘はついていないようですね」
聖王が蘇る。そのことは、間違いなく真実だろう。そうでなければ、この問答は何の意味も為さない。
聡明だ、と呟いて、言峰は笑い、頷いた。
カリムは黙考する。
不安定なこの世界のことを思い、教義を思い、管理局の矛盾を思った。
この問いに肯定することによって得られるだろう結果。何を得、何を失うのか。
そして、聖王の復活は、その何よりも優先されるべきだ、と考え。
「ああ――――そうか」
――それら、思考の一切合切を放棄した。
「……言峰さん。私は、アナタの問いにこう答えます。――否、と」
カリムは言峰の顔を真っ直ぐに見つめて、言った。
興味深い、とばかりに言峰は笑みを深める。
「ふむ。聖王教の信徒であれば、この問いを否定できるはずはないのだが。カリム・グラシア、私はその否定の理由を、再び問おう。――何故、と」
カリムは静か笑みを湛え、慈しむように胸に手を当てた。
「私はこう思うのです。今こうして私達が生きているのは、全て聖王のおかげ。聖王がベルカをまとめ上げ、長く酷い戦乱を収めてくれたからです。死してなお、聖王様は神託をまとめた教譜≠以て、私達を導いてくれています。……確かに今、世界は苦境に立たされています。黒い影≠セけではなく、管理局の矛盾、反時空管理局、秘密結社『ク・リトル・リトル』の暗躍。ありとあらゆる場所で戦乱の火だねが燻り、下手をすれば先史時代の時空戦争の再来です」
唇がしかし、という形を取るが、それを止め。
深呼吸をし、再び口を開く。
――だからこそ、と。
「私達は、それに自らの力を以て、立ち向かわなければなりません。聖王≠ニいう過去ではなく、私達≠ニいう現在で困難は解決されなければならない。過去に縛られるのではなく、未来へ向かう――そのために聖王様は教譜≠ニいう道標を残して下さったのです。――それはつまり」
胸に置いた手を組み、祈りの形を取った。
そして目を瞑り。
「聖王様は――――私達の心にいるということに他なりません。故に、アナタの問いは無意味です。聖王様は、とうに復活しているのですから」
聖王教会の聖女は、全く穢れ無き姿で、言い放った。
対し、言峰は無言だ。
カリムの言葉を否定するのでも、肯定するのでも、納得するのでもなく。
ただ。
「――――お前は、つまらない」
と、言葉の通りの態度で、口にした。
祈りを掲げるカリムを、茫洋な瞳で見つめる。
「少しは見所がある、と思ったのだがな。そんな詰まらなく、下らない偽善の綺麗事を吐くとは。――ふ」
呆れの吐息。
今、言峰綺礼の中で、一つの審判が下された。
そうか、と呟き。
「カリム・グラシア。お前は――所詮、象徴に過ぎなかったな」
騎士ではなく、単なる偶像だ――と言峰はカリムに、その結論を断罪のように下した。
そう言われてもなお、カリムは祈りの形を崩さない。
――ただ敬虔であればいい。教徒にとっての理想を、カリムは体現し続ける。
そうして、言峰を見て。
「ふふ、象徴? 偶像? ――そんな言葉で、私の祈りは倒せない」
厳然として、対峙する。
言峰はやれやれ、と肩を竦め。
「それはアナタが何も知らないからこその言葉でもある」
言うが、しかし。
「それでも、私は、だからこそ、この敬虔を選ぶ」
カリムは崩れない。敬虔なる信徒であり、同時に剣を執り戦う騎士でもあるカリム・グラシアは、かくあろうとする。
だが知れ、教えを守る殉教者よ。
「ならば、教えてやろう。この世の真理を。――それでもなお、祈り続けることが可能かどうか」
この世には、神をも凌駕する悪意がある。
「――――己の中の、聖王様に問うといい」
瞬間、言峰綺礼の背後から、ゆらりと――黒い影≠ェ現れた。
それが何を意味するのか、考える暇もなく。
「――っ!!」
カリムは、泥のような影≠ノ、跡形もなく飲み込まれた。
そして――――
「……気分はどうかな、カリム・グラシア」
言峰は蹲り、肩を抱いているカリムに、そう語りかけた。
その表情は、歪んでいた。
ただただ涙を流し、連続した吐息が漏れ、嘔吐きを繰り返す。
数瞬の時が流れる。
言峰は、その姿を楽しげに、愉しげに見つめる。まるで芸術品を愛でるかのように。
そうしてカリムは、突然何十年も年を取ったかのような、嗄れ、渇き切った声で。
「ああ――こんなにも、人間は……醜かったのですね」
と、震えながら呟いた。
言峰の笑みが、横に裂けていく。
笑う。嗤う。
――穢れてしまった聖女の姿。その絶望が、何よりも美味であると、その笑みが語っていた。
「そうだ。それこそが、人間の本質であり、それを知らずして、世界は語れない。――さぁ、再び問おう」
言峰は大きく手を広げる。その背後に伸びていく影から、ぞぞぞ、と人型の黒い影≠ェ聳え立つ。
ステンドグラスから伸びる月光が、彼ら≠荘厳に、壮麗に照らし出す。
絶望を喰らい、聖女を堕落させ、世界を滅ぼす邪悪。
――――その魔が、問う。
「貴女は、聖王を蘇らせてみたくはないですか?」
再びの言葉。
カリムは、何かに縋るような目つきで、こくりと頷いた。
八神はやてがカリム・グラシアに腹部を刺される、その二ヶ月前の出来事である。
■
新暦81年 七月七日 危険指定世界 黒の世界
「おおぉおおおおおおおおお――――っ!」
咆吼。そして、激突。
魔力光が散り、辺りが激震する。
狂化≠オ、何倍にも膨れあがった膂力に振るわれる斧剣が、エリオの火花散るストラーダが衝突したせいだ。
爆ぜたように、バーサーカーとエリオが弾け、お互いに距離を取る。
「フリード! ヴォルテール!」
キャロが叫び、ブースト魔法が発動する。魔力は二匹の竜へと流れ。
おお、と吼えた。
爆砕する。二匹の竜から放たれる白と紅の炎弾が炸裂し、辺りを染め上げる。
しかし。
「■■■■■■■■■■■■■■■■■■――――っ!!」
黒色に揺らめく巨体は健在。
それも当然だろう。バーサーカーの持つ十二の試練≠ヘ、この程度では揺らがない。
英雄ヘラクレスは、その身を狂気に置こうとも、その程度では決して倒れない。
バリアジャケットを着たユーノと、成人体のアルフが、バーサーカーに両の掌を向ける。
「……ユーノ! やっぱりこのデカブツ、半端な術式が通じないよ!」
「AもAAも駄目、AAAでも通るかどうか……! なら、方法は一つしかない!」
両の掌の先と足下に、それぞれ三重のミッドチルダ式魔法陣が展開される。
ユーノはぎちり、と掌に力を込め。
「エリオ、キャロ! ――十分だ。それまで何とか持ちこたえてくれ……!」
「あたし達は術式の構築に精一杯でサポートできないよ! アンタ達の力でやるんだ!」
二人は高らかに叫んだ。
――十分……か。
噛み締めるようにエリオは呟く。
狂化したバーサーカー相手に十分。キャロのサポート、フリードとヴォルテールが居るとはいえ、それはあまりに長い時間だ。
それでも。
「――エリオ君」
「ああ……やろう、キャロ。俺と君の――二人で!」
強くなる。そのために生きると、あの星空の下、二人で決めた。
だから、その生き方を貫くためにも。
「俺は……!!」
術式構築完了まで残り
――10:00
◇
螺旋階段を駆ける足音は一つ欠け、三つ。
局員の制服をラフに着込んだ衛宮士郎と、七色の宝玉が埋め込まれたアームドデバイスを手にした、黒のインナーと紅色のローブをはためかす衛宮鈴、そして――鉄の右腕を振る、青と白のジャケットを着たスバル・ナカジマだ。
頂上に近づけば近づくほど、どくんどくんと不気味な脈動が三人に響く。
走りながら、鈴は舌打ちする。
「何、この魔力。膨大なんてレベルじゃないわよ、これ。数百のロストロギアを臨界させる魔力……黒い影≠チて、どれだけ規格外なんだか」
そこで、ふ、と笑う。
鈴はスバルを見て。
「――ま、こっちには蒼穹の走駆者≠ェいるんだから、頼もしいものよね」
スバルはあはは、と困ったように笑い。
「もう。鈴、止めてよー。私、そんな凄い名前で呼ばれるような人じゃないってば」
「何言ってるのよ。J・S事件から始まり、あのエクステリア事件の解決。特救のソードフィッシュ、蒼いストライカーの名前は、若手じゃ知らない人の方が珍しいわよ? 確か、人命救助の為に生まれ育った≠ニか言われてるのよね」
恥ずかしいなーと呟きながら、スバルも同じく鈴の方を見る。
「そういう鈴だって、結構有名じゃない。えっと、七色の魔導師=H レアスキル『万華鏡』による真なる万能≠セったっけ。ヴァイスさんやアルトから噂は聞いてたんだよね、鈴達のチームのこと。その――色々と」
色々の部分で、鈴は、う、と呻いた。
「あのおしゃべり達め……二つ名≠ネんてメディア戦略の一つに過ぎないのに、皆踊らされ過ぎよ。全く……呼ばれた方は堪ったもんじゃないわ。ねぇ、スバルさん?」
「それ、鈴が言うんだ。……あー、前から言おうと思ってたけど、私のことは呼び捨てで良いよ。私の方が年上だけどさ。鈴にそう呼ばれると、何だかこそばゆいや」
「うぅ、確かにあんまり年上って感じはしないけどさ。階級的に、それどうなんだろう……?」
あはは、と笑う二人。
士郎はその姿を後ろから見て。
「――はぁ、何だか二人ともすごいんだな」
そんなことを言った。
二人は振り向き、目を丸くした。
そうして。
「は、あはははは! 三英雄≠ェ揃い踏みしている六課で、今更何言ってるんだか! アンタ、不勉強にも程があるわよ?」
「あははは! でも、士郎らしいや!」
と、戦場にまるでそぐわない、そんな笑い声を上げた。
「そこまで言うかぁ――――!?」
駆けながら、三人は笑う。
胸の内にある不安を振り払うように。
双肩に乗っている重責を共有するかのように。
自分の中にある信念を見失わないように。
恐怖による震えを振り払うように。
いつも通り。
そうあろうとして、三人は笑う。ただあるがままに、笑う。
「――――さぁ二人とも。一つ、世界を救いにいきましょうか」
応――。
鈴の言葉と共に――三人は塔≠フ頂上階に、その足を踏み入れた。
屋内とは思えないほどの広い、吹き抜けの空間。仰げばそこには、時空間の狭間に特有の歪みが漂う空がある。
そこには驚くほどに何もない。ただあるのは。
「あれが――――」
スバルが見上げ、呟いた。
空間の奥。祭壇の上に、多数のロストロギアが圧縮され、今正に臨界を迎えようとしている黒色の球状があった。
膨張したせいで漏れている余剰魔力が、フレアを迸らせる黒い太陽=B
見上げるほど巨大なそれは、不気味に脈動を繰り返す。
その真下。文字通り守護者のように。
「――アーチャー……!」
赤い外套の男が、祭壇に続く階段を尻に、瞑目しながら座っていた。
その距離――約三十メートル。言葉が届くには、十分な距離だ。
「来たぜ、アーチャー。――お前を止めるために。世界を救うために」
士郎は一歩前に踏み出し、そう言い放った。
アーチャーは、その場から動かず、片目を開け、ただ笑みを作り。
「世界を救うために、か。どうやら相変わらず、その目出度い頭は変わらんようだな。衛宮士郎」
皮肉気に言い返した。
――やっぱこいつとは反りが合わねぇ……!
士郎は顔が引き攣らせながら、心の底からそう思った。
負けない、とばかりに腹に力を入れる。
「アーチャー……お前の目的は何だ! 何でお前は凛――遠坂を裏切るような真似を――」
――瞬間。
問うた言葉を遮るように。お前に語ることなど無いと言わんばかりに。
ひゅ、と投影された一本の大剣が風を切り。
「――――っ!」
ばきん、と鉄の腕と激突して、割れた。
「……スバル」
士郎は冷や汗を流しながら、自らを救ってくれた者の名を呼んだ。
アーチャーはそれらを見、くくくと喉を鳴らした。
「お前はいつも女に助けられる。――どうやら吹っ切れたようだな、名も知らぬ女よ」
スバルは、ぎちり、と拳を握りしめて。
「アーチャー……さん。私はアナタに言わなければならないことがあります」
厳然と、アーチャーの鷹の目を見つめた。
「アナタは私を、傲慢者と言いました。多分、それは正しい」
脳裏にあるのは、自らの信念が崩れ落ちた時の光景。
助けようとした人が死に、親友が死に、同僚が死に、そして、信念が死んだときの光景。
――――後悔しろ。これが愚者の行き着いた先だ
――――傲慢者
そんな、断罪の瞬間だ。
スバルは今、目の前のアーチャーと対峙しているのではなく――――
自らの罪と、対峙しているのだ。
苦しい、とスバルは思った。スライドショーのようにレスタの顔が浮かび、同僚の顔が浮かんだ。
その全てが自らを責め立てているように感じる。胸が軋んで、とても痛い。
だが。
スバルは、そんな罪を打ち砕くように。
「――――それでも、私は人を助けたい」
その答えを言い放った。それがスバル・ナカジマの全てだった。
ぎちり、とアーチャーの瞳が引き絞られた。
「それが、お前の答えか。――それは偽善だ。偽善では、何も救えない。否、元より何を救うかも定まらない」
「それでもっ!」
スバルは吼える。ただあるがままに。
この一瞬が全てであるように――スバル・ナカジマは咆吼する。
「偽善でも何でもいいよ! 私が歩くこの道の先に――――誰かの笑顔があるならば」
スバルは右の掌をアーチャーに向かって突き出し。
「――――私は、それでいい。それだけでいい。それだけで、戦っていける」
星空に誓ったあの時のように、ぎゅ、と握り込んだ。
「――――」
アーチャーは何も言わない。その瞳が僅かに見開いている。
士郎はその動きの意味を、瞬間的に理解した。かつてアーチャーと同じモノを見た士郎だからこそ、その驚きの意味を悟ることが出来た。
口にはせずに、ただ目線をアーチャーに合わせる。
――そうだ、アーチャー。お前の目の前に居るのは。お前と対峙している、スバル・ナカジマは。
いつか切嗣が夢見た――――本物の正義の味方だ。
当たり前のように人を救いたいと思って。当たり前のようにその事を喜べて。当たり前のようにその喜びを分かち合える。壊れた機械には持ち得ないモノを沢山持っている。
絶望しながら人を助けるのではなく。
ただ希望を以て人を助けることが出来る、本物の――――
「――――戯れ言だ」
アーチャーはぎり、と奥歯を噛み締め、立ち上がった。表情に刻まれているのは憤怒だ。
「希望を語り、綺麗事を謳うならば、相応の力を見せろ。それが出来ないのであれば――――」
紅い外套が翻る。アーチャーの右腕が上がる。
投影魔術。自身が持つ唯一を振り上げて。
「お前達はここで――――理想に抱かれて、溺死しろ」
言って、断罪刃のように振り下げた。
スバルが前に出る。士郎は胸の宝石を握りしめる。鈴は詠唱の言葉を綴る。
三者三様、目の前のサーヴァントに立ち向かう。
加速する時間の中、士郎とスバルは吼える。
――お前が、俺に理想を問うのならば。
「俺は……!!」
「私は……!!」
◇
エリオが吼える。
士郎が吼える。
スバルが吼える。
星空に誓った、あの答えを見せつけるために、咆吼する。
胸に抱く、この理想を貫くために――――
「此処に――――力を証明する!!」
さぁ、理想を謳う者よ。
己が答えの証明を為せ。
11 / 力の証明 Prof_of_Life
◇
「さて――皆、どうなったと思います? シャマル先生」
ふぅ、と一息つきながらも、なのはは周りに配置している魔力球の一つを撃ちはなった。
桃色の魔力光が走り、黒い影≠打ち抜いた。
「そうね。皆戦闘中だと思うから通信は使えないけど、でも、とりあえず生きてはいるみたいよ。――ビバ皆勤賞って感じ?」
シャマルは答えながらも、手元に展開している古代ベルカ式魔法陣から鎖を召喚し、周りの黒い影≠薙ぎ払った。
なのは達の視界にあるのは影影影影――――天と地を埋め尽くすほどの黒い影≠セ。人型≠セけではなくキャスター型≠熾れるくらいの数がいる。
取り囲むように展開されている黒い影≠フ軍勢。しかし、なのは達に、それを苦にしている様子はない。
「フェイトちゃん、大丈夫かなぁ」
「まぁティアナさんもいるし、大丈夫だとは思うけどね。後方支援や中衛では、本気になった閃光≠フスピードには追いつけないわけだし――この選択は間違ってはいないと思うわよ?」
二人は会話しながらも踊るように黒い影≠薙ぎ払っていく。なのはの砲撃を軸にし、シャマルがそれを回復・追撃などのサポートを行いながら、次々と撃破していく。
だが、黒い影≠ヘその数を減らした様子を見せない。むしろ増えているような、そんな錯覚すら覚える。
「自らを囮にして黒い影≠皆から引き離す――――悪くはないと思うけど。面制圧に優れたなのはちゃんなら適役だし。……何か、気になることでもあるの?」
地面を滑るように、黒い影≠撃破、移動しながら、二人は背中を合わせた。
なのはは僅かに思案し。
「シャマルさんも気付いているでしょう? ――ここが黒い影≠フ本拠地なら、サーヴァントが少なすぎるって」
「少なすぎるって訳でもないけどね。でも――ライダー、バーサーカー、ランサー、アーチャー……か。一斉攻撃をしなかったことを鑑みても、確かに少し不自然かもしれないわね。――ということは、つまり」
「ええ。はやてちゃんの予想通りってことです。この世界は囮。本命は、多分――」
瞬間、雨霰と黒い影≠ゥら砲撃が穿たれた。二人は弾けるようにその場所から跳んだ。
二人が先ほどまで立っていた場所が爆散した。
ちぃ、となのははうざったそうに舌打ちし。
「このぉ――アクセル、シューター――――っ!」
周りに配置した魔力球を全て、黒い影≠ヨ向けて解放した。
百にも届く数のそれは、曲がり、屈折し、黒い影≠フ砲撃を綺麗に回避していく。そして、全く同数の黒い影≠寸分違わず打ち抜いた。
横目でそれを見つつ、シャマルは呆れたと言わんばかりの顔で呟いた。
「相変わらず寒気がするほどのコントロール精度……。エースオブエースの名は伊達じゃない、か。もう何かアレね。――砲撃と書いてなのはと読む!みたいなレベルで素敵」
「茶化さないで下さい。シャマルさんはいっつもそうなんですから。それで、本題ですけど」
「ええ――分かってるわ。本命はミッドチルダ。そう見て間違いなさそうね。なのはちゃんが対峙したあの<Tーヴァントがいないのが決定的だわ。――今のミッドの防衛力なら、多分大丈夫だと思うけど、早めに片を付けた方が良さそう」
その言葉に、なのはは無言になる。
自分が対峙したサーヴァント――ギルガメッシュ。純粋な戦闘力という点においては、群を抜いて最強だ。
確かに今のミッドの防衛力は十全だ。歩くロストロギア#ェ神はやてに烈火の将<Vグナム、そして猟犬の牙<iンバーズに、少ないながらも『空』『海』からの増援もある。残りのサーヴァント、ギルガメッシュにアサシン、セイバーが襲ってきたとしても、撃滅はともかく撃退程度は可能なはずだ。
だが、となのはは思う。
――それは防衛力が十全であるならば、の話だ。もしその前提を崩す何か――例えば、誰かの裏切りのようなモノがあるとすれば――――
心配過剰だ、と首を振る。しかし、嫌な予感は胸にこびり付いて離れなかった。
頭から、声がする。
――――お前は誰よりも孤独を恐怖するが故に
その声がどうしても。
――――誰よりも孤独を求めている
脳裏に響いて、堪らなくこの身を犯し――――
「なのはちゃんっ!」
シャマルの声に、は、とした。慌てて顔を上げると、そこには。
回避しようがないほどに接近した、黒い影≠フ砲撃があった。
「っ――――!」
――間に合わない。けど、直撃だけは……!
足下にあるフライヤー・フィンが加速する。ご、と魔力光が弾け、なのはは横にスライドした。
じ、と砲撃によって頬が擦過する。
瞬間。
――――死<助>ね――――
声と共にイメージが脳髄に叩き込まれた。
「……!?」
ふらつく頭を抱えながらも、なのははレイジングハートを黒い影≠ノ向け、砲撃を撃ちはなった。
伸びる桃色の砲撃が一直線に走り、黒い影≠大地ごと抉っていく。
だん、となのはは膝を崩し、大地へ跪いた。
「なのはちゃん、大丈夫?」
黒い影≠鎖で蹴散らしながらも降りてくるシャマルの言葉は耳に入らなかった。
ただ思うのは。
……――今のは。
鈍痛が走る頭を抱えながらも、なのはは思考する。
「ショックイメージ……? 違う、これは――……!!」
正面を向いた。そこには、再び黒い影≠ェ砲撃を撃ち放とうとしている。
ぎ、となのははそれを見つめ。
「ちょっと、何を……なのはちゃんっ!?」
シャマルの制止も聞かず、なのはは黒い影≠フ砲撃に真正面から突っ込んだ。
◇
「はぁああああ――――っ!!」
声が響き、音が響いた。
フェイトは斬撃を繰り返し、ペガサスに跨ったライダーは流し、受け止め、捌く。
白の彗星が大地を抉りながら上昇と下降を繰り返し、金の閃光がまとわりつくように追随する。
金の閃光は、なおも速度を増す。
バルディッシュを続けざまに振るい、滑るようにして加速する。斬撃も移動も、打ち合う音を重ねるごとに加速していく。
既にフェイトは自身のリミットブレイク――真・ソニックフォームの姿だ。雷を纏いながら、ライオットザンバー――両の双剣にて、ライダーに斬撃を重ねていく。
残像に残像が重なり、そして更に、際限など無いとばかりにその速度を増した。
ライダーも同じ速度にて、釘剣を振るい、捌いていく。
金の火花を散らしながら、両者は拮抗していた。
ライダーは腕を振るいつつも、思う。
――厄介ですね。手数で押してきましたか……!
以前戦ったときとは違う、高速の域での戦い。
恐らく、と思う。これが本来の彼女の戦闘方法である、と。
何もさせないとばかりに打ち込んでくる斬撃はライダーの行動を悉く封じていた。
つまり、宝具の解放。この速度域では真名を口にすることが出来ず、石化の魔眼の解放もままならない。
そして、それを決定づけているのが。
……あの娘――。
閃光と彗星が衝突を繰り返している真下、二挺の拳銃型デバイスを以て、射撃を繰り返すティアナの姿がある。
フェイトの邪魔はさせない、とばかりに周辺の黒い影≠撃ち抜きつつも、ライダーに注意を向けている。
隙を見せれば、その瞬間、周りに配置している魔力球で撃ち抜くつもりだろう。
速度は、落とせない。
宝具解放の隙を作るには、速度を落とさなければならない。
しかし、それはままならない。フェイトの斬撃とティアナの銃撃により封じられている。
これは――、とライダーは思い、同時に気付いた。
残像を重ねるフェイトの顔が――――笑っているということに。
その笑みが、その瞳が、語っていた。
――――ついてこれるか、と。
ライダーの口元に、面白い、と笑みが零れた。
……この私に速度で勝負しようと言うのですね……!
二人は笑う。高速化していく激突の中で、二人は笑う。
音すらも置き去りにして。白の彗星と金の閃光は互いに笑い、そして。
弾けるように、加速した。
◇
――7:00
戦闘開始から、三分が経過した。ストラーダが告げるその事実に、エリオは内心驚いた。
――まだ三分か!
三分。そのたった百八十秒で、エリオは既に限界近かった。そして、それはエリオだけではない。
おおぉお、とヴォルテールが吼え、右の巨腕で殴りかかる。
肉と肉がぶつかり合う音が聞こえた。だが、それ以上の音は何もない。
激震。それをもたらす圧壊の一撃を。
バーサーカーは片手で受け止めていた。
そして。
「――っ! ヴォルテール!」
キャロが叫び、慌ててヴォルテールの前に対物理魔法陣を展開する。
同時。
ばりん、というガラスが砕けるような音と共に、陣が破られ、斧剣による斬撃が放たれた。
「……!」
舞う血飛沫。ふらつく巨体。バーサーカーは逃さないとばかりに、眼光を光らせる。
……させない――――っ!
思い、エリオは足を踏み出した。
大地が砕け、魔力光が爆ぜた。加速する。
刹那を以て、エリオはバーサーカーの前に踊り出で。
「ああぁっ!」
ストラーダを振るった。
暴風そのものであるバーサーカーの一撃と衝突・衝撃。大気が震え、風が舞った。
「くぁ……っ!」
エリオの腕が軋む。ばつんと筋肉繊維が切れ、血が宙に飛沫いた。
だん、と痛みで完全に受け身が取れず、投げ捨てられるように大地に倒れ伏す。
「エリオ君! ……やっぱり無茶だよ、そんな戦い方……」
キャロが泣きそうな顔でエリオに告げる。
ぜ、と断続的に息を吐きながら、エリオはストラーダを杖にして起き上がろうとする。
「無茶だってことは分かってる。けど……俺にはこれしかないから。なら――やるしかないじゃないか」
白のジャケットを翻し、エリオは立ち上がった。額が割れ、血だらけの顔をキャロに向ける。
その体の節々に、血の滲みが出来ている。特に関節辺りは酷い。バリアジャケットを赤で滲ませ、雫が地面へ滴り落ちる。
それでも、エリオは笑って。
「大丈夫だよ、キャロ。俺は、この一瞬のために――二ヶ月間、鍛えてきたんだから」
あの星空の下の誓いから二ヶ月。バーサーカーと並ぶには、あまりにも短い時間。
それでも、とエリオは思う。
――お前には、二度と負けない……!
それは仲の良かった同僚を殺し、愛しい動物たちを殺し、平穏な日常を殺した事に対する復讐であり。
同時に。
裏切りに満ちたこの世界に対しての、反逆の想いだ。
だから。
「俺はっ! 世界にだけは、絶対に負けてなんかやるもんかぁっ――――!」
叫んだ。
加速する。
両の足下に近代ベルカ式魔法陣が描かれ、エリオは大地を砕いて跳んだ。
バーサーカーが斧剣を振り上げる。
エリオが加速しながらもストラーダを構える。
振るう。
激突。
激震。
衝撃。
血飛沫が舞い、骨が軋む音が響く。
生まれた隙に、バーサーカーは追撃を振るおうとする。しかし、その動きは二匹の竜によって阻まれる。
炎弾と巨体から生まれる打撃によって、だ。炸裂し、打撃され、それでもバーサーカーは微塵も揺らがないが、隙は生まれる。
生まれた空隙にエリオは体勢を立て直し、再び斬撃の突撃を行う。
先ほどから、これの繰り返しだ。
その度に竜達は切り裂かれ、打撃され、裂傷と打ち身を増やしていく。エリオは直撃こそないものの、斬撃の度に関節が軋みを上げ、筋繊維が断線していく。
エリオのバリアジャケットで、血に塗れていない場所などない。顔面も斧剣の衝撃によって、額がかち割れている。
それでもエリオは加速する。
もう何度目か分からないほどの斬撃が振るわれた。
腰の廻転、腕の振るい、肩の回し。斬撃に必要なありとあらゆる部位が、魔法によりブーストされる。
衝突。
同時に、無茶な加速によって、骨が軋み、筋肉に断裂が走る。
「っづ――――!」
びきり、という音が響いた。
支援魔法を使い続けるキャロは思う。
――……やっぱり、こんな高等魔法、エリオ君には早すぎるよ……!
エリオのやっていることは、つまりピンポイントに絞った加速だ。
体全体を強化するのではなく、インパクトの瞬間に視点を当て、斬撃に必要な部位を加速させる。
それによって、最大限の魔力を斬撃に叩き込めることが可能だ。
生まれる速度と衝撃は、通常の何倍にもなり――結果、バーサーカーと打ち合えることが出来る。
だが、その反動は。
「ぜっぜっ――――づ、ぅ……!」
骨の砕きと筋繊維の断裂という形で現れる。
こんな事態にならないように、通常身体能力の強化は、体全体に行われるのだ。ピンポイントに絞った強化は体を蝕む。異常なまでに加速された反動だ。本来の強化魔法、つまり全身の強化――つまり身体機能をそのまま押し上げ倍加すること――ならば、こんなことにはならない。強化魔法は一つの魔法として体系化している。平の隊員ですら習得しているこの魔法が、反動があるような不完全なものであるはずがない。しかし、エリオの行っている強化は、それとは次元が違う。斬撃の振るいを強化するために、幾つもの魔法を並列化して運用している。元より外部干渉に特化された魔法体系だ。体の内部に干渉するような魔法は、それ故に危険度が高く、難易度も高い。
外部干渉と内部干渉の並列――結果として、エリオは反動を押さえきれず、一撃の度に鮮血が舞うのだ。
一打一打に死がこびり付いた斬撃。
それでも。
「おお……!」
エリオは加速する。突撃を繰り返す。
命を賭けた斬撃は、だからこそバーサーカーに届くが故に。
本来そんな戦闘方法では、打ち合うことは可能でも、倒すことは不可能だ。一撃ごとに命が削られていくのならば、その結末は自然、決まる。ジリ貧の演舞だ。
だが、今は。
「あと、五分だ。それまで、何とか持ちこたえてくれ――エリオ!」
「エリオ! あと五分、踏ん張りな!」
ユーノとアルフ、二人の術式構築が完了するまで、持てばいいだけの話だ。
だから。
「――――……っ!!」
エリオは、行く。
鮮血を散らせながら、骨を砕きながら、エリオは行く。
思う。
――『アレ』は使うか。
思うが、だが、という言葉で打ち消す。
……今の俺じゃ、三分が限度だ。あと、五分。まだ使うわけには――。
その瞬間だった。
ぐらり、と視界が揺れた。堪りに堪ったダメージが、エリオに突撃を許さなかった。
「あ、――っ!」
足を踏み出す。力を込める。踏みとどまる。
しかし。
「■■■■■■■■■■■■――――!」
その隙を見逃すバーサーカーではない。黒色に染まった巨躯が走り、炎弾をモノともせず、突進してくる。
二匹の竜が抑えようとするが。
「ヴォルテール! フリード!」
暴力の塊のような暴風じみた突撃に、斬られ、蹴散らされた。
狂気が宿る赤い眼光が向けられる、その先は。
「……!!」
今なお術式構築の魔力光を煌めかせる、ユーノとアルフの二人だった。
バーサーカーは、その原初の衝動による超々感覚によって――この場の鍵を握っている者を本能的に捉えたのだ。
ヴォルテールもフリードも突破された今、バーサーカーの突撃を遮るモノは――――
「キャロっ!」
厳然と、せめての魔力弾を撃ち放とうとしているキャロの姿があった。
――がきん、とスイッチが入った。
迷う暇も、迷っている暇も、そんなことを考える頭もなかった。
ただただ意識が漂白され。
「ストラーダ! ――第四形態!!」
『承認:第四形態 コード白い閃光=F起動します』
叫び、雷光が舞う。
――4:46
◇
まず口火を切ったのは鈴だった。
「アーチャー……とか言ったかしら? 一つ聞くわ。――アンタ、一体何なの?」
二人より一歩前に出て、はっきりした口調で問うた。
鈴はアーチャーが未来の衛宮士郎だということを知らない。士郎は言うべきだと思っていたが、ずっとそのことを言えなかった。
衛宮鈴が衛宮士郎の娘ならば、摩耗した正義の味方の存在は、間違いなく悪夢の一つだ。
士郎は知っていた。鈴がアーチャーの画像を見たとき――例えようもなく動揺していたことを。
アーチャーの姿は、士郎よりも、鈴が知っている衛宮士郎≠フ姿に近い。
だからこその問いなのだろう。自分の中の疑問を解決させるための。
――……鈴。
思う。
きっと、鈴は何となく見当が付いているのだろう、と。
士郎は僅かに眉尻を下げた顔で。
「鈴……あのな、アイツは――」
その告白をしようとするが。
「士郎は黙ってなさい! アタシは! アイツに! 聞いているのよ!!」
ぴしゃり、と拒絶された。
アーチャーはその姿を見て、いかにも不快だと言いたげな顔をする。
「――何だ、コイツは。おい、衛宮士郎。答え」
ろ、と言う前に、鈴は声を張り上げる。
「アンタもアンタよ! 私はね、アンタに聞いているのよ! ぐだぐだ詭弁巻いてないで、ちゃんと自分の声で、思いで、はっきりしゃっきり答えなさい!」
「――――!」
その声に、アーチャーは圧された。そして口元を吊り上げ、自嘲の笑みを作る。
は、という笑いの音と共に。
「ならば、聞こう。――お前こそ、何者だ」
鈴はその言葉を受け、髪を掻き上げる。紅いジャケットを翻し、優雅に、可憐に、笑って。
「ええ、答えましょう。私の名前を。アナタの敵の名を。さぁ、耳の穴をかっぽじって、よぉく聞きなさい。
――私は時空管理局1039航空隊所属、一等空士。衛宮鈴よ。魔導師ランクはA。誇り在る高町なのはの教え子であり、馬鹿な正義の味方の娘よ」
く――くくくくく。
笑い声が空間に響く。可笑しくて堪らないとばかりに、アーチャーが笑っていた。
「なるほどなるほど。何て因果、何て皮肉だろうな。お前もそう思うだろう、衛宮士郎? 言峰がいれば拍手喝采しながら笑い転げただろうよ。――ああ、ならば、答えよう。衛宮の娘よ」
鷹の目を引き絞り、告げる。
「私の真名は、エミヤシロウ。正義の味方などという愚者の夢を追いかけた――その残骸だよ」
「……!」
鈴は一瞬、泣きそうな顔になるが、しかし、それを抑え、厳然とした顔で問いを続ける。
「問うわ。――アンタの目的は、と」
「答えよう。――世界の破滅だ、と」
「問うわ。――それは何故、と」
「答えよう。――理由など無い、と」
「問うわ。――アンタ一体何なの、と」
「答えよう。――お前達の敵だ、と」
ふぅ、と溜息を吐き、鈴は問う。
「最後に問うわ。――アンタ、諦めたの?、と」
伏し目がちに、しかし口調はしっかりと。そんな言葉だった。
アーチャーが、答える。
「最後に答えよう。――ああ、と」
自嘲も哄笑も苦笑も目笑も顰笑もなく。
ただ厳然と肯定を口にした。
鈴は踊るように紅いジャケットを翻す。
「そう。じゃあ、アンタは違うわ。確かに家族を顧みない、愚かで馬鹿な父親だったけど、諦めるということだけはしなかった。愚直に、真っ直ぐに、正義の味方という夢を追いかけていた。
――――私は、そんな父親を、誇りに思っている」
大嫌いだけどね。
そんな言葉を、厳然と告げた。
ああ、と士郎は思う。
――なぁ、凛。確かにコイツはお前の娘だよ。優雅で、可憐で、何よりも強い。なぁ、そう思うだろう。
お前も。
――――答えは得た。大丈夫だよ遠坂。オレも、これから――――
アーチャーは眩しそうに目を細めながら、その姿を見つめていた。
鈴はだから、と口にして。
「私はアナタを否定しない。アナタはアナタとして――世界の敵として打倒する」
否定するでもなく、肯定するでもなく、ただの単なる敵として戦う。
鈴は、そう口にした。
く、と張り裂けた笑みを、アーチャーは浮かべた。
「ああ――いいだろう、私の敵よ。何、遠慮はするな。お前のような存在は、何も、初めてではないからな」
「ええ――分かってるわ、私の敵よ。さぁ、行くわよ。士郎、スバル。世界の敵を、打ち倒しに行きましょう」
鈴は後ろの二人に振り向く。
二人は何も言わず、ただ行動にて応えた。
スバルは構え。
士郎は胸のデバイスを握り。
頷いた。
鈴は、それを見て、ニヤリと笑った。
黒の世界=B塔≠フ頂上で。
世界の破滅を賭けた戦いが、今始まった。
◇
最初の一撃を放ったのは、鈴だった。
「ああぁぁあっ――――!」
叫び、七色の魔弾が七つ、アーチャーに向けて撃ち放つ。
アーチャーは両の掌に、黒と白の双剣を投影し。
迫る流弾を一瞥しただけで。七の魔弾を、受けて、流し、捌き、砕いた。
ずどん、とアーチャーの後方で爆破する。
その隙に。
――戦闘機人モード、起動。
水色の瞳が金色に瞬いて、スバルが行った。
弾丸のように加速し、鉄の腕が唸りを上げ、殴りかかった。
ぼ、と水蒸気が上がり、拳が飛ぶ。
それを。
「――ふん」
と、スバルの拳を蹴り上げた。
「な――」
拳が跳ね上がり、隙が生まれる。
斬撃が入る。刹那の時間の内に、十近くの数が風を切る。
だが。
「む――――!?」
今度はアーチャーが驚きに見開いた。
スバルが斬撃の全てを回避したのだ。
――この動きの流れは……!
それは身体能力によるものではない。アーチャーの斬撃を予め分かっているかのような、そんな動き。
スバルの動きは、アーチャーに近いモノがある。心眼(真)――修行・鍛錬によって培った洞察力にて活路を見出す戦闘論理=B
しかし、それは気が遠くなるほどの修練の果てにこそ見出すことが出来る境地だ。
何故だ、とアーチャーは思うが。
――ふん、なるほど。考えたものだな。
スバルの奥にいる衛宮士郎を見やると、僅かに口の端を吊り上げた。
士郎もその視線を受け、同時にニヤリと笑う。
――そうだ、アーチャー。確かにスバルではお前に届かないかも知れない。
「だけどっ!」
スバルが咆吼する。アーチャーの斬撃を回避し、拳を突き入れる。
その軌道は回避行動を読み切った上での一撃だ。
故に。
「ぐっ――――」
ずどん、と重低音が響き、アーチャーの体がくの字に曲がった。
出来た時間の間に、黒い太陽≠ノ向かって、鈴が突っ走った。
「三人なら――対等に戦える!」
声が上がり、空間に響いた。
「三本の矢、というわけか」
ふ、と笑い、アーチャーが掌を鈴に、スバルに向けた。
百にも届く刀剣が空間に現れ、宙を疾駆した。
「ち――――」
鈴は舌打ちし、魔法障壁を張り、刀剣を捌き、魔弾で砕く。
スバルも拳と足を縦横無尽に走り、刀剣を砕いた。
二人は後方に跳躍し、距離を取った。
それらをアーチャーは見やり、右手の陰剣を掲げて。
「私と対等を謳うのならば――――せめて万本は持ってこい」
高らかに宣言した。
士郎は、は、と笑い、首から提げている宝石を握りしめる。
(スバル、行くぞ)
(うん、士郎! 私達で、止めるんだ――彼をっ!)
衛宮士郎にはリンカーコアがない。それはつまり魔法が使えないということだ。だが、デバイスそのものの機能は誰でも使える。
デバイス間の通信と魔導師への精神リンク。戦闘には使えないものばかりだ。
だが、ことアーチャー戦に限り――それは何よりの武器となる。
精神リンクを続けながら、アーチャーに向かって駆ける。
踊るような剣撃が、スバルを取り囲むように走る。
その悉くを。
首を逸らし。
腕で捌き。
足を踊らせ。
右に体を傾け。
そのまま回転し。
避けた。
そして、連弾。
「あああぁぁああああ――――っ!」
咆吼が上がり、その動きが加速する。
アーチャーはそれを受け、次々と捌いていくが、その顔には僅かに苦渋が見え隠れした。
当然。拳の軌道の悉くは、アーチャーが苦手とするモノだ。
スバルは動く。
士郎から送られてくる思考の通りに。
拳を動かし、足を運ばせる。
士郎がアーチャーの動きを読み。
スバルがその予測の通りに体を動かす。
――なるほどな。あれだけ私の動きを模倣し続けただけのことはある、か。
アーチャーと衛宮士郎は、同じモノから派生した同位体存在。例え、今はもう限りなく別物になっているとしても、戦いの癖・思考の積み重ね方は同質だ。
士郎はそれを読む。攻撃の予測、という点において、士郎はアーチャーと対等に並べるのだ。
そして、身体能力に優れたスバルが、それをトレースする。
確かにスバルではサーヴァントに及ばない。だが士郎と組んだときに限り――このアーチャーというサーヴァントにのみ、対等に打ち合えるのだ。
だが。
「その程度で、私の全てを読み切ったと思うなっ!」
「――っ!?」
アーチャーの剣が、士郎の予測とは違う軌跡を描いた。
ばつん、と肩口が切られ、血飛沫が舞った。痛みに顔が歪む。
それでも。
「おおぉ……!」
スバルは行く。切り裂かれても、スピードは落とさずに、強引に拳を走らせる。
そこに。
「緑、青、藍! ――行くわよ」
三色異なる魔力弾が撃ち放たれた。
一つはゆらゆらと揺らめく不規則な軌道で。――属性は木。
一つはじぐざぐと曲がる非物理的な軌道で。――属性は水。
一つはずばっと加速する一直線の軌道で。――属性は風。
本来ならば魔導師が持つ魔力光は一色だけだ。自然、得意とする専門属性も一つだけ、ということになる。
だが、衛宮鈴にその常識は通用しない。
レアスキル『万華鏡』。複数の属性を操り使いこなすことが出来る魔法特性。管理局の中でも、多重属性魔導師は稀少とされている。
中でも鈴の持つ属性の数は七つ。平均を大きく上回る数だ。
だから衛宮鈴に不得意な術式などない。全ての術式に精通し、それに叶った属性を操ることが出来る真なる万能=B
故の字――七色の魔導師=Bあらゆる魔法を手中に収める虹色の魔女だ。
三つの魔弾が、それぞれの軌道を描き、アーチャーに迫る。そのどれもが通常の軌道とは大きく外れ、予測も困難だ。
「いい軌道だ。だが――少しばかり、威力が足りない」
スバルの拳が走る。アーチャーはそれを見やると、跳び、側頭部を蹴打した。
そのまま宙で回転しながら、さながら裁断機のように、三つの魔弾を全て双剣と体躯を回し、砕き、捌いた。
鈴はニヤリ、と笑い、叫ぶ。
「まだよ、まだまだまだ! ――溺れて、裂かれて、砕かれなさい!」
デバイスの先端、七色の宝石の内、三色が煌めいた。
右へ振った。
瞬間、先ほど散った魔弾の残光が輝き。
炸裂した。
一つは水が氾濫し。
一つは風の刃が踊り。
一つは樹木が召喚され、根が暴れ。
――それらが、一斉にアーチャーを襲った。
「ぬ……っ!」
僅かに顔を顰めた直後。
弾けるような爆音が、空間を揺り動かした。
大地が水によって砕かれ、風によって裂かれ、大樹が暴れ、踊り狂う。
空間が割れたかのような大破壊。
「鈴! 今だ!」
士郎が叫び。
「鈴、行って!」
血を流す側頭部を抱えながら、スバルが叫び。
「分かってる!」
鈴が駆けた。
手にミッドチルダ式魔法陣が浮かぶ。黒い太陽≠フ臨界を阻止するために走る。
瞬間。
――I am the bone of my sword.――
激震が、響いた。
爆煙が晴れる。
そこには翻る赤い外套が、黒い弓に矢を番え――――
「ねじ――切れろ」
偽・螺旋剣=\―呟き、瞬間、放たれた。
剣先が捻れた歪な剣が、大気を捻殺しながら突っ走る。射線上にいるのは。
「鈴! 逃げろぉおおおおお!!」
士郎が、叫んだ。
「っ――――紫!」
鈴は詠唱、紫色の防壁が数メートル先まで迫る偽・螺旋剣≠フ直面に展開される。
が、それはあっさりと破られる。ばきん、というガラスが割れるような音を置いて、螺旋剣が一直線に走る。
鈴は突き進む偽・螺旋剣≠見、掌の術式を見て。
――ふぅ、と溜息をついた。
「り……ん?」
鈴は黙ってデバイスを――黒い太陽の方へ向けた。
僅かに顔を二人の方へ向け。
「ま――後は、頑張んなさいよ」
「――――っ!」
士郎は叫ぶ。スバルは駆ける。螺旋剣が走る。死が向かう。
鈴は、笑って。
「行きなさい。七つの色の――――」
ディバイン、バスター。
デバイスの先端にある七つ全ての宝石が煌めいて、虹色の魔力光の砲撃が一直線に伸び。
ずどん、と。
直後、鈴のいた場所が大きく爆ぜた。
「鈴――――っ!」
鈴は吹き飛ばされ、壁にぶち当たり、壁が崩れ、そのまま塔≠フ外へと。
落下――していった。
同時、黒い太陽≠ェ震えた。
臨界阻止の術式を乗せたディバインバスター。その効力が発揮される。
虹色の魔力光が迸り、莫大な魔力が分解・四散していく。
黒い太陽≠ェ、崩壊を始める。
◇
――4:45
「おおぉぉおおおお――――!」
エリオは突っ走った。雷光を散らしながら、宙を疾走した。
そうして、バーサーカーの前に立ちふさがり、その手を振るった。
斧剣とぶつかり合い、弾ける。
だがしかし、エリオは止まらない。止まったら、そこで終わりだと言わんばかりに。
「ああぁあぁあああああああ――――っ!」
振るう振るう振るう。
バーサーカーもそれに合わせて、斧剣で斬撃を繰り返す。
ぶつかり合う音が連続して響き、大地が激震した。
「エリオ……アンタ、その姿」
術式を構築するアルフが、目を見開いて驚きの声を漏らしていた。
エリオの姿は以前のものとは違っていた。
両の腕と両の足には白の下地に黒の文様が入った甲冑。背中には二対の白翼が浮いている。一対は大きく、一対は下に小さくある。顔には双眸を守るためのバイザーがあった。
腹と肩には甲冑ではなく、黒の強化装甲。腰にはハードポイントに接続されている管理局の紋章が入った外套が翻っている。
黒の強化装甲には雷色の流線が走り、迸っていた。甲冑と白翼にはそれぞれ加速のための推進機が存在している。
手にしているストラーダの形状も変化している。フォルムが幾らか簡略化されているが、流線の形はそのままに。剣先が大きくなり、ブースターの数が左右に二つずつだ。
その姿は防御のためではないと一目で分かる。その全ては、ただただ――瞬間の速度のために。
それこそがストラーダの第四の姿。白い閃光形態。
速度に力の意義を見出した、エリオの想いの結晶だった。
「おおぉ――――っ!」
エリオは行く。
白翼の後方から勢いよく魔力光が走り、甲冑が加速し、エリオは行く。
――紫電一閃。
ストラーダの剣先が雷に爆ぜ、バーサーカーと衝突・激震する。
キャロが涙を浮かべながら。
「……――エリオ君……!」
ばつばつばつ、と筋肉が勢いよく弾けていく。全身から血が噴きだし、骨が軋み続ける。
ごふ――、と口元から血が零れる。バイザーの下にある瞳から血の涙が溢れた。
それも当然。このヴァイサー・ブリッツ・フォームは、先ほどのエリオの戦闘方法を更に加速させるために生まれた形態だ。
自然――その反動も加速する。体の崩壊は早まり、更に湯水の如く魔力が消費されていく。
元よりこの境地に至るのは早すぎるのだ。無茶だと言われ、まだ早いと言われた。それを強引に押し切ったのは、エリオ本人だ。
――でも、とエリオの口が動く。
それでも、あの人は、言ってくれたんだ……!
思考が刹那、過去へと飛ぶ。
■
エリオ、こんなの早すぎるよ。こんな無茶なチューン……やるとしても、少しずつ慣らしていかないと
デバイスマイスター、シャーリーさんがそう言った。
――それじゃ意味がないんです。バーサーカーと打ち合うためには、この力が必要なんです。
フェイトさんからも何か言って下さいよ。こんなの、体を痛めつけるだけです……!
エリオ。エリオの気持ちは分かるよ。でも、幾ら何でも、これは無茶だよ
フェイトさんも、そう言った。言って。
バーサーカーとは私がやる。エリオはそのサポートをお願い
笑った。俺は、でも、と言った。
――フェイトさんにはライダーと戦うっていう役目があるじゃないですか。それだけじゃない。俺がやらなくちゃいけないんです……!
決めたんだ。キャロと一緒に強くなるって。
それを証明するためにも、バーサーカーとは俺が決着を付けなくちゃいけないんだ。
泣きそうだった。弱いというのはこんなにも罪なのか、と思った。
皆が皆、無茶と言った。それでも貫き通さなければならないものだってあるんだ……!
でも、二人は顔を顰めるばかりで。俺は我が儘ばかりで。
駄々を捏ねている、子供のようで。そんな自分が情けなくて。
――――だけど。
あの……俺が言うことじゃないかも知れませんけど――良いじゃないですか
あの人は、そう言ってくれた。俯き震えている俺の肩を叩いて。
その気持ち、俺も分かるよ。――やっぱり男なら、守ってやりたいって。強くなりたいって思うよな
ニコリと。
だから、俺からもお願いします。エリオも、もう子供じゃない。自分の責任は自分で取れる。そうだよな――――
エリオ、と。
正義の味方は、そう言って、笑ってくれたんだ――――!
■
血が吹き出る。
骨が軋む。
痛みで頭が白濁する。
それでも。
エリオは。
加速する。
「■■■■■■■■■■■■――――っ!!」
「うあぁぁああああああああ――――っ!!」
バーサーカーが吼える。
エリオが叫ぶ。
二つの咆吼が混じり、ぶつかり合い、激震を重ねていく。
瓦礫が、衝撃波が、血飛沫が、咆吼が、散って、舞って、振るわせる。
全身を、腕を、肘を、足を、腰を、加速させる。
……行け……。
バーサーカーの斧剣が顔面に掠り、バイザーが弾け、割れた。顔面が血に塗れる。衝撃で甲冑がひび割れ、欠けた。
……行け……!
最早、全身で血に塗れていない所などない。骨が軋み、ひび割れていく。
……行――――
それでも、エリオは。
「っけぇぇえええええええええええええええええええええええ――――――――!!」
行った。
その叫びに呼応するように。
「エリオくぅうううううううううううん!!」
キャロの叫びが響き。
……!
エリオがその射線上から離れ。
がああぁああうううううう。
ヴォルテールとフリードが震え。
「ブラストレイ、ギオ・エルガ――――多重竜咆吼……!!」
キャロが、厳然と命じた。
瞬間。
真竜<買Hルテールから、咆吼する炎が。
白銀の竜<tリードリヒから、咆吼する灼熱が。
放たれ、混じり、召喚師の補助魔法が重なり。
加速した。
大気を焦がし、大地を溶かし、何もかもを焼き尽くし。
バーサーカーにぶち当たった。
その巨体ごと塔≠フ後方へと突き進み、そして。
ありとあらゆる破壊が巻き起こり、一帯が消滅・破壊・破砕・破断・爆砕・爆発した。
――1:38
◇
がくん、とエリオは膝から崩れ落ち、地面に倒れ伏した。
「エリオ君っ!」
キャロが慌てて駈け寄り、掌をエリオに向けた。
がふ、と血を吐く。血まみれの全身が、更に血に染まった。
……どうしよう、血が止まらないよぅ……!
キャロは涙をボロボロと零しながら、必死にヒーリングを行う。
エリオは血まみれの手で、キャロの顔を撫でた。
「大丈夫だよ……俺は、大丈夫だから」
「エリオ君……!」
泣きながら、その掌を掴んだ。
「ゴメンね、ゴメンね。エリオ君にだけ、こんな無茶させて……! 私、私だけ、何も出来なかった……」
エリオは、ふ、と笑い。
「そんなことない。――そんなことないよ、キャロ。最後のあの一撃が無ければ、きっと俺は保たなかった」
「エリオ君……!!」
キャロは泣く。あ、とも、お、とも取れない、そんな泣き声を上げて。
そんな二人を見て、アルフとユーノは苦笑した。
「結局――あの二人だけで、全部やっちゃったねぇ。立つ瀬ないね、あたし達」
「そうでもないよ、アルフ。まだ安心するのは早い。バーサーカーは傷を再生するんだ。でもまぁ――」
――流石に、後一分弱、つまり術式構築完了くらいまでは大丈夫だろう。
そう言った瞬間だった。煙と炎が上がる、これ以上ない破壊の痕から。
ずどん、と、音がした。
ユーノとアルフが目を見開く。
先ほど穿たれた巨大なクレーターの底。擂り鉢の底の底に。
その存在を主張するように、斧剣を叩き付けた――無傷のバーサーカーが、幽鬼のように立っていた。
紅蓮と灰が舞う中、その黒い黒い黒い巨体と赤い赤い赤い眼光が、ゆらりと揺らめいている。
――無、傷だって……!?
有り得ない、とユーノが口にする。
――――正確に言えば、バーサーカーは無傷ではなかった。
ヴォルテールとフリードの咆吼は、バーサーカーの体を貫き、四散し、消滅させた。
それはどうしようもないほどバーサーカーの巨躯を破壊し、破砕し、破断した。
だからこそ、バーサーカーは無傷だった。
宝具、十二の試練≠ノよる蘇生。二匹の一撃は、強力すぎたのだ。
バーサーカーは。
当たり前のように三回消滅して。
当たり前のように三回蘇生した。
そして、完全に消滅させるまで、後八回その命を枯らす必要がある。
それだけ。
ただそれだけの――どうしようもない現実だった。
――1:03
弾丸のように、バーサーカーが跳んだ。その方向は、当然のように。
ユーノとアルフの二人に向いていた。
「エリオ! キャロ! まだ終わってないよ!」
アルフが叫ぶ。自身は術式を構築しなければならない。
――……叫ぶことしか出来ない、なんて……!
ぎり、と歯噛みする。その間にもバーサーカーは大気を切り裂き、突き進む。
エリオはそれを防ごうとするが、しかし。
……体が……!!
動かない。限界だった。
エリオの体は血を流しすぎ、骨を砕きすぎ、既に指一本たりとも、まともに動かせる状態ではなかった。
動け、と思うが、どうしようもない。魔力もほとんど空だ。
強引に動かそうとするが、口に鉄の味と全身を焼き尽くすような痛みが広がるだけだ。
だから。
「フリード! ヴォルテール! ――お願いっ!」
キャロが、行った。
フリードは大翼を羽ばたかせ、ヴォルテールはその巨躯を以て突進し、躍り出る。
炎弾を撒き散らし、打撃を打ち放つ。
だが、二匹とて無傷ではない。
斧剣による斬撃。打撃による打ち身。エリオほどではないが、全身血まみれだ。
キャロも補助魔法を使い続け、魔力が空に近い。
それでも二匹と一人は行く。世界のために。皆のために。――エリオのために。
大地が激震する。これ以上行かせない、と二匹の竜が吼える。キャロが叫ぶ。
打撃音と斬撃音が連続として響き、肉を打つ音と肉を切り裂く音が響き続ける。
血飛沫が舞い、肉が吹き飛び、戦闘の音が続く。
――お願い、ヴォルテール、フリード。後、もう少し。もう少しだけ、お願い……!
キャロは支援魔法を重ねながら、願い、思った。
額に玉の汗を流し、ぎちぎちと軋む全身を動かしながら、祈った。
だが、その願いも。
「■■■■■■■■■■■■■■■■――――――――――――――――――――――――っ!!」
英雄の中の英雄、最強には届かない。
ヴォルテールの打撃をかいくぐり、フリードの炎弾を駆け抜け。
「ヴォルテールっ! フリードっ!」
巨体の片目に斧剣を突き刺し、白竜の片翼を引きちぎった。
――――……っ!
声なき声を上げ、血の海に沈んでいく二匹の竜。キャロもそれを見かねたのか、二匹の直下に魔法陣を展開し、涙を流しながら下げた。
……ごめんね、ありがとう。あとは私が頑張ってみるよ。
術式構築完了まで――0:15。
――後……少しなのに……!
ユーノが唇を噛む。唇が切れ、血が流れた。
その時だった。
「……っ!」
ユーノは、アルフは、そしてエリオは――その光景を見た。
◇
――0:13
守護する二匹の竜が、完全に沈黙した、その直後だった。
竜の主、キャロ・ル・ルシエが、バーサーカーの目の前に躍り出た。
ユーノとアルフの邪魔はさせないと。
エリオは殺させないと。
キャロは厳然と、バーサーカーの前に立ち塞がった。
――0:11
なけなしの魔力で、魔弾を放つ。それはバーサーカーを直撃するものではなく、その直下に向けられたものだ。
大地が、破砕した。瓦礫がバーサーカーの前に散った。
だが、その程度で、狂戦士が止まるはずもない。小石ほども気にせず、速度はむしろ上がり、突き進んだ。
――0:09
術式構築は非常にデリケートだ。
一撃でも受ければ、全ては終わる。
だが、構築完了まで、後、ごく僅かだ。
……なら、やることは、決まってるよね。
キャロは僅かに振り向いた。エリオは、それを見た。
笑っていた。
柔らかく、朗らかに、華やかに、たおやかに、淑やかに。
笑って、いた。
叫んだ。
「キャロぉぉおおおおおおおおお――――――――――――――――――――――――っ!!」
瞬間、バーサーカーの巨腕が、キャロの体を掴んだ。
――0:06
キャロは全身に強化の魔法を走らせる。
が。
「……っ!」
ばきばきばきばき、と音が響き。
その小さな口から、血が溢れ、零れた。
……絶対に、絶対に――これ以上はいかせないんだから……!
それでも、キャロはバーサーカーの目を睨んだ。
負けない、と。絶対に負けない、と。
その瞳が語っていた。
――0:05
バーサーカーも、その瞳に、何か感じたのか。
一声、呻き、キャロを放した。
宙に浮く華奢な体躯、目がけて。
斧剣を振り下ろした。
――0:03
時間が凝縮する。世界がスローモーションへと墜ちる。
ユーノが叫んでいた。
アルフが叫んでいた。
エリオは、呆然としていた。
――その光景を幻視する。
振り下ろされた斧剣が、肩口から入り、骨を砕く。肺を切り裂き、肋が砕け、内臓がぐちゃぐちゃに飛び出て、股下まで切り裂かれる。裁断される肉体は肉塊へと変貌する。血が吹き出て、腸が零れ、心臓が剥き出しに、そして、白い湯気を立てながら――――
キャロ・ル・ルシエは、容赦もなく、慈悲もなく、是非もなく、絶命するだろう。
――――私も、ここにいるんだよ?
あの笑顔も。
――――私もエリオくんと同じなんだよぉっ!!
あの泣き声も。
一緒に、強くなろうよ……私と、一緒に――――強く、強く……!
あの――誓いも。
全てが、消える。ぐちゃぐちゃに解体され、見るも無惨な物体に姿を変える。
ごろん。
血だまりに沈む、真っ青なキャロの生首が、見えた。
……――。
が――ぎん。
白熱した。全てが白に墜ちた。
何もかもが白に染まっていく中で、たった一つだけ言葉が残る。
それは。
――キャロを助けてくれ。
ではなく。
――キャロを救ってみせる。
結晶化された言葉は、燃え上がって、その形を成す。
ばぎん。
全身の甲冑が割れ、輝き、それら全ての魔力は、ストラーダへと集中していく。
刹那以下の動き。
更に、それを上回る速度で。
……――行け。
白く迸る槍が、突っ走った。
――――『我が閃光は全てを貫く』――――
振り下ろされる寸前に、それ≠ヘバーサーカーの腕を断ち切った。
黒い血を撒き散らしながら、腕は吹き飛んだ。
キャロの体も同様に、掠った衝撃波をもろに受け――回転しながら、地面に叩き付けられた。
だん、と音がして。
遂に、その時が来た。
――0:00
「行っけぇぇええええええええええええええええええ――――っ!!」
◇
光が、走った。
バーサーカーを取り囲むように、幾重もの魔法陣が描かれる。
多重に多重を重ねた術式が――その形を為す。
空間に流線が走った。それはバーサーカーを中心に、多角形の立体を形作る。
そして、内部の空間ごと切り取られ――――遥か上空に転送された。
黒の世界¥繼 XV級戦艦『クラウディア』
「――来たか」
クロノは腕を組み、瞑目していた瞳を開けた。
周りでは、他の戦艦が、黒艦≠ニ撃ち合いを重ねている。
撃沈と撃破の断続した音が戦場に響いている。
その中で、クロノの『クラウディア』だけが、沈黙を保っていた。
何をするでもなく、黒艦≠フ砲撃を防御壁にて防ぐだけ。ただその先端に付いている砲身の先が、魔力光を放っていた。
瞬間。
『クラウディア』の数十メートル先に、魔法陣が展開され――黒い巨体が現れる。
バーサーカーだ。
ユーノとアルフの超々高等術式――超長距離空間切断転送魔法の結果だった。
ちゃり、とクロノは懐から、掌大の鍵を取り出す。
「殲滅用空間歪曲魔導砲、バレル、展開します!」
『クラウディア』の前方。砲身の前方に、三重の環状魔法陣が描かれた。
オペレータの声が艦内に響く。クロノは静かに呟く。
「火器管制機構――解放」
クロノの正面に光の柱が来た。瞬間、それは収束していき、一つの球状の物体が現れる。
球は不透明な箱に囲まれ、更にその周辺には小さい環状魔法陣が不規則に揺れている。
球の中心には、穴がある。クロノの持っている鍵に対応した穴だ。
差し込む。
箱と球が赤く煌めいた。
そして。
「古き強者よ。確かにお前は強い。出典を調べるまでもなく、お前は最強だ」
だが。
「知れ。古い者よ。お前は古すぎる。世界は日々進化しているのだ。流行は古いセンスを駆逐し、凌駕していく。――お前の暴力は、私の最先端には届かない。お前のセンスは古すぎる。分かりやすく言ってやろう。つまり――だ」
すぅ、と息を吸って。
「――――ださいんだよ、お前」
言って、鍵を捻った。
「コード<Arc-en-ciel>。発射だ」
瞬間、砲身の先、環状魔法陣の先に、レンズのような皮膜が現れる。
そこに――砲撃が来た。搭載されている最先端の魔力炉四つが咆吼を挙げ、煌めき、砲身から溢れ出た。
膨大な魔力砲撃が、皮膜にぶち当たり、弾けた。
帯状となった幾つもの砲撃が、中空に浮いているバーサーカーに直撃する。
砲撃は収束し、収斂し、次元鏡面を歪ませ。
そして、一直線に線が走った。バーサーカーを中心とし、直径数十キロにも及ぶ直線が亀裂のように走る。
直後――中心点に穴≠ェ開いた。
穴≠フ向こうは、虚数空間。光もなく、闇もなく、ただただ虚無が広がる零の領域。
そこに吸い込まれるように、空間が歪曲する。物質そのものがプラスからマイナスへと堕とされる。
瞬間、空間が砕けた。
ありとあらゆる種類の消滅≠ェ、そこに起こる。空間の歪みのせいか、いくつもの色が走り、結果。
全てが弾けた。
次元が裏返り、対消滅が起こり、その砕きは百数十キロ近くに広がり――――
――――そして、全てが消えた。
前方に存在した黒艦≠ェ、ほぼ殲滅されていた。空間ごとねじ切る攻撃を、防御など出来るはずもない。
クロノは爆心地を見やった。
そこには何もなかった。当然の如く、当たり前のように、ただ魔力の残滓が漂っていた。
それ以上、何も語ることはない、と。
クロノは再び、瞑目した。
◇
バーサーカーは倒された。
だが、勝利の余韻に浸っている暇など、二人にはなかった。
「キャロ! エリオ!」
「……――!! 駄目だ、このままじゃ。一刻も早く手当てしないと」
アルフはエリオを抱え。
ユーノはキャロを抱えた。
エリオは詳しく見るまでもなく重傷だった。無茶な魔法行使と、その身に合わない第四形態の使用。
意識は無く、どくどくと全身が血を流している。全身の骨という骨に罅が入り、所々砕けている。急所に傷がないのが幸いだが、一刻を争う傷であることには違いない。
キャロも重体だ。無論、意識はない。バーサーカーによって掴まれ、更に――直撃はエリオによって避けられたとはいえ――斧剣の一撃を受けたのだ。骨は砕かれ、斧剣が掠った箇所は、切り裂かれ血が吹き出ている。
アルフが涙を浮かべ、歯を食い縛る。
「アンタ達はよくやった……! よくやったよ。だから、ここからはあたし達の仕事だ。絶対に――死なせないからね……!!」
言って、直下に魔法陣が展開、そのまま旗艦『クラウディア』に、エリオと共に自身を転送した。
ユーノも同様にキャロを背負って、掌を足下に向ける。転送用の魔法陣が展開され、その身を空間へと溶け込ませる。
ただ転送される直前、塔≠フ頂上を見透かすように、天井を見上げ。
「……後は任せたよ。スバル、鈴ちゃん」
そして。
「――――士郎君……!!」
噛み締めるように、その名を呟き、その身を転送した。
ごご、と軋るように、塔≠ェ震えた。
◇
黒い太陽≠ノ七色それぞれの亀裂が走る。それは砕かんとばかりに黒い太陽≠軋ませた。
分解、解放されていく魔力が黒い風となり、辺りに散って、爆発のように広がった。
「……やった……?」
スバルがその予感を確信にしようとした――その時だった。
「あぁ――だからお前達は愚かだというのだ」
アーチャーが言って、瞬間、黒い太陽≠ェその鼓動を大きくした。
どっくんどっくんどくんどくんどくんどくんどくどくどくどくどどどどどどどど――――
今までの何倍もの大きさのフレアが走り、風が暴れ狂い、震動が激震へと変わっていく。
「これ、は――――」
スバルが目を見開き。
「――――まさか」
と、士郎が戦慄した。
アーチャーは皮肉気に笑う。
「そうだ。お前達は愚かだ。何故、ロストロギア臨界の術式が強引なのか考えなかった? 何故、わざわざ効率の悪い術式を使っているか考えなかった? 何故、私達はこの世界の術式には通じていないと断じた?」
ご、と一歩を踏み出し、足下を砕く。
「お前達はそこで思考停止するからいけない。何故、お前達は、これが罠だと考えなかったのだ。だから、お前達は、お前は――愚か者だというのだ。衛宮士郎――っ!」
「行かせないっ!」
スバルが拳を繰り出すが、それはあっさりと躱され。
「後悔しろ。残された時間は――たった七分だ」
それは黒い太陽≠崩壊させる鈴の術式よりも――幾ばくか早い時間だ。
言葉と共にアーチャーの双剣が走り、スバルを切り裂いた。
「あ、っづ――――!」
十字に切り裂かれ、膝を崩す。
――待て……!
思い、手を伸ばすが、空を掴むだけで終わる。
紅い外套が、士郎に迫る。
魔術も使えず、魔法も使えない。ただの一般人でしかない士郎にそれを阻むことは不可能だ。
ざん、とアーチャーは士郎の目前に立ち。
「七分、あと七分で、全てが終わる。世界が終わる。――だが、お前だけは」
「な、にを――――」
「お前だけは、簡単に終わらせない。――全てを知った上で、絶望しながら終わっていけ」
右の掌で、士郎の頭を掴んだ。
瞬間、魔力が走り、そして弾けた。
「――あ」
ばつん、と電源が切れたように、膝が崩れ、倒れ伏す。
完全に意識を失っていた。そこに。
「士郎から、離れろぉ――――っ!」
腹部から血を流しながらも、構わないとばかりにスバルはアーチャーに殴りかかった。
空を切る。アーチャーは大きく跳躍し、黒い太陽≠フ前に立つ。
最初に三人がこの部屋に入った時と同じ立ち位置だった。
アーチャーは鋭い目つきで、スバルを射貫く。
「さぁ、どうする。名も知らぬ女よ。もうお前を助けてくれる者は誰もいない。体は切り裂かれ、傷だらけ。おまけに制限時間もぐっと縮まった。――絶対絶命だな」
「……――!」
「それでも来るというのか、お前は。残り七分。この私を打倒し黒い太陽≠フ臨界を阻止し――世界を救おうというのか」
当然、と。
みしりと拳を軋ませ、スバルは無言で肯定した。
「……ふ。そうか、そうだったな」
――――体は剣で出来ている――――
ごう、とアーチャーの足下から黒い影≠ェ這い上がってきた。
「お前は、そういう存在だったな」
――――幾たびの戦場を越えて不敗。
ただの一度も敗走はなく、
ただの一度も理解されない――――
這い上がる影≠ヘアーチャーの体を汚染し、黒≠ノ染め上げていく。
「ならば、話は簡単だ」
――――彼の者は常に独り 剣の丘で勝利に酔う――――
全身を黒≠ノ染めながらも、アーチャーは呪文の詠唱を続ける。
「お前は、その幻想を抱いたまま」
――――故に、生涯に意味はなく。その体は、きっと――――
「絶望にその身を沈み逝け」
ざざざ、と完全に黒≠ノ染まった体をスバルへ向けて。
「――――無限の剣製=\―――」
告げた瞬間、世界が塗り変わった。
錬鉄の炎が走った。周りの風景が歪み、ぐにゃりと変化していく。
――これ、は……!
スバルは内心で驚愕した。魔法では決して有り得ない現象に蹈鞴を踏む。
「……っ!!」
風が吹き、炎が駆け抜け、目を伏せた。
そして。
目を開けた瞬間――――世界が完全に変容していた。
彼方まで広がる荒野に、無限に突き立つ剣の墓標。そして、黒い空に浮かんでいる歯車が、ぎちぎちとその音を立てる。
鉄を打つ音が辺りを振るわせ、赤い燐光が大気に散っていた。
まるで――錬鉄場だ、とスバルは思った。
視線の先、世界の中心に、アーチャーが厳然と立っている。
「さぁ、これよりお前が相対するは無限の剣戟、無窮の境地だ」
ず、と傍らに刺さっていた剣を抜き、掲げる。
「力を証明すると言ったな、名も知らぬ女よ。それを貫き通すならば――――」
いつもの、皮肉気な笑みを浮かべて。
「――――この世界の悉くを凌駕して見せろ」
言って、告げた。
スバルは周りを見渡す。
剣の墓標の全てが、スバルに向けて、殺意を漲らせている。
敵だらけだ。味方もいない。
ただあるのは、傷ついた体と。
……――――この右腕だけ。
それを掲げる。黒い鉄の腕が、回転数を上げ、ぎりぎりと唸った。
魔力を全て解放。マッハキャリバーのリミットが外され、その真の姿が露わになる。
モードギア・エクセリオン=B足下から、蒼い羽根が広がった。
「名も知らぬ女――じゃないよ」
構え。
「私の名前は、昴。スバル・ナカジマだ」
言って、無限の剣に向かって、駆け出した。
正義の味方が行く。
蒼穹の走駆者≠ェ行く。
スバル・ナカジマが、行く。
アーチャーは、ふ、と息を吐き。
「物語の主人公よ。――――大団円の準備は十全か」
――此処に。
正義の味方の残骸と。
正義の味方の現役が。
その相対を開始した。
→EP:11
Index of L.O.B
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