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 「ねぇ、切嗣。ほら見て。とっても綺麗よ」

 朝。
 アイリが窓辺に立ち、切嗣に語りかける。
 笑いながら。踊るように。
 外に見えるのは極寒の空気のみが可能とする現象。ダイヤモンドダストだ。
 反射する大気。輝く結晶。踊るような煌きが早朝の景色を彩る。
 何もかもが光輝の結晶に揺られる中。そこにもう一つの輝きを見る。
 ――ああ、何て、笑顔だ。
 あまりにも眩しいと感じるが故に、ソレは切嗣への胸を抉る刃と成り得る。
 切嗣は思う。
 いつか、この笑顔を手にかけるときが来るのか、と。
 自問の刃。理を曲げてまで理想を求めようとする、自分の生き方は、全ての命を平等にする。主観に満ちた自己世界において、その理想は、全生命を一とゼロの数字に堕とす。
 『天秤たれ』と自分に課す切嗣は、全ての命に貴賎無く、殺すことを宿命付けられている。
 だから、目の前の笑顔は。
 これが。これこそが。
 ――僕の、罪科か。
 愛しいと思えることこそが、切嗣にとっての罰なのだ。アイリの一挙一動が、存在そのものが、身を刻む刃。
 だが、そうだとしたら。
 (僕は一体、何をどうやって償えばいい……)
 自分にとっての贖罪は何だ。屠ってきた命に報いる方法は。
 分からない。分からないけれども。
 確かなことは――

 ――きっと、この笑顔には価値があるのだろう。

 笑顔が溢れる世界を=B
 笑顔は、幸せの形だ。そこに意味を見出したからこそ、切嗣は理想を貫こうとする。
 そう、この価値ある笑顔は、切嗣にとって、罪であり救いなのだ。
 ――だから。
 ダイヤモンドダストの輝きを背に、愛しい女が笑っている。
 ――切嗣は言うのだ。
 切嗣は閉じた眼を開け、口を開く。
 ――その、価値ある笑顔に向けて。

 「ああ、本当に――綺麗、だ」

 独白のように呟いて、切嗣は笑った。

 短編『笑顔の価値』
 ――<了>

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