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 十字架だった。
 それは巨大な十字架だった。
 人の丈ほどもあり、布でくるまれているが――しかし、間違いなく厳礼なる神秘を醸し出す聖なる十字であった。
 その、紛れもない神の象徴が、赤い魔槍の稲妻から、衛宮士郎の身を護った。
 「ち――七体目のサーヴァントだと―――――!!」
 蒼い痩躯は豹のの如くスピードで飛び退く。
 後に残ったのは静寂。月光差し込む厳かなる蔵で――その男は在った。
 胸元が大きく開いた黒のスーツ。
 目を見張るような黒い髪は日本人のそれによく似ている。
 そして双眸は黒いサングラスに覆われていた。
 黒黒黒――黒ずくめに覆われた男は、それでも、その黒の下にある表情は笑み。
 その笑みのまま。
 
 「よう坊主。―――お前が、わいのマスターか?」

 ぶっきらぼうに、そう言い放つ。
 一つのイレギュラーな出会いが、其処にあった。


 ――――ぶつかり合う黒と蒼――――


 「……――真っ当な一騎打ちをするタイプじゃねぇな。ってことはアーチャーか。ほら、早く獲物を出せよ。|神父様《・・・》」
 神父。
 そう、確かに神父だろう。
 黒ずくめの体をしているが、巨大な十字架を背負った姿は――どこか、厳格な雰囲気を感じさせる。
 その神父はニヤリ、と笑い。
 「おんどれの目は節穴か? 獲物ならおどれの前にあるやんけ」
 すぅ、と十字架に手を伸ばし―――――
 「んな眠たいことぬかしてる間に――――蜂の巣にするで?」
 十字架を覆う、拘束具たる黒のベルトを解き放った。
 バチバチバチ!と炸裂音のような衝撃が辺りに響く。
 そして、遂に『ソレ』は解放された。
 「な――――――――」
 士郎の目が見開かれる。
 そう、それは有り得ざるモノ。
 「てめぇ……一体何処の英霊だよ。んな宝具を持つ英霊なんて――有り得るはずがねぇ」
 槍兵が驚く。
 彼が言うように、それは英霊が持つ宝具として、有り得てはならないモノだった。
 『ソレ』は巨大な銃身だった。
 十字架の形をした銃身。白と黒のコントラストの中央で、トリガーたる髑髏が笑っている。
 まるで神と悪魔が同居したかのような、人を殺すためだけに作られた――『ソレ』は最強の個人兵装だった。
 名を、『パニッシャー』という。
 神罰の意を持つソレを、アーチャーは使い慣れた玩具のように軽々しく持ち上げた。
 「さぁ――懺悔の時間や。わいの説教は、ちょっとばかし荒っぽいで?」

  
 ――――何が正しくて何が悪いのか――――


 「――――なんや小僧。それじゃあ、おどれは自ら戦いはせえへんが、関係ない人間を巻き込むような真似は許さないと。戦いを止めるため戦うと。誰も殺す気はないと。そんな馬鹿なことを抜かすんかいな」
 アーチャーは呆れた顔をして、そう言った。
 月光の下、口元から上がる煙草の紫煙が目に付く。
 「む。何だよ馬鹿なことって。誰かが傷つかずに済むならそれでいいじゃないか」
 「あのな。確かにこの時代はわいが知っている世界より、ずっと平和で幸せや。でもな、本質は変わらん。もうお前は聖杯戦争という非日常に足突っ込んでいる。そんな世界じゃ人生は絶え間なく連続した問題集や。揃って複雑。選択肢は酷薄。加えて制限時間まである。
 ――――坊主。そんなかで一番最悪なことは分かるか?」
 「……わかんねぇよ」
 士郎は静かに言った。その目は泳いでいて、まるでアーチャーの視線から逃れるようだ。
 アーチャーは、一瞬だけ目を細めて、煙を吸って吐く。
 月に上るそれを見つめながら。
 「一番最悪なことはな。夢みたいな解法待って何ひとつ選ばない事や。オロオロしてる間に全部おじゃん。そんなことじゃ、一人も救えへん。誰も救えないんや」
 悲しげに、そう言った。
 それは世界の真実。
 誰かを救おうとするなら、それに見合う代価が必要だ。
 物事に加害者と被害者が決定づけられているのなら。
 どちらかを切り捨てなければ、何かを救うことなど出来るはずもない。
 「……選ばなあかんねや。一人も殺せない奴に一人も救えるもんかい。小僧、時には鬼にもならな、誰一人として救えへんで? おどれだって子供じゃないんや。そんなことくらい分かってるんやろ?」
 ワシらは神様にはなれんのや、と一言付け足し、アーチャーは灰皿に煙草を押しつけた。
 サングラス越しの顔は無表情。
 アーチャーが言ったことは当たり前のこと。誰も論破することの出来ない、真実という完璧なる理論。
 だが。
 「……嫌だ」
 「――――なに」
 衛宮士郎は、それを真っ正面から否定した。
 士郎はアーチャーの目を見据え。
 「俺は嫌なんだよ。そういうの。定員の決まった救いなんて吐き気がする。誰かは救えないけど、誰かは救える。誰かを切って、誰かを助ける。そんな、天秤のような救いは嫌だ」
 「小僧……それ本気で言っとるんかいな。本気でそんなことで、人を救おうと。そう抜かすんか――――おどれは」
 アーチャーの顔が僅かに強張る。その表情から漏れる感情は、紛れもなく、怒り。
 人を射殺すような視線。それを真っ向から受けて。
 ――――それでも、衛宮士郎は微動だにせず、ただ視線を受け止める。
 「アーチャーの言ったことは、多分正しいと俺も思う。だけど、だからこそ。だからこそ――――許せないんだ。アーチャー、そんなものは言葉に過ぎないんだよ。目の前で奪われる命のほうが、俺には重い。それに、何より。俺は――――
 ――――正義の味方を、目指しているから」
 だから、そのために戦うと。士郎は言い切った。
 アーチャーは瞬間、目を見開かせ。
 「――――は。ははははは!!」
 大きな声で、笑った。
 「む。何だよ。言っとくけど、これはもう決定事項だからな」
 「いやいやいや、えろぅすまんなぁ。まさか、こないな所でその台詞を聞くたぁ思わなかったんでな。くくくく、そうやな。おどれならなれるかもな。――――アイツみたいな、正義の味方に」
 アーチャーは、まるで何かを懐かしむように、言った。


 ――――そして、現れるもう一つの剣――――


 「……」
 エーテルが煌めく中、それは現れた。
 ばさり、と赤いコートがひらめく。
 白い髪に褐色の肌。その男は目の前の少女に跪き。
 「サーヴァント、キャスター。ここに召喚された。魔術師たるこの身は、貴女の杖となり、貴女の力となろう。マスター、貴女の名を聞かせて欲しい」
 薄暗い虫倉の中。一つの影が、一瞬だけ、ゆらりと動いた。
 そして。
 「――――間桐桜」
 声は、一筋の余韻を残し、消えていく。
 赤い外套の男は、ニヤリと。
 楽しげに――――そして自嘲するように、嗤った。


 ――――立ちはだかるは、かつての友――――


 「アーチャー……!? 何故アナタが現界しているのです……!!」
 セイバーが驚きに目を見開かせる。
 今、目の前に決して居てはならないはずの人物が居る。
 その事実が、受け入れられないと、そう言わんばかりに。
 「セイバー、じゃあアレは前回の聖杯戦争のサーヴァントだっていうの!?」
 「はい、そうです。最後の夜。私は彼と戦って――敗北しました」
 「セイバーが……負けた?」
 ごくり、と凛が生唾を飲み込む。
 最優で最良のサーヴァントであるセイバーが負けを認めたという事実。
 それが何よりも凛には信じがたいことであった。
 そして。
 セイバーとは違う意味で、驚く男が、一人。
 「おどれが……何でこんなところにいる……」
 今まで、どんなサーヴァントにも動じなかったアーチャーが、あまりの驚きに――そして『彼』が銃口を向けているという事実に、身を凍らせていた。
 何故。何故何故何故何故――――
 思考を埋めるのは、ただそれだけ。
 それでもアーチャーに出来ることは、ただ問いを投げ穿つことのみだった。
 「――――答えろっ!! ヴァッシュ・ザ・スタンピード!!!!!!!」
 
 赤いコートに金髪のトンガリ頭。ふわりと外套が夜空に舞う。
 銃身が月光を煌めき、その男は優しげに微笑んだ。
 「やぁ、ウルフウッド。久しぶりだね。じゃあ――――死んでくれるかな?」
 だん。
 乾いた銃声は、まるで変わり果てた彼を象徴するかのようだった。


 トライガン×Fate/stay night クロスオーバーSS
 Swordedge and Gunsmoke / wilderness and bluesky



 「――――人の身で、僕に敵うと思っているのかな。衛宮士郎、だとすればそれは君の思い上がりだ。ウルフウッドに何を吹き込まれたかは知らないが、単身で僕に挑むなんて無謀すぎるよ。止めておいた方がいい」
 「止めたところで、お前は全ての人間を滅ぼすんだろう? なら、意味はないさ」
 「ああ、そうかもしれないね」
 くく、とヴァッシュは乾いた笑いを浮かべる。
 士郎は激昂しそうな体を何とか抑えて、言葉を紡ぐ。
 「確かにアンタは凄いよ。人間とは違うけれど、それでも人を愛し、守り続けた。決して殺さず、ひたすらに自分の理想を守って、そうして世界を救った。ああ、アンタは俺の理想そのものだ。親父が夢見て、キャスターが目指して、それでもなれなかった正義の味方だ。なのに――――」
 士郎は一旦、そこで言葉を切って。
 ――――左腕の聖骸布に手をかけた。
 「なのに、どうして最後までそれを貫き通せない。どうして自分を信じ抜くことが出来ない。――――どうして、自分のしてきたことを、胸を張って誇らない。例え人を殺すだけの抑止力になってしまっても――――人を救ってきたと。お前の大好きな人間を何人も救ってきたと、どうして――――」
 頼むで、士郎。トンガリを止めてくれ。わいはあんな空っぽなアイツの笑顔なんか、見とうないんや――――
 衛宮士郎。ヤツを止めるのは、お前の仕事だ
 ウルフウッドの最後の言葉。最後の最後、彼は自分のことを初めて名前で呼んだ。
 キャスターの最後の言葉。エミヤシロウの残骸は、初めて自分を正義の味方だと認めてくれた。
 背負った二つの想い。それに目を背けることなど、衛宮士郎に出来るはずがない。
 遺されたのは赤い左腕と巨大な十字架。
 ――――パニッシャーのベルトに手をかける。
 ヴァッシュが自嘲する。
 その笑顔には、何も宿っていない。灰色の感情。凍てついた精神。
 「それは彼岸にいる者の言葉だ。君には分からないだろう。幾千もの絶望……自分の愛する者を手にかける、無限連鎖の地獄のことなんて……」
 「わかるかよ、そんなもん。お前は人を救ってきたんだろう。それを何故認めない。
 そうだ。――――俺にはそれが許せない。理由なんて、それで十分だろう?」
 託された想い。託された武器。
 右手に十字架を。左手には聖骸布を。
 士郎は。
 今。
 それらを、全て――――

 ――――解放した。

 「いくぞガンマン――――弾の貯蔵は十分か」


 トライガン終了記念の嘘予告。
 戯れ言ですよ?


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