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|Ash Prolog|
 

 それはもう終わってしまったお話。
 語られなかったひとつの物語の結末。
 遥か未来、いつかの誰かが行き着いた人生の終わりだ。

 ――――さぁ、それでは語ろうか。
 終わりから始まる、この灰と夜の物語を。

/ Epilog

 空間の狭間。
 次元と次元、世界と世界の狭間の、更にその狭間の空間。
 ありとあらゆる物質が混在し、輪廻し、また流れていく。
 色彩は有にして無。認識すると同時、光は万華鏡のように乱舞している。
 その空間の中央に、『彼女』はいた。
「……随分、遠くまで来ちゃったね。相棒」
 そう言って笑う『彼女』の姿は、襤褸雑巾の体を為していた。
 打撲・裂傷。流れ出た血は凝固し、ボロボロの白い装束を赤黒く染めていた。
 そうだね(イエス)≠ニ返す『彼女』の相棒も、またスクラップ寸前だ。
 黒鉄の右足。その中央の蒼の宝石。白銀の左足。その中央の紫の宝石。そして、『金色』に輝く右腕――――いずれも罅だらけで、みちみちと軋んでいる。
 『彼女』が小指を動かすだけで、はらはらと欠片が落ちていく。
 刹那の、その更に刹那の、僅かな時間。『彼女』はふと思考した。
 それはまるで走馬燈だった。
 今までの道のり。歩いてきた人生。
 その『残滓』が、ぱたぱたとスライドショーのように網膜を焼く。
 楽しいこともあった。悲しいこともあった。
 無くしてしまったものもあった。亡くしてしまったこともあった。
 ――……色んな事があったよね。ほとんどもう、忘れちゃったけどさ――――
 受け継いできたモノ。大事な言葉。誰かの思い出。ブランクの果てに墜ちていった大切な何か。
 唯一掌に残ったモノは僅かで、でも、背中にあるのは抱えきれないほどの希望。
 それを重いと思ったこともある。それでもこの右腕で掴んだモノを離したくなくて、ここまでやってきた。
 ……今はもう思い出せないけど。

 ――――例え、最後が。
 何処とも知れない、こんな訳の分からない場所で。
 ただ一人、孤独に死んでしまうとしても――――
 別に、そんなに悪くないと思ってしまうのは、どうしてだろう。

馬鹿じゃないの!? そんなことアンタがわざわざやらなくても良いでしょ!? 折角助かったのに、どうして……誰かに言いように使われて、アンタはそれで良いの!? 自分の人生を犠牲にしてまで、幸福な今を捨ててまで、どうして……。そんなこと――――誰も!
 『あの人』だって望んでないわよ!!

 ……ああ、そうだね。その通りだよ、■ィ■。きっと私は大馬鹿だ。

 思い、ニヤリと『彼女』は笑った。

 ――――でも、大丈夫だよ。他人から見たら、惨めで、どうしようもない結末だけど。
 一人で。孤独で。誰も見ていない所で朽ち果てて。
 誰の記憶にも残らない最後だとしても。
 それでも――――

 あの夜。あの■■。■■と話した、いつかの■い。

 掌の中に残ったモノを守り通せたのだから――――

「あは、ごめん。もう名前も思い出せないや」
 じりじりと全身を焼き尽くす力≠フ渦。
 残響音。剣と鋼、そして魔導の力が混在し、脳髄まで寸分違わず、ざくざくと切り刻んでいく。
 遠く、彼方。

 ……――――もう たたかうりゆうも おもいだせないけど。

「さて、行こうか。相棒」
 戦う理由は無くとも、『戦うべき相手』はいるのだから。
 そして、『彼女』は面を上げた。
 ――――長い蒼の髪と、血で染まった鉢巻きが、微かに揺れた。

 瞬間、咆吼が『彼女』の耳に届いた。

 空気が存在しないため、それは音を伴っていないが、放出される莫大な『力』が空間そのものを震わせる。
 黒の巨体。『彼女』の数十倍はある、暗黒を更に黒くさせたような漆黒の体。
 一言で示すなら、それは『龍』だった。
 だが、四肢はなく、鋭利な角があちこちから生えている。
 額の、一際大きい角の下――赤い眼光が『彼女』を見据えていた。
 ――――それは厄災。それは罪。それはセカイヲホロボスモノ。
 かつて世界が一つだった頃、ヒトが産み出した傲慢なる力。

 七つの大罪≠ェ一。世界喰い=Aリヴァイアサン――――

 黒の痛み――全ての物質・熱量を変換した力、ブラック・ペインと呼ばれる黒い波動が全身から溢れ出る。
 視線がかち合う。
 それだけで空間が激震する。
 次元震だ。
 『魔力』と『力の波動』が共振し、みちみちと軋む。
 『彼女』は右腕を掲げ、そしてリヴァイアサンもまた黒の波動を収束させいく。
 右腕が輝いた。黒を一切寄せ付けない、輝かしい黄金色が闇と拮抗する。

「さて。それじゃあ――正義の味方を、始めよう」

 そして、一瞬の永劫が流れた。
 それは文字通りの意味だ。ここでは時間の概念が存在しない。
 認識により時間は変動し、一秒は万年であり、億年は刹那だ。
 過去は未来へと流れ込み、未来は過去へと反転する。現在は定まらず、散り散りになって流転する。
 この瞬間、『彼女』の拳と黒の波動がぶつかり合って、ぶつからなかった。
 因果が存在しないこの空間では、矛盾もまた生じることはない。
 決着は一瞬で着き、また永遠に着かなかった。
 再び、永劫という刹那が流れて――――

 ばきん、と噛み砕くように空間が割れた。
 激震と共に、遥か上空に――リヴァイアサンと『彼女』の姿が躍り出た。
 雲上、太陽の下。物理法則が適用された途端、『彼女』の拳とブラック・ペインのぶつかり合いが開始された。
 一秒の内に億万回、光速すら凌駕する速度で、二人は打ち合っていく。
 一発一発が次元すら討ち滅ぼすほどの威力だった。
 にも関わらず、この『世界』が壊れないのは、いかなる奇跡か。
 空間は境界によって区切られ、雲下の世界には僅かも影響を出さない。
 その時――だった。『彼女』の超々感覚が、『何か』を捉えた。
 それはどこか懐かしい感覚。
 摺り切れて摺り切れて。もう無くしてしまったけど。
 確かに、大切な――――
「――――あ」

 瞬間、がぶり、と。『彼女』は、リヴァイアサンの牙に噛み砕かれた。

 みしみしと全身が裁断されていく。
 四肢が、デバイスが、脳髄が、内臓が、砕かれ、砕かれ。
 分子の域、素粒子になって次元の彼方へ吹き飛んでいく。
 『彼女』は――こうして、完全に敗北した。
 だが、分解されていく中、最後の表情は。
「……は、はははは! 何だ、そういうことか! ああ、そうか。そういうことだったんだ!」
 ――――笑って、いた。
 そう。
 きっと、全てに意味はあった。
 あの戦いも。
 あの出会いも。
 この、孤独な最後も。

 全ては――――

 『彼女』は、思い出していた。
 何もかもを。
 『彼女』は、理解していた。
 何もかもを。
 過去と現在。繋がり行く未来。
 果ての結末。
 『この世界』が何処に向かっているのかを。

 『彼女』は、ふ、と目を弓にし。

「じゃあ、後は任せたよ? ねぇ、――し」

 続く言葉は粒子と共に消えた。
 砕かれる最後の刹那、聞こえた音は。
『CODE:"Fantazm Braker Over Works":Start Up』
 次の瞬間――結界は爆ぜ、かつてない規模の次元震が発生した。
 それは地震や嵐といった自然現象の形で、この世界。
 ――――第97管理世界『地球』、冬木の街を揺るがした。

 第五次聖杯戦争。
 運命の夜の、その半月前の出来事だった。


/ Prolog -6

 ○その半年前

 ずんどらがっしゃーん、と派手に音を立てて、『ソレ』はイリヤスフィール・フォン・アインツベルンの目の前に現れた。
 城の一室。何が起きても良いように、と周りから隔絶されたサーヴァント召喚専用の地下室。
 魔法陣と一級品の魔道具――アーティファクトで囲まれた中、銀髪の少女、イリヤがいた。
 そしてその前にいる『ソレ』は。
「いてて……」
 なんて、言いながら頭を抱えていた。ぶっちゃけ、どっからどう見ても、ただの女の子にしか見えなかった。
 イリヤは思う。
 ――えーとさ、英霊と呼ぶべき存在が、召喚されるやいなやすっころぶなんて前代未聞だよね――と。
 イリヤは絶句。半ば思考停止しながらも、彼女≠見た。
 蒼い髪と碧の瞳。黒のアンダーに白のジャケット。腰の所にあるハードポイントからたなびく白い外套。右の鉄の腕が妙に目を引く。そして足には装甲と底から覗く二つの滑車。というより――
 ……あれローラーブレードっていうんだっけ。
 イリヤはそういう風に、ぼんやりと観察していると、ソレは顔を上げ。
「あ、君がマスター? 私、スバル・ナカジマっていうんだ。クラスはバーサーカー。よろしくね。あと、お腹空いたから何か食べさせてくれると嬉しいんだけど」
 ――――なんて、突っ込みどころ満載の台詞を吐いた。
 イリヤは目眩で倒れそうな中、陣の中央に置いてあるものを見る。
 剣、というよりはむしろ石塊。巨大な岩石を削りだして作り出された斧のような剣だ。
 それはサーヴァントの触媒だ。今度こそ聖杯戦争に勝利するために、アインツベルンが用意した最強の英雄を呼び出す触媒。
 ……のはずだった。
「え、と。……ヘラクレスじゃない?」
 かの大英雄ヘラクレスがこんな少女で――しかも召喚された途端、すっころぶような人間であるはずがない。
 というか、こんな馴れ馴れしいバーサーカーなど聞いたことがない。むしろ有り得ない。
 そもそもバーサーカーとは知性を犠牲にしてステータスを極限まで上げるというサーヴァントだ。会話など出来るはずがないのだが。
 しかし、ヘラクレスの斧剣を触媒にし、バーサーカーとして召喚を行ったのだから、目の前のサーヴァント(らしき女性)はバーサーカー・ヘラクレスでないとおかしい。
 イリヤの態度は至極真っ当なものであった。
 そんなイリヤの当然な質問に対して、バーサーカーは。
「おー何か強そうな名前。でも違うよ、私の名前はスバル。スバル・ナカジマだよ!」
 頭が痛くなるほどの脳天気な笑顔で再度名前を告げた。

「なんでよ――――っ!」

 漸く動いたイリヤの体は、第一声。声高らかに、そう叫んだ。
 胸元の、鋼のネックレスが微かに揺れた。


/ Prolog -5

 ○その一週間前

「……うーん。確か、この辺だよね。レイジングハート」
 冬木町、その上空で高町なのはは己の相棒に呟いた。
 その通りです≠ニ無機質な声がなのはの耳に届く。
 うーん、と首を捻るが、特に周りにはおかしい様子はない。あれほどの次元震だったというのに、魔力の残滓すらないのは少し変だ。
 なのははレイジングハートに魔力を込め、辺りにサーチ魔法をかける。
 が、やはりおかしいところは見られない。
 危うくこの世界――地球を破壊するかもしれないほどの規模だったのにも関わらず、だ。
 管理局が観測した、突然の次元震。そしてそれはあっという間に収束した。
 力の流動と、その変移――何もかもが常識を逸脱している。
 何もない。その事が何より異常だ。
 おかしいなぁ――と呟き、なのはは眼下を見つめた。

 瞬間。

 突如、空間に亀裂が走り、黒い閃光が、なのはを撃ち抜いた。

 何かを疑問に思う暇もない。
 ぼ、と小規模な爆発が起き――その小さな体は落下していった。
 亀裂は再び収まっていき、そして何もなかったように、いつもの空間に戻った。

 ――――高町なのは、撃墜。
 行方不明――――

 管理局にその報告が入ったのは、それから約30分後のことである。


/ Prolog -4

 ○その四日前

「おい、何で天下の執行者がこんな所にいるんだ。バゼット・フラガ・マクレミッツ」
「その言葉はそっくりそのままお返ししましょう、ロード・エルメロイ二世」
 ロンドン、大英国博物館。通称、時計塔と呼ばれる場所。
 その一室。時計塔は地下に深い構造をしているが、この部屋は地上にあった。
 来賓室と呼ばれる部屋。机と卓と本棚とソファ、どれも超一級品だ。
 ソファに座っているのは二人。一人は大戦略と書かれたTシャツに白衣というラフな格好の長身の男性。一人はかっちりとしたフォーマルスーツに身を包んだ、これまた長身の女性。
 きっちり一人分間を開けて二人は横目でにらみ合っていた。
 エルメロイ、と呼ばれた男はイライラした顔で紙巻き煙草に火を付けた。横目で女性の左手を見る。
 その掌に浮かんでいるのは――――聖痕。聖杯戦争の参加者の証である令呪の予兆だ。
「……お前はこんな所でのんびりやっていいのか。件の聖杯戦争も、もうすぐ開幕だろう。油売っている暇などはないはずだが?」
 ふぅ――と大きく煙を吐く。
 バゼット、と呼ばれた女性は僅かに顔を顰めながら。
「……自分が参加者として選ばれなかったことが、そんなに不服ですか。参加者は聖杯が選ぶ。枠≠フ一つを時計塔が持っているとはいえ、二度同じ人間が戦争に参加するのは、些かルール違反というものでしょう」
 だから、これは当然の結果です――――と言った。
 エルメロイは、ち、と舌打ちした後。
「ふん、馬鹿なことを言うな。誰が参加したいなどと言った。アレはもう私の中では既に完結した事柄だ。今更あんなイカれた儀式に参加しようなんざ思ってもいないさ」
 そう言ったエルメロイの脳裏に十年前の光景が蘇る。
 『王』との出会い。戦い。別れ。
 あの日、あの時。『彼』の臣下になった、あの瞬間を。
 だが、それをもう一度繰り返そうとは思わない。
 あの出来事は――完璧に、完全に、完結していた。
 悔いも未練も何もない。
 もう一度『王』と会いたい――――と思わなくもない。が、それ以上に、あの出会いを、あの別れを穢してはいけないと強く思う。
 そう――いつか、どこかで。彼の王に誇れるだけの忠臣になれる、その時まで――――
 だというのに。
 エルメロイの眉が一層ひそまった。いつもは吸わない紙巻き煙草の不味さが余計にエルメロイを苛立たせる。
 ――こんな時に限って金穴ときたものだ。ついていないにも程がある。
 もう自分の中では完結したはずの聖杯戦争。その開幕直前のこの時期に――参加者であるバゼットと一緒にソファに座っている。
 しかも、その呼び出し相手が――――
「ザ・クイーン≠ノ呼び出されたんですよ。アナタと同じように、ね。ローレライのご令嬢が私達に何の用事なのでしょう」
 バゼットは肩を竦めて言った。
 時計塔の頂点――現代最高峰の魔術師(ザ・クイーン)<oルトメロイ・ローレライ。
 尊き貴族の血(ブルー・ブラッド)、院長補佐という立場から見ても、雲上の人物だ。
 そんな人物から呼びだしを喰らうという前代未聞の事態が、更にエルメロイの頭痛に拍車をかける。
 は、とエルメロイは自嘲するように鼻で笑い。
「かの名高きバルトメロイ様が、木っ端魔術師である私達に何の用事なんだか」
 伝承保菌者(ゴッズ・ホルダー)≠ナあるバゼットはともかくとして、人に教えるのが上手いだけの自分に、彼の魔導元帥がわざわざ声を掛けてくる理由が分からない。
 バゼットもそれは同じだ。
 確かに自身は一流と分類される執行者、そして伝承保菌者(ゴッズ・ホルダー)≠ニいう肩書きではある。しかし魔導元帥の名に較べれば、そんなもの路傍の石と変わらない。
 唯一つ、心当たりがあるとすれば――――
 ――――聖杯戦争。
 エルメロイも同様の答えに行き着いたようだ。二人の共通点はそれしかないのだから、当たり前と言えば当たり前なのだが。
 しかし、それを安易に認める訳にはいかない。というか認めたくないと言わんばかりに、エルメロイは八つ当たりのように煙草の火を灰皿に押しつけた。
 ……そうだ。今更――今更だろう? なぁ、ライダー――――
 思い、矢継ぎ早に言葉を続ける。
「そもそも彼女は――今、誰かを追っているという噂じゃないか。その鼻っ柱を思いっきり叩き折ったという誰かをね。ふん、誰かは知らないがいい気味さ。女王様もたまには挫折というモノを――――」
 そう、口にした瞬間だった。

「……ほう。随分なご高説だな。流石、その良く回る口で成り上がってきた男は言うことが違う」

 二人の背後。ソファを挟んだ位置に――噂の人物。彼のバルトメロイ・ローレライが冷徹な瞳で見下していた。
 鞭を持ち、白のコート、焦げ茶のブーツ。後ろで束ねられた髪。その全てから威圧感を放っている。
 その気品。その優雅さ。高潔なる血統――尊き貴族の血(ブルー・ブラッド)の証だ。
 勢いよく振り向くバゼット。その顔には冷や汗が浮かんでいる。
 ――――全く気配を感じなかった。これが……現代最高峰の魔術師(ザ・クイーン)=c…!!
 バゼットとて一流の執行者――戦闘に特化した魔術師である。そのバゼットが全く気配を感じ取れずにここまでの接近を許した。
 その事実が、改めてバゼットの脳髄に現代最高峰の魔術師という称号を焼き付ける。
 対し、エルメロイは。
 ……あーあ、やっちまった。
 と、しかめっ面で頭を抱えていた。
「あー今のはですね。単なる雑談でして――――」
 やれやれ、と半ば諦めた顔で、言い訳を口にするエルメロイ。
 だが、そんなもの何処吹く風と言わんばかりに、バルトメロイはかつかつと二人の前に出る。
 その表情は僅かも揺らいでいない。
 路傍の石が何が言おうと自身には関係ない。自分の血こそが最も尊く、それ以外の者は全てローレライ以下である――これこそがバルトメロイ・ローレライの価値観だ。
 バルトメロイはぐるりと周りを見渡し。
「――――随分質素な部屋だな。まぁいい。とっとと用事を済ませるとしよう。……死神≠追うのに私も忙しいのでな」
 かつん、と小気味よい音を立てて、振り向いた。
 皮肉じみたその目はエルメロイの方に向いている。というか、わざわざ『忙しい』を強調する辺り、間違いなく皮肉だ、とエルメロイは思う。
 ……――――死神、ね。
 死神――DEATH。その名前が脳裏に過ぎる。
 情報が少なすぎて、全く実体が掴めない人物。
 突然現れ、速やかに目標を殺害する。正しく死神といった存在だ。
 ふむ、とバゼットは思案する。
 ……どうやら、噂は本当だったようですね。祖の一人――アインナッシュが死神によって討ち滅ぼされたと聞いたときは眉唾としか思えませんでしたが。
 エルメロイは肩を竦める。
「で、そんな忙しい魔導元帥様が、こんなファッキン木っ端講師とファッキン暴力チャンプに何の用で?」
「前々から思ってましたが、何故アナタが『時計塔で一番抱かれたい男』に選ばれたのか甚だ疑問です」
「知らないのか? ロックスターはモテるんだぞ。最後にビッチとつければ完璧だ」
「知りません。というか何ですか、その常識は。そもそもアナタ、ギター弾けるんですか?」
「弾けるはずないだろう。何で私がそんなことを?」
「黙れ貴様ら殺すぞ。――社会的にも肉体的にも」
 黙った。それはもう息を合わせたようにぴったりと同タイミングだった。
「ち、話が全然進まん。何でこの私がこんなことを……」
 しかめっ面をしながら、バルトメロイは嘆息する。
 かなりレアな光景だな、とエルメロイは思うが、流石に口にしない。
 ふぅ、と一息つけてから。
「……――――貴様らも知っているだろう。十日前、聖杯戦争の舞台である冬木町にて、莫大な魔力爆発が観測されたことを。どうやらそれを、無駄飯喰らい≠フ連中が目聡く嗅ぎつけたらしい。調査のために局員を同行させろ、と言ってきた」
 無駄飯喰らい=Bそのスラングを聞いた瞬間、二人の表情が変わった。
 思い出される存在は一つだけ。
 ――――次元管理局。
 数年前、とある事件を切っ掛けに、その存在が明らかになった『世界』の管理機構である。
 魔術とは違う別系統の技術を用い、宇宙どころか次元すらも航行出来るという、桁違いの科学力を有する組織だ。
 管理局が言うには、世界は次元によって分け隔てられ、それこそ無数に存在するというのだ。この世界――地球もその一つだ、と。
 無論、魔術協会側も、そんなこと容易には信じなかった。――実際に、その科学力を目にするまでは、の話だが。
 彼らは元々こちらのことを管理外≠ニカテゴリし、干渉する気はなかったようだが――海鳴という地で起こった事件。そこに調査のために派遣された協会の魔術師と鉢合わせたのが不味かった。
 現地にいた管理局局員とごたごたを起こし、結果、次元管理局の存在が裏の世界に明るみに出た。
 以来、次元管理局とは少ないながらも、交流は存在している。
 だが、その交流はあくまで管理局側からの一方通行的なもので、局に嫌悪感を抱いている魔術師達も多い。
 更にそれに拍車を掛けているのが、管理局側の『技術』にあった。
 彼らが魔法≠ニ呼ぶ技術は、この世界の魔術と似ているようで、その実、かけ離れたモノだ。
 魔法=\―それは極稀に自然発生するという、先天的魔術回路・リンカーコアを利用した技術である。
 『世界』と直接繋がらずに神秘を行使する『技術』――――そんなものを魔術師が容認できるはずもない。
 全ての魔術師は根源を目指す。それが究極の目的であり、それ以外はどうでもいい。神秘の顕現はあくまで根源を目指す過程であり、真理に至るまでの手段に過ぎない。
 しかし管理局の魔法℃gい――魔導師は、神秘の顕現のみを目的としている。彼らにとって真理の追究はどうでも良く、神秘の行使は、ただの道具でしかないのだ。
 故に『技術』。『学問』である魔術との違いは、そこにある。
 魔術師にとって、これほど馬鹿げた存在はない。そんなものを魔法≠ネどと呼んでいることも気にくわない。
 魔導師という存在そのものが、全ての魔術師を侮辱している――というのが、魔術協会側の認識の全てだった。
 ――――無駄飯喰らい=B
 真理の探究など一切せずに、ただ徒にマナを消費するだけの居候――という意味だ。
 要するに魔術師と魔導師は、とんでもなく仲が悪い。が、魔導師側の戦力はこちらを大きく上回っているため、表面上、仕方なく彼らを容認している、というのが現状の世界だ。
 ふん、と鼻息を鳴らし、バルトメロイは言葉を続ける。
「……そんな要請、普段なら蹴ってやるんだが……しかし今回は少しばかり事が厄介でな。事前に無駄飯喰らい≠フ奴らは冬木の地で調査をしていたらしいのだが――それも無許可で、な。その身勝手な行動の結果……ああ、もう面倒くさい。実際に見て貰えれば早いだろう」
 言うと、バルトメロイは懐からカードを取り出した。
 カードの表には魔法陣――明らかに魔術ではない――の刻印が為されている。
 とん、と刻印に指で触れたと同時、カードは淡白い光を放った。
 次の瞬間――――
「……!!」
 バルトメロイの両脇。床にカードと同じ魔法陣が描かれ、そして、光の中から二人の少女が姿を現した。
 ――転移魔法とやらか。相も変わらず、出鱈目な連中だ。
 エルメロイが、ち、と舌打ちをする。同じ事を魔術でやろうとしても、恐らくは莫大な時間と労力がかかるだろう。
 神代の魔術師ならともかく――現代ではほとんど魔法の域だ。
 瞑目していた二人の少女は、同時。目を開けた。
 二人とも管理局の制服を着込んでいる。だが色が違う。長い金髪の少女は黒。茶色がかったショートの少女はベージュだ。
 二人はバゼットとエルメロイを見て。

「時空管理局執務官。階級は一尉扱い。フェイト・テスタロッサ・ハラオウンです」
「同上。特別捜査官。階級は一等陸尉。八神はやてです」

 そう敬意の動きで言った。
 バゼットは二人に倣い、自分の名前を告げる。
 対し、エルメロイは無言だ。その視線ははやて――と名乗った少女の左手に注がれている。
 そして「――ああ、そういうことか」と呟き、頭を抱えた。
 はやての左手の甲。
 そこには――――令呪の予兆。聖痕が刻まれていた。
 エルメロイは頭を抱えたまま。
「元帥。一つだけ聞いて良いですか?」
「何だ」
「どうして――三流魔術師でしかない、自分なのですか?」
 バルトメロイはニヤリと笑い、鼻を鳴らし。
「……私が面倒くさいからだよ、ロード・エルメロイ二世。それ以外に何か理由が必要か?
 ――――無駄飯喰らい≠フ相手には貴様ぐらいが丁度良いだろう?」
 経験者≠セしな、とそう言った。
 明らかなバルトメロイ――もう随分慣れたモノだが――の蔑視に、フェイトとはやては首を竦めて互いを見合う。
 エルメロイは。
 ……そうすれば、あちら側にも一応は示しはつく――ということか。やれやれ、貧乏くじだな。
 『僕』はいつでもそうだ――と、頭を抱えたまま呟いた。
 だが、その表情は――――

 ニヤリと。
 不敵に、笑っていた。


/ Prolog -3

 ○その二日前

 バイトの帰りだった。
 食料が詰まったビニール袋を片手に持ち、ぼんやりと歩いていたのが三秒前のこと。
 日はとうに落ち、夜の帳が落ちている。
 平凡な道。電灯の下で。
 青年は『それ』を見た途端、少しだけ目を泳がせた。
「……えーと、これは一体どういう状況だ?」
 困惑しきりと言った顔で、その青年――衛宮士郎は額に手を当てた。
 視線の先には、小さな体。
 その小さな体が――地面にうつぶせに倒れている。
 電柱の横で、目をグルグル回しながら倒れている。
 挙げ句の果てに、ぐぎゅる〜という音が聞こえている。
 そして、その小さな口から。

「お腹……空いた……」

「――――」
 ……行き倒れ、か?
 士郎はどうしたもんかと首を捻った後、ごそごそと袋を漁り。

「……喰うか?」
「喰う――――!」

 差し出したどら焼きをビニールごと、というか手ごと食らい付く――高町なのはを視線に収めて。
 士郎は再び、どうしたもんかと首を捻った。

 そして。

「……何かしらコレ」
 市街からの帰り、遠坂凛は道路の端に打ち棄てられたように転がっている『ソレ』を見つけた。
 幾ら街灯があるからといって、簡単に見つかるようなモノでもなかったが、目ざといのに定評がある遠坂凛だ。流石である。
 ひょい、と指でつまみ、街灯の明かりに透かしてみた。
「あら、綺麗。宝石――かしら」
 指先にあるのは赤い玉だ。どうも宝石とは違うように思うが、しかし作りは安くない。
「……」
 むぅ、と腕を組み、何秒か思案した後。

「今日の夕食は何にしようかしら――――!」

 言って、赤い宝石をコートのポケットに入れた。

 ――――ネコババ、だった。


/ Prolog -2

 ○その三日前

 言峰綺礼はその夜、ソファに体を沈み込ませながら、言った。
「見ろ、ギルガメッシュ。これは一体何の冗談だろうな?」
 ワインを片手で燻らせ、そして一口飲み込んだ。
 その掌には――紋様が刻まれていた。ミミズ腫れにも似た、ソレ。
 言峰の対面にいる黒いジャケットの金髪の男――ギルガメッシュは、それを見て。
「……まさかお前が再び参加者になるとはな。――茶番、だな。一体どういう風の吹き回しだ? 綺礼」
「さぁな。聖杯の考えなど私に分かるはずがない。だが、これは確かに異常だ。恐らくシステムそのものに重大なエラーが起き……枠≠サのものが大幅にズレたのだろう。いや、ズレたのは――枠≠ナはなく……ふふ。気をつけろよ、ギルガメッシュ。今回は前回以上に狂っている。何が呼び出されるか、何が起きるのか分かったモノではないぞ」
 ギルガメッシュは「――は」と鼻で笑い。
「抜かせ。これが見せ物というなら、我は精々楽しませて貰うとするさ。それで、誰かから令呪を奪う手間が省けた――貴様は一体何を呼び出すつもりだ?」
 言峰はワインを一息に飲み込み。
「決まってる。知っているだろう? 私は酷く、臆病なのだよ」
 不確定要素は要らない。前回の轍を踏むわけにはいかないのだ。
 ならば、前回の参加者が選ぶ選択肢は決まっている。
 ――――自分が知っている、扱いに慣れたクラス。
 つまり――――
「くくく、面白いことになるぞ。今回ばかりは私にも一切読めん。なぁ、ギルガメッシュ。興味はないか? 今回の狂いに狂った聖杯が――『何』を吐き出すのか」
 前回は新都を焼き尽くすほどの大災害が起きた。
 ならば、此度の聖杯戦争の結末。狂いに狂った聖杯が、いかなるカラミティを引き起こすのか――――
「さぁ見せて貰おうか、テンノサカヅキよ。この茶番劇の結果を。お前の、その泥に塗れた願望を……!!」
 言峰は天井を仰ぎ見た。灯りの先、真円を描いた満月を透かし見るような仕草だった。
 ギルガメッシュは黙ってその仕草を見た。
 ――――……願望機の願望を見ることを望むか。さて、狂っているのはどちらの方か。
 立ち上がり、静かに部屋を出た。
 教会の出口へと向かう、その最中。
 ギルガメッシュは少しだけ顔を上げた。
 視線の先には――――十字架。全てを見守るようにして屋根に鎮座する神の象徴。

 ――――降り注ぐ月光は、灰色にも似て。


/ Prolog -1

 ○その一日前

 そこは薄暗い部屋だった。
 明かりは無く、ただ闇がある。
 しかし、そこには蠢く『何か』がある。闇の底で、ざわざわと犇めくのは。
 ――蟲、だ。
 キィキィ、と鳴く声のみが空間に響いている。
 しかし。

 瞬間、その闇を散らすように――莫大な光量が飛沫(しぶ)いた。

 部屋の中央から渦を巻く光は全てエーテル。光から逃げるようにざわめく蟲達。
 ――――それをぐちゃり、と踏みつぶす音がした。
 光の中心……魔法陣の中央には一人の人影がある。
 そして、もう一つ。魔法陣の前に、長い髪の女性の影。
 ばさり、と光を弾くように魔法陣の中央の人影――『彼』が動いた。それだけでエーテルの乱舞が止む。
 『彼』が女性の影を一瞥した――刹那。
「……」
 ひゅ、と空気を裂く音がした。その短い音が止む前に、『彼』の無骨な短剣の刃が、『彼女』の首筋の直前で静止した。はらり、と刻まれた髪が地面に落ちる。
 『彼女』は微動だにしなかった。どころか、自身の命すら危うかったのにも関わらず眉一つ動いていない。
 別に『彼女』に何か策があるというわけではない。どころか、このまま斬撃を『彼』が止めなかったら、そのまま首が落ちただろう。
 しかし、力が無いわけではない。『彼女』には『彼』を律する力がある。サーヴァントに対する絶対命令権――令呪という力が。
 だが、『彼女』は一切動かない。魔力の欠片すらも感じることがなかった。
 それが不思議なのか、『彼』は静かに問うた。
「――何故」
「――別に」
 応答はそれだけ。
 『彼女』は俯いたまま、動こうともしない。
 僅かに垂れ下がった前髪と、その奥の虚ろな双眸。そして『彼』はその顔を――見た。
「……!!」
 理解した。
 『彼女』には何もない。生への執着も、この世に対する未練も、何も。
 あるのは虚だけ。絶望を超越した、何もない虚無こそが『彼女』の本質だった。
 そう『彼女』は――このまま死んでも構わなかった。
 否、むしろ――――
 『彼』の口元が、ニヤリと歪んだ。
 ばさり、と外套がはためく。そして、そのまま。
 ――――『彼女』に傅いた。
「サーヴァント・キャスター。召喚に応じ、此処に参上した。これより我が全ては貴女と共にあり、運命は貴女と共にある。――ここに契約は完了した。さぁ、命令を。
 ――――我が主人よ」
 自分に跪く『彼』――赤い外套を羽織ったサーヴァントを見て、『彼女』――間桐桜は初めて顔を上げた。
 桜は自らのサーヴァントを見て。
 しかし、結局、その表情は微動だにしなかった。

 闇の隅で、蟲が一声キィと鳴いた。


 そして――――……


/ Prolog

 ○当日

 ――――さて、これは一体どうしたことだろう。

 と、遠坂凛は上手く働かない頭で思った。
 正直、これ以上はないってほど出来だった。
 それはもう釣り竿でクジラどころかひょっこりひょうたん島でも釣り上げたのかってくらいの手応えだった。
 というか手応え有りすぎて、少し目眩がするほどだ。
 ……うん、パスは確かに通っている。てかガンガン吸われている。コイツ=Aどんだけの化け物――――
 そこまで思った瞬間、頭を抱える。
 一瞬でも目の前の『モノ』を、サーヴァントとして認めてしまった自分を殺したい。それ以上に召喚したとき、あまりの手応えに『よっしゃあ!』と女子にあるまじきガッツポーズを決めた自分を殴り倒したい。
「えーと……」
 とりあえず事実を認めたくないので、遠坂はぐるりと周りを見渡した。
 現実逃避である。
 遠坂凛の自宅。その地下室。由緒あるアーティファクトから、一回使った切りで埃を被っているバランス・ボールまである。正直返品したい。何で買ったんだろうね私。蒔寺さん辺りに売りつけてやろうかしら。
 その中央。今だエーテルが乱舞し、赤の燐光を散らしている魔法陣があった。更にその中央に――――
「……はぁ。やっぱり認めるしかないか……」
 『ソレ』を視界に捉えた途端、再び凛は頭を抱えた。
 ――――杖だ。
 杖が、あった。
 魔法陣の中央、莫大なエーテルが満ちる中、ぽつんと杖が直立している。
 くすんだ金の柄の先端には、赤い宝玉がある。
 そこには決して人はいない。杖だけだった。

「何でよ――――っ!!」

 叫んだ。それはもう屋敷全体を震わせるほどの大声だった。
「何? 何なの? これだけの宝石とこれだけの手間暇かけて結果が――杖!? 杖ですって!? は、確かに機械も英霊になる可能性もあるっていうのは聞いていたけど――――幾ら何でも杖は無いでしょ! セイバーどころか人ですらないじゃない!! そしてそれに抜群の手応え感じていた私って何!?
 ――――もしかして私って才能無かった!? 自分読み間違えていた? え、じゃあ、今までの私は!? 私って天才キャラじゃなかったの!?」
 自身のアイデンティティーの崩壊に耐えながら必死に弁解を続ける。――主に自分に対して。
 宝石の量、刻んだ陣の文字、呪文の詠唱、自身の魔力量がピークになる時間帯――――
 どれも間違ってないはず、と口にした瞬間だった。

『いえ、それは違います。現在時刻は午前零時三分五六秒です』

 と、凛の目の前の杖が達者な英語で告げた。
「……は?」
 ……――まぁ、英霊として呼びだした杖なんだから、喋りの一つくらいやってもらわないと困るわよねー。
 にしても何で英語――――……
 と、そこまで考えた瞬間だった。
 凛はおそるおそる杖に語りかける。英語で。危ない人じゃないかしら私。
「えーと、零時って本当に? 一時の間違いじゃなくて?」
『次元座標確認。当該地域のローカルネットに接続。時刻再確認。――はい。間違い有りません。グリニッジ標準時刻で現在午前零時四分四九秒です』
 あっちゃあと呟き、頭を抱え。
「時間間違えた……!」
 ……そういえば朝、家中の時計が一時間早くなってた……! 誰よ、箱開けたら屋敷内の時間ズラすような無意味なイタズラした奴……!!
 むやみやたらにレベルの高いイタズラである。ニヤリと不敵に笑う老人の顔が何故か浮かんだ。
「ここ何年かどころか人生単位で一番の大ポカだわ……はぁ、でも呼んじゃったもんは仕方ないわよね……。いつまでも沈んでられないし」
 すぅ、と息を吐いた後、凛は笑顔を作った。かなりぎこちないが。
「とりあえず、アナタ?でいいのかしら――アナタはどこの英れ」
『マスターからの呼び出しを確認。承認しました――――』
 ひゅん、と凛の言葉を遮り、杖が飛んだ。そのまま凛の真横をすっ飛んでいき、地下室の天井にぶち当たった。
 しかし、それでも止まらずに――壁をぶち抜いて、かなり豪快にかっ飛んでいった。
 ――へ、と固まった笑顔のまま、ぎりぎりと振り向く凛。
 そこには見事なまでに穴が空いた天井があった。瓦礫と共に破片ががらがらと凛の前に落ちる。
 ……えーとさ。
「――――マスターって、私じゃないの?」


 たっぷり三分くらい固まった後、凛は駆け出した。
 自身のポカは後でゆっくりたっぷりと後悔するとして、ひとまずはあの杖である。
 幾ら召喚に失敗して、明らかに人ではないものを呼んでしまったとは言え、正式な手続きを踏んだ以上、あれは自分のサーヴァントに間違いないだろう。
 ということは、だ。聖杯戦争を勝ち抜くには、こんなところで行方を見失う訳にはいかない。
 あれがサーヴァントならば、何らかの力はあるだろうし、幾ら召喚を失敗したからといって、やり直しや参加をパス出来るほど聖杯戦争は甘くない。
 ……ていうか、するつもりもないし!
 半ば意地になって、凛は駆ける足に力を込めた。
 ――そう、そうよ! 私は遠坂なのよ。偉大なお父さんの、遠坂時臣の娘なのだから――――……
 遠坂家の家訓は『常に優雅たれ』だ。
 何が起こっているか分からないが、ひとまずは落ち着こう――と凛は思った。優雅と呼ぶには既に手遅れだが。
 そして、階段を昇っている内に――邸内に『二つ』の魔力反応があることに気がついた。
 ……一つは、あの杖よね。もう一つは――――?
 どうして今まで気がつかなかったのか、という考えに至った瞬間、凛の背筋が凍った。
 簡単な話だ。
 そう、あまりに魔力反応が巨大すぎて、今まで位置を特定出来なかっただけ。一つの魔力を覆うほどの、圧倒的な魔力量――――
 今まで凛が魔力供給していたのは、あの杖ではない。もう一つの、馬鹿げた程に巨大な魔力許容量を持つ『何か』だ。
 歓喜、よりも恐怖が先に来た。
 凛自身、まだ若輩ながら、強力な一流の魔術師だ。その魔力量は平均の何倍も上を行っている。にも関わらず、いまだ魔力が吸い取られ続けている。
 ……そんなの、もう人間業じゃない。幾ら英霊とはいえ、これは――――
 悪魔、神霊――脳裏にはそんな嫌な単語が飛び交う。まさか自分は英霊ではなく、何かとんでもない化け物を呼びだしてしまったのではないかと。
 ますます鈍痛が激しくなる頭を抱えて、凛はその扉の前まで来た。
「……間違いない。いるわ、ここに」
 このひしゃげた扉の先にはリビングがある。そしてそこには正体不明の『何か』がいる。
 ――つか、何で扉歪んでるのかしら……。
 ドアノブを回して引っ張っても、全体がひしゃげているせいで開く気配すらない。
 その時、優雅にシリアス決めていた凛の額に青筋が走った。
 ……あのさぁ。幾ら何でもさぁ……上手くいかないにも程がない? 何で私こんなことやってるのかしら……。
 何でも何も全て自分がポカしたせいなのだが――しかし、今の凛はそのことを頭の外に追い出していた。
 ――八転び七起きどころか、一回滑ってそのまま斜面をぐるぐる落ちじゃない。ふっるい漫画じゃないんだし。何でこう……!!
 理不尽。その三文字の漢字が頭の中を乱舞した途端。
 ――――凛の怒りがピークに達した。
「ああもう……邪魔だ、このぉ――!!」
 優雅も何も知ったこっちゃねぇ!と言わんばかりに、扉を思いっきり蹴り倒した。八つ当たりである。
 凛の怒りがたっぷり込められた蹴りが炸裂。扉は綺麗に吹っ飛んだ。
 そして、凛が踏み込むと――そこには。

「うーん。どうしようか、レイジングハート? 何か勢い余って思いっきり天井ぶち抜いちゃったけど……」

 謝った方が良いのかなぁ、なんてぼんやりと杖とやり取りしてる女性の姿があった。
 がしゃん、と凛の前に瓦礫が落ちた。
 見上げると天井に穴が開いている。見下げると地面にも穴が開いている。というかリビングが全壊してる。
 目の前の光景に理解が及ばず、放心してる凛を見つけた女性が朗らかに笑った。
「あ、アナタがマスターさん? えーと、何だっけ。召喚に応じ、サーヴァント・アーチャー此処に参上しました。早速だけどゴメンねー。召喚された場所が、ここの上空、つまり真上で――痛いの嫌だから、砲撃で天井ぶち抜いちゃった」
 てへ☆と語尾につけんばかりのテンションで、女性は告げた。
「……」
 呆然とそれを見るだけの凛。
 若い、女性だった。
 年齢は二十代だろうか。背は自分よりも少し高い。肩に届く長い栗色の髪。白と蒼と赤のジャケットとロングスカート。だが、その色はどこかくすんでいる。
 色褪せた――灰色。
 その色が、女性――己がサーヴァント・アーチャーに対する遠坂凛の第一印象だった。
 凛の瞳が、目の前の惨状と、アーチャーの笑顔を見比べるように動いた。文字通り、桁違いな魔力量がそこから流れている。
 どうやらあの杖はあくまで宝具か何かであり、本体である英霊は彼女、ということで間違いないだろう。英霊と杖は繋がっている。つまり、間接的に杖と凛は繋がっていることになり、慌てていた凛は杖に自身の魔力が流れていると勘違いしてたらしい。
 ということは――――目の前の、このどこか脳天気なお姉さんが。
「私の……サーヴァント?」
「そうだよー。真名言っても良いけど、多分知らないし、意味無いと思うな。私この世界≠ナは全然無名だから、名前バレしてもデメリット無いし」
 メリットもないけどね、とアーチャーは明るく付け加えた。
 凛の口元が、ひくっと痙攣のように吊り上がった。その顔のまま。
「もう……何だって言うのよ、コンチキショウ……!!」
 最早叫ぶ気力もないのか、凛はがっくりと項垂れながら呟いた。
 人生、そう上手くはいかないよね――という些か老成した事実を、二十歳前にして肌で実感した秀才・遠坂凛だった。
 そんな凛の姿――正確には、その短いスカートのポケットを見て、アーチャーは。
「……ふぅん。そういうことか。なるほどなるほど――なるほど、ね」
 先ほどの表情から激変。
 残酷なまでに狂的な笑顔を浮かべて、アーチャーは酷く静かな声で呟いた。
 天井に穿たれた穴。そこから覗く月を仰ぎ見て。

「……待ってなさい、高町なのは。今こそ私は、全ての罪を精算する。アナタだけは……私が必ずこの手で――――」

 ――縊り殺す。
 その言葉は誰にも届かず、ただ風に乗って消えた。


 ――――こうして。一つの結末から迎えた一つの始まりは終わった。

 全ての因子は捻じ曲がり、あるはずだった物語を巻き込んで裁断する。
 因が捻れたものならば、自然、果も捻れたものになる。
 狂った因果は有り得ない未来を呼び寄せるだろう。
 さぁ、開幕だ。
 一世一代の大茶番劇。悲劇と喜劇が入り交じった舞台。
 一人の魔法少女が駆け抜けた灰に塗れた夜の物語。
 盤上の人形を操っているのは誰か。それとも世界か。

 第五次聖杯戦争が今始まる――――

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