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 「――――むぅ」

 リリィスフィール・フォン・アインツベルンが神妙な面持ちでフライパンを見つめた。
 何か、すげぇ
 今の顔を表現するとこんな言葉だろう。
 リリィが見つめる視線の先――フライパンの中身は。
 ――――この世のものではなかった。
 例えば、ラブコメである。
 女の子が好きな主人公のために苦手な料理を行い、結果焦げだらけの『何か』が出来上がるというのは、最早使い古された展開だ。
 だが、これはそんなものじゃなかった。
 焦げとか生焼きとか、そんなレベルじゃない。何というか、言うなれば、R指定ものである。テレビならモザイクが画面全体に覆われていることであろう。
 スプラッタとかそっち系に属する。――――何かひたすらに、グロい。
 そんな発禁有害図書さながら、フライパンの中身を見つめる桜も。
 「……アハハ」
 と、苦笑していた。
 ことの始まりは、約一時間前。
 お兄ちゃんこと衛宮士郎が、ロンドンでの用事を済ませ、帰ってきたときに一泡ふかすような料理を作ってみせる。
 そう宣言したリリィが、やったこともない料理にチャレンジしたのだった。
 全くいじらしいことであるが、出来た物がコレでは笑うに笑えない。
 「……我ながら凄いものが出来ちゃったわね。うーん、手順は完全に覚えたのに、何でこうなっちゃうのかしら?」
 まるで自問するように、リリィが呟く。その様は実に冷静だ。流石は魔術師といったところか。
 ――――だが厳密に言えばリリィは魔術師ではない。
 元々聖杯として生まれたリリィは、思っただけで魔術が発動する。つまり、過程というやり方を知らなくても、彼女は息をするように魔術が使えるのである。
 ……ここで魔術師と料理の関係について話しておこう。
 結論から言うと、ある程度の実力を擁した魔術師は、料理もある程度の料理を作ることが出来る。何故なら、魔術と料理は割と切っても切り離せない関係を持っているからだ。
 例えば薬品の調合一つとってもそうだ。微妙な火の加減や、ミリ単位での絶妙な匙加減の混合などが、魔術師には求められる。
 それは十分に料理にも通じること。実際料理本に偽装した魔術書もあるくらいだ。料理のスキルは魔術師にとって必要不可欠のものだった。――――衛宮士郎がソレを知ってか知らずか、自分から進んで料理を覚えたのは、何だか面白いものがある。しかし、それは余談であるが。
 つまり、最初っから結果が出せるリリィにとって、料理の腕が致命的なのも、むしろ当然であると言えるのかもしれない、ということである。
 火は最初から全開。調味料は過剰ともいえる量をぶちこみ。お約束の砂糖と塩を間違え。挙句の果てに醤油とウスターソースを間違えていた。勿論皮なんて剥くはずもない。何を思ったのか、生の野菜を調理完了寸前に入れ、おまけとばかりに、ごぼうとアスパラガスを間違えた。
 そうして、嫌な臭いがキッチンを充満していることに気付いて、慌てて桜が様子を見に来たのが、約三分前。
 つまりさっきである。
 「ハァ……。料理なんて簡単なものだろう、って思ってたけど。これは意外と厄介ね」
 そうしてゴトリ、とフライパンを置き、片付けようとするリリィ。
 そんな彼女を見て。
 「――――――――」
 桜は、いつかの光景を幻視していた。
 (初めて私が料理を作ったとき、先輩はどうしてくれたっけ――――)
 浮かび上がるのは、不恰好なお握りをほお張る、士郎の顔。
 (――――よし)
 暖簾を潜り、キッチンへと桜は踏み込む。
 「……あ、サクラ。御免なさい、キッチン汚しちゃった。今片付けるから――ってサクラ!?」
 桜は一瞬躊躇したが、それでもフライパンの中身に手を伸ばし――――
 ――――口に入れた。
 「サ、サクラ! そんなもの食べたら、お腹壊しちゃうよ!?」
 うむぐ!と一瞬にして顔が強張るが――それでも桜は何とかしてソレを飲み込んだ。
 そうして、リリィのほうへ向き。
 「――――ね、リリィちゃん。自分の作った料理を誰かに食べて貰えるって、緊張するけど、嬉しいことでしょ?」
 そう言って、些か青白い顔をして、桜は笑った。
 「あ――――」
 自分の作ったものを誰かに食べて貰える。――それは相手に認めてもらっているということ。自分は決して独りではないということの証明。
 冬の城を思い出す。そこには独りぼっちでご飯を食べていた――――寂しげな自分の姿があった。
 今、その自分が、料理を作って、親しい誰かに、食べてもらっている。食べて貰える人が、目の前に居る。
 ――――それは、とても、嬉しく感じた。
 だから。
 「――――――――うん!」
 食べてくれた人に、精一杯の感謝の笑みを。
 「料理はこれから頑張って覚えよ? 私も手伝うから、ね。帰ってきた先輩に二人であっと言わせるモノを作ろうよ」
 リリィはその情景を想像した。
 何だかそれはとても楽しそうで――――思わず笑みが零れるほど。
 ――よし、絶対お兄ちゃんをあっと言わせて見せるんだから。
 そう決意して、今からでも桜に料理を習おうと――――
 ――――したのだが、肝心の桜が笑顔のまま固まっていた。
 「あ――――!! ていうか私笑ってる場合じゃなかった! ちょっとタイガ居るー!? 桜が大変なの――――!」
 ぱたぱたと駆けていくリリィ。どうしたどうした、と顔を覗かせる大河。青い笑顔のまま微動だにしない桜。

 ――――衛宮家は、今日も今日とて平和であった。

 短編『リリィと料理』
 ――――<了>

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